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「ソヴィエト社会主義共和国連邦」という名称について考えてみる(2):そもそもの国名の意味

今回はまず、ソ連の国名の元になっているロシア語での名称の意味についてまとめておきたいと思います。

はじめに

日本語の名称「ソヴィエト社会主義共和国連邦」はロシア語からの翻訳です。字面から、「社会主義共和国連邦」は同国の政体を表し、「ソヴィエト」というのが固有名詞っぽいかんじのように理解されている方が多いかもしれません。

しかし、実はこの「ソヴィエト」というのは一般名詞になります。

以下、ロシア語での名称の解説と被ってしまうのですが、やはりこれがすべての言語での名称の根底にありますので、先にその意味だけは伝えておきたいと思います。
次回からは各言語の名称を見ていきますが、そこでの「ロシア語」の項では、語の意味は省略して言語的な特徴と文法的な構造をまとめていくことにします。

ロシア語での名称:各単語の意味

ロシア語での「ソヴィエト社会主義共和国連邦」の名称は、Союз Советских Социалистических Республик です。カタカナで表記すると「サユース・サヴィェーツキフ・サツィアリスチーチェスキフ・リスプーブリク」となるでしょうか。ちなみに厳密に言えばラ行では Л と Р (ラテン文字の L と R に相当)の区別ができませんし、「サツィアリスチーチェスキフ」の「チー」と「チェ」の子音は全く別の音です。カタカナ表記の限界ですが、ラテン文字転写するよりはこっちのほうが実際の発音に近い部分もあります。

ご覧になって分かるとおり、4つの単語で構成される名称です。他の言語での名称、つまりロシア語からの訳語も、一部言語ではその言語的特徴から語が補われているものもありますが、意味を表す構成要素は4つです。

「連邦」

Союз (サユース)とは普通、「連盟」「連合」「組合」を表す語です。語源的には接頭辞 *sъ- と *ǫzъ を組み合わせてできているとされています。
*sъ- の意味はいくつかありますが、ここでは「共同」「集合」などの意味を付加するもので、現代ロシア語をはじめとする多くのスラヴ語でも若干形を変えつつ残っています。ちなみに同じような形で英語の with に相当する前置詞があります。

*ǫzъ の部分は現代ロシア語での узы 「絆」「結びつき」の語源となっています。ちなみにロシア語の узы は面白いことに複数形しかない単語です。

つまり語源から直訳的に訳すなら、「一緒に結びついたもの」「集まって結びついたもの」ということになり、上記のとおり、語感的には日本語の「連合」や「組合」の意味のほうが近く、英語では普通 union と訳されます。
Европейский союз (ЕС) は「欧州連合」ですし、профсоюз は「労働組合」です。
そもそもの発想として、ソ連は社会主義共和国の連合体という考えがありましたので、この語が選択されたものと思われます。しかし実態としては連邦制国家に近いため、日本語では「連邦」と訳されています。日本語の訳語も当初は「連合」や「連盟」が使われたこともあったようです。

「社会主義」

順番は前後しますが、3つ目の Социалистических というのは形容詞 социалистический (サツィアリスチーチェスキー)の複数属格(生格)形です。
これはわかりやすいと思いますが、 социалист つまり「社会主義者」から作られた形容詞で、「社会主義の」を意味します。

「共和国」

4番目の Республик もわかりやすいんではないでしょうか。これも複数属格形ですが、単数形だと республика (リスプーブリカ)。もちろん「共和国」です。

социалист も республика も借用語ですので、英語とほぼ一緒ですね。

「ソヴィエト」

「ソヴィエト社会主義共和国連邦」という名称を解釈する上では、2番目の советский (サヴィェーツキー)という語がキモになります。
名称に現れる形では Советских ですが、これも советский という形容詞の複数属格形になります。
この語は現代ロシア語ではもっぱら「ソヴィエトの、ソ連の」という意味になり、日本語のソ連の名称の「ソヴィエト」の部分に当たるのですが、この元になる語 совет は一般名詞で、「評議会」「理事会」そして「助言」「アドバイス」という意味です。英語だと council と advice の意味ですね。
Совет Безопасности ООН は「国連安全保障理事会」ですし、Совет Федерации はロシア連邦の上院である「連邦院」です。

語源的には、союз の語源の一部もなす接頭辞 *sъ- と、*větъ という部分とに分けられ、*větъ の部分は端的に言えば「会話」や「合意」で、つまり「一緒に合意すること」「集まって話すこと」のようなかんじです。
現代ロシア語で совет から派生した語としては、советовать 「助言する」と советоваться 「相談する」、советник 「評議員」「参事官」「顧問」などなどがあります。

совет から派生する形容詞としては、本来は советный 「合意した」「友好的な」「思慮分別のある」や советливый 「友好的な」「親切な」があり、これらは語弊を恐れず言えば原義から派生した形容詞と言えるのではないかとは思いますが、советский はより直接的に 「совет の」つまり「評議会の」となります。

つまり、Союз Советских Социалистических Республик は本来、「評議会社会主義共和国連邦」と訳しうるでしょう。国名に地名や民族名などを表したりするような固有名詞が含まれないという点で珍しい国名ということになります。「評議会社会主義共和国」の部分は複数形ですので、国名っぽさを廃してよりその表す意味に近づけるならば、「評議会制をとる社会主義共和国たちからなる連盟」という意味です。

"совет" の「固有名詞」化

しかし、「ソヴィエト」という語はロシア革命の流れの中で、単なる「評議会」にとどまらない固有の意味を帯び始めます。

ロシア帝国末期、労働者、兵士、鉄道員、コサック、水兵、小作農、農民など階級ごとの自治組織として各地でソヴィエト(評議会)が形成されてそれぞれ代議士が選ばれ、レーニンはこのソヴィエトという発想をプロレタリア革命をかけた闘争における労働者階級の政治組織の形態として推進しました。

そして1917年には第一回全ロシア労働者・兵士代議士ソヴィエト会議(I Всероссийский съезд Советов рабочих и солдатских депутатов)が開かれ、ソヴィエト会議(Съезд Советов)がソヴィエト国家の最高機関となるなどしました。ちなみにこれらの「ソヴィエト会議」の「ソヴィエト」は各地・各階級のソヴィエトが集まるということで、複数形です。

このように特有の役目を帯びてくると совет を単なる「評議会」とも解し難く、共産圏以外のものも含め多くの言語では固有名詞的に「ソヴィエト」という語がそのまま使われるようになったのです。
英語でも「ソ連」は Soviet Union ですし、中国語でも「蘇維埃社會主義共和國聯盟」と、совет の音訳である「蘇維埃」(sūwéi'āi)が使われています。ちなみに中国語では союз が「聯盟」と訳されてますね。


本日はここまでとして、次回からは実際の各言語での名称について、言語的な特徴や構造も含め見ていきたいと思います。

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