ウクライナ語文法シリーズその11:人名の変化
一般名詞の格変化を覚えたところで、ここでは人名の格変化について見ていきましょう。
名前(ім'я)
名前(ファーストネーム)の変化は基本的にこれまで見てきた女性名詞・男性名詞の典型的な変化をします。それほど難しくないのでいくつかの例をさらっと紹介します。
女性の名前はふつう -а/я で終わります。-а/я で終わる女性名詞と同じ変化です。
А́нна 「アンナ」
Ната́ля 「ナタリア」
Марі́я 「マリア」
男性の名前は子音で終わるものが多いですが、一部 -а/я で終わるものがあるほか、-о で終わる名前もあります。-а/я で終わる名前は基本的に女性名詞と同様の変化で、-о で終わる名前は男性名詞と同じです。
Володи́мир 「ヴォロディーミル」
Васи́ль 「ヴァシリ」
Сергі́й 「セルヒー」
Мико́ла 「ミコラ」
Дмитро́ 「ドミトロ」
以下、参考までにウクライナ人に多い名前の男女各トップ30を紹介しておきます。カッコ内は同じ名前のバリエーションです。
愛称形
親子や友達同士など親しい間柄にあるウクライナ人どうし(人称代名詞の回で説明しますが、ти で呼び合う間柄)では普通、上記に示したような形は用いません。基本的に名前の一部を変化させた愛称形で呼びます。日本語の感覚では「~~ちゃん」や「~~くん」、もしくは呼び捨てに近いニュアンスです。
ひとつの名前に対して愛称形がひとつということではなく、たいてい複数の形があり、それぞれニュアンスが異なります。場合によってはあまりに親しすぎる愛称や見下すような愛称で呼んでしまい失礼もしくは気まずい状況になる可能性もあります。こればかりは感覚的なもので、実際の相手との関係性や状況、文脈によって異なりすぎるためなんとも説明がしがたいので、不用意に色んな形を使うのは避けた方が良いでしょう。
学生や若者どうしなど、初対面から ти で呼び合ってよい場合は相手が自己紹介する際に最初から愛称形で名乗ってくれます。逆に言えば、愛称形で名乗ってくれれば ти で呼んでくれて良い、もしくはお互いタメ口(на ти)でいこう、というサインともとれる場合が多いです。無論必ずしもそうとは限らない場合もありえるので、空気を読みましょう。
どういう風に話したら良いのかよくわからないときは、敬語がいいのかタメ口でいいのか、名前はどんな呼び方をすればよいか、ダイレクトに聞いてしまっても良いでしょう。相手もこっちが別の文化圏から来ていることは分かっているので、なんら失礼には当たりません。
名前の愛称形はそれぞれの名前を Wikipediaウクライナ語版で検索すると出てきますが、いくつか一般的なものを挙げておきます。
苗字(прізвіще)
ファーストネームは一般名詞と同じなので簡単でしたが、苗字は少々くせ者です。全ての規則を網羅しようとすると非常に複雑で逆に混乱してくると思いますので、主要な点のみ挙げておきます。
変化のタイプには名詞タイプと形容詞タイプがあります。
名詞タイプの苗字
基本的には一般名詞と同じ変化になります。
-а/я で終わる苗字は男女を問わず基本的に -а/я で終わる女性名詞の変化になります。
女性、男性の名・姓が組み合わさった際の変化は以下のようになります。
以降、同様の名・姓の組み合わせの例では、特に断りのない限り女性名は А́нна 、男性名は Володи́мир に代表させます。
子音で終わる苗字は男性に関しては男性名詞と同じ変化ですが、女性に関しては不変化となります。ウクライナ人の苗字として多い -енко で終わる苗字も同様です。
このとき、一般の男性名詞がそのまま苗字になっている場合、元となった一般名詞としての属格が -у/ю の語尾をとる場合でも苗字の属格は -а/я の語尾となります。下記の例では名詞 ві́тер 「風」の属格形は ві́тру ですが、苗字 Ві́тер の属格形は Ві́тра となっています。
なお、外国人の苗字については Ньютон 「ニュートン」や Шиллер 「シラー」などの子音で終わる場合や、Обама 「オバマ」など -а/я で終わる場合は格変化をする場合が多く、それ以外の母音で終わる場合は男女とも不変化というのが一般的です。
ただし、チェコ人やセルビア人など他のスラヴ人の苗字で -о で終わる苗字は格変化をしたり、-а/я で終わる苗字のうち -а/я にアクセントが置かれる場合(フランス人の苗字など)は不変化となるなど、苗字によって異なることもあります。
形容詞タイプの苗字
このタイプの変化については完全に形容詞と同じ形(男性で -ий/ій で終わる)のものと、-ів/їв, -ов/ев/єв または -ин/ін で終わるものとが含まれます。
このタイプは男性と女性で主格形が異なりますので、一つの家族の中でも夫婦や兄弟姉妹で少し異なった苗字を持つことになります。日本人にとっては少々奇妙に思えるかもしれません。
形容詞と同じ形の苗字の変化の詳細については今後の形容詞の回を参照いただければと思います。一般の形容詞の男性・女性形と全く同じ変化になりますが、名詞とは異なる語尾になりますのでこの場で覚えなくても大丈夫です。
ここでは一例としてゼレンスキー大統領夫妻の苗字の変化を示しておきます。
名前との組み合わせの例は以下のとおりです。せっかくなので女性の例をゼレンスカ夫人の名前に合わせましょう。
-ів/їв, -ов/ев/єв または -ин/ін で終わる苗字は、起源的に「物主形容詞」というカテゴリーの語を元としています。形容詞の仲間のようなもので、女性形では基本的に形容詞と全く同じ変化です。男性形では具格形のみ形容詞的な要素が現れて -им/ім となりますが、残りの格では男性名詞と同じ語尾となります。
なお、これらのタイプの苗字では女性の苗字でも男性の主格形と同じ形となっていることがたまにありますが、その場合には女性の苗字は不変化となります。
父称(ім'я по батькові)
ウクライナ人の人名の構成要素として、名前と苗字のほかに「父称」というものがあります。そのため、ウクライナ人のフルネームは「名前」「父称」「苗字」の 3要素で構成されることとなります。
父称は父親の名前から規則的(機械的)に作られます。ゼレンスキー大統領のフルネームは Володи́мир Олекса́ндрович Зеле́нський ですが、彼のお父さんの名前が Олекса́ндр であることがすぐに分かります。基本的には男性の父称は「父親の名前+-ович」、女性の父称は「父親の名前+-івна/ївна」という形で作られます。
ただし、一部の父称は作り方が少々独特です。
格変化はそれぞれ男性名詞・女性名詞の変化と同様です。
一例として、Петро́в 一家のお父さんの名前が Ві́ктор で、娘 Марі́я と、息子は同じ名前の Ві́ктор(父子で同じ名前ということもわりとあります)がいるとしましょう。するとこの姉弟のフルネームはそれぞれ以下のとおりとなります。
父称は省略されることも多く、父称を含むフルネームを使うのは文書などが多いです。なお、特に公的文書などでは人名を列挙する際などに苗字を前に持ってきて「苗字・名前・父称」の順番で書かれることがよく行われます。
また、後の呼格の用法の説明で示すように「名前・父称」で呼ぶことで敬意を表すことができます。
ウクライナ人の名前は色々と細かいルールや慣習があるので最初のうちは少し戸惑うかもしれません。
特に苗字については、大半が -ов/ев や -ин、形容詞形で終わり男女でほぼ必ず形が違うロシア人の名前と違って、一般名詞がそのまま苗字になっていたり女性が無変化だったりと苗字のバリエーションがかなり豊富です。
なので、ルールを一般化するよりはなんとな~く押さえておいて実際の使い方を見ながら覚えていくのが良いかなと思います。私自身もまだまだウクライナ人の苗字の変化は全部は身についてません。。。
次回からは、形容詞の変化に入る前にそれぞれの格と前置詞の用法をまとめていきたいと思います。