ウクライナ語文法シリーズその35:ся 動詞
前々回出てきた боя́тися という動詞を覚えているでしょうか。今回はこの -ся が何なのかについて、また -ся がつく動詞がどういった意味を表すのかについてまとめます。
助辞 -ся は起源としては再帰代名詞の себе́ の短形が動詞にくっついたものになります。ルシン語を除く現代の東スラヴ語群の言語の標準語にはほとんど残っていませんが、その他のスラヴ系言語においては、代名詞の対格、属格、与格などに縮こまった形である「短形」というものがあり、直接・間接目的語を表すときはもっぱらこっちを使います。これらの言語の場合、短形でないフルの形を使うのは、強調だったり、前置詞が付く場合となります。
ся 動詞の活用
先に活用を見てみましょう。難しいことはほとんどありません。不定形でも、非過去形でも、次回出てくる過去形でも、最後に -ся または -сь をつければよいだけです。
ただし、第一活用の動詞の非過去形のうち、三人称単数のときのみ注意が必要です。このとき、人称語尾の -є と -ся の間に第二活用の三人称単数形に出てくるような -ть- が現れます。
займа́тися (займа́тись) 「勉強する、練習する、取り組む」(不完)
боя́тися を紹介したときにも説明しましたが、ся 動詞の非過去形では二人称単数の -шся の部分は /-сся/ 、三人称単数・複数の -ться は /-цця/ と発音します。
原則として次の単語が子音で始まる時は -ся、母音の時は -сь となります。
また、一人称単数非過去形など、-ся の直前が母音の場合は -сь となれますが、二人称単数非過去形など -ся の直前が子音のときは -сь の形をとれないことが多いです。しかしながら、男性過去形や、-й で終わる命令形は子音で終わっていても -сь を付けることができます。
以降、ся 動詞を不定形で紹介するときは、便宜上 -ся がついた形で挙げることにします。
ся 動詞の意味
ではこの -ся がついた場合、動詞の意味はどのように変わるのでしょうか。
先述のとおり、-ся は再帰代名詞 себе́ が起源です。つまり、動作の目的語が「自分」になっていること、「何らかの形で自分(の側)に動作が返ってくる」「自分に何かをする」というのがもともとの根底にあると思われます。
これを起点として、助辞 -ся は①他動詞を自動詞化する、②再帰・相互の意味を付加する、③受動化する、④自発、の主に4つの機能を有します。
フランス語やイタリア語などのロマンス系言語をやられた方であれば、「再帰動詞」というものをご存知でしょう。誤解を恐れず言えば、あれをイメージしてもらうと理解の助けになるのではないかと思います。また、サンスクリットをご存じの方だったら「中動態(中・受動態)」にかなり近いと言えばよく理解できるのではないかと思います。
他動詞の自動詞化
他動詞とは動作の直接的対象、つまり直接目的語を必要とする動詞です。-ся はこれを自動詞、つまり目的語のいらない動詞に変えます。下の例文を見てみましょう。
次回見る過去形をさらっと使ってしまっていますが、あまり気にしないでください。
1つ目の例文の動詞 злама́ти 「壊す」(完)は他動詞で直接目的語を要求し、主語は人など、壊した主体になりますが、これに -ся を付けた動詞は злама́тися 「壊れる」(完)となり、目的語は取らず、主語は壊れたものそのものになります。
同様に、4つ目の例文では、3つ目の例文に出てきている他動詞 залиши́ти 「残す、置いていく」(完)に -ся をつけた動詞 залиши́тися 「残る」(完)を用いて、主語は「私達」になっています。
またウクライナ語には、特に感情などを表す動詞でそのままだと日本語にすると「~させる」という意味を持つ他動詞が多い印象なのですが、これらに -ся をつけることで、(日本語的に)より普通の「~する」という意味の動詞が作られます。
ただし、-ся がついている動詞とつかない動詞とで意味が少々異なってくる動詞もあり、単純に -ся をつければダイレクトに対応する自動詞になる、というわけでもないことがあるので注意です。
このほか、-ся がつかない他動詞の形が無いものもあります。боя́тися 「恐れる、怖がる」(不完)などが典型例で、-ся を外した *бояти などという動詞は存在しません。
以下、いくつか例を挙げておきます。
再帰・相互の意味の付加
動作の対象が自分である、つまり自分に対する動作(再帰)や、相手と相互に動作を行う意味を表すこともあります。
再帰のほうは日本語に訳すと単に自動詞化したように見えるものもありますが、その動作が自分のために行われていることを意識するとよいでしょう。下記の ми́тися が典型的です。
ちなみにお風呂以外にも川や池で水浴びをしたり遊んだりするのも купа́тися です。
相互のときは「互いに~し合う」ということになります。こちらも訳語としては必ずしも「〜し合う」とはならないことも多く、自動詞化として理解できる部分がありますが、動作が相互のものであることを意識しておくとよいでしょう。下記の ба́чити は「見る」のほか「会う」の意味がありますが、これは動作の方向は一方向で、誰かを「見る」=その人に「会う」ということです。これに対して ба́читися は動作の方向が両方向で、「お互いに見合う」=「会う」ということです。
このタイプにも -ся がつかない形の存在しない動詞が存在します。下記が典型です。
動作の受動化
現代ウクライナ語では、受動を表すときにいくつかやり方がありますが、自然現象や物の状態(結果状態)を表す際には ся 動詞と具格を用いた受動の構造が使われることがあります。
また、自然現象に限らず一般的な受動のような意味を表すのにも ся 動詞が割と広く用いられます。
しかしながら、上記も含めいわゆる一般的な受動、つまりある程度明確な行為者と対象がある場合、現代ウクライナ語では ся 動詞による受動の構造は誤りとされ、よりストレートに能動の構造を用いることが推奨されています。ся 動詞による受動の構文が一般的に見られるロシア語とは対照的です。
とはいえ、ロシア語の影響かもしれませんがウクライナ語でも上で誤りとされるような ся 動詞の使い方に出会うこともわりとあるので、覚えておいた方が良いでしょう。
せっかくロシア語を引き合いに出しましたので、ロシア語母語話者のウクライナ人がやりがちとされる ся 動詞の間違いも少し挙げておきましょう。ロシア語をご存知の方は特に注意してください。ウクライナ語から入る方は読み飛ばしてもらってもよいのですが、余裕があれば、こういう言い方がされる場合もあるということで参考として流し読みしてみておくといいかもしれません。
まず、ロシア語では謝るとき、ウクライナ語と同様に「許す」という意味の動詞の命令形を用いるほかに、特に口語では ся 動詞化した「謝罪する」の意味の動詞の一人称形を使って Извиняюсь. と言ったりします。ウクライナ語でも вибача́ти「許す」(不完)に -ся をつけた вибача́тися が「謝罪する」の意味になりますので、ロシア語からの類推で「すみません」の意味で Вибачаюся. や Вибачаюсь. と言いたくなるところですが、これは誤りとされます。
「ごめんなさい」、「すみません」のウクライナ語は、Ви́бач(те). や Дару́й(те) мені́. や Перепро́шую.などなど、ся 動詞は使いません。
ロシア語でも「A=B」を表すとき、いわゆる be動詞の現在形はまず使いませんが、「である」ということを言う際には являться を使うこともよくあります。しかし、ウクライナ語では同じ語源の動詞 явля́тися は本来の「現れる、姿を現す」という意味しか持ちません。ロシア語と同様に「である」の意味として使われることもあるようですが、これはロシア語の影響であり、下記のような文は誤りとされます。
こういう場合、ウクライナ語では є を使うことになります。もしくは、「A=B」のBも主格として、動詞を用いず「―」で繋ぎます。
自発
ся 動詞は「自然と~される」、「なんだか~できない」といった自発の意味も表します。このときは、主語となる主体の意思がほとんど介在せず、神の思し召しかなんなのか、「自然と」、「なんだか」そうなってしまう、という表現で、「自分がやる動作ではない」、もっといえば「自分のせいじゃない」のにそうなってしまう、ということですから、動詞の形は主語に一致しません。以前、かなり前の回で紹介した「無人称文」という構造です。なんら具体的な主語は現れないため、意味上の主語は与格を取り、動詞の形は常に三人称単数中性形になります。
最後の хо́четься はこのタイプの中でも特に使用頻度が高くなります。以前説明したとおり、「〜したい、ほしい」と言うときに хоті́ти を使ってしまうとあまりにもダイレクトに自分の希望や欲を表してしまいますが、хо́четься なら「なんだか〜したい/ほしい気分だ」と遠回しな表現になるためよく使われるのです。
ся 動詞の説明は以上になります。-ся がつくとどう意味が変わるのか、いろいろと場合を分けて説明しましたが、何度か言及したように日本語訳的にはピッタリ対応していない場合もあったりするので、実用上は -ся がつかない動詞と別の単語として覚えてしまってもオッケーです。辞書でも -ся がついた動詞とつかない動詞はそれぞれ別の項目が立てられています。ただしたまに、ся 動詞としての辞書的な和訳だとうまくいかず、普通 -ся なしでよく使われる動詞に相互や自発などの意味が付加されたと解釈するとうまくいくということもありますので、ある程度は押さえておくといいと思います。
今回は当たり前のようにさらっと過去形を使ってしまいましたが、次回はいよいよこの過去形の作り方を見ていきましょう。