ウクライナ語文法シリーズその16:与格、与格支配の前置詞
与格は非常によく用いられ、用法も様々です。それほど理解に苦しむようなものではないのですが、慣れないうちは違和感のある構造もあるため、少しずつ見ていきましょう。
与格の用法
間接目的語
与格は典型的には動詞の間接目的語を表します。日本語の「~に」に相当します。
これらの与格で表される間接目的語は、「до+属格」に置き換えることが可能です。英語で「give A B」が「give B to A」に置き換えられるのと似たようなものです。
また、「~のために~する」という意味を表すときも与格が用いられます。日本語で「~に~してあげる」というニュアンスと同様ですので、それほど難しいものではないでしょう。
この用法での与格もまた、「для+属格」に置き換えることができます。ウクライナ語には2通りの表し方があることを覚えておきましょう。
対象を表す与格
動詞がない名詞句でも、修飾語として属格ではなく与格が用いられるものがあります。この場合、訳には現れなくとも、「~に対する、対しての」というニュアンスから発している場合が多いです。
次に有名なフレーズの構造を見てみましょう。
2014年以降、また特に2022年のロシアの全面侵攻以降によく耳にするようになったフレーズです。これは日本語でも「~に」ですので理解はしやすいかと思います。あまり日常的には使わないかもしれませんが、Украї́ні を別の単語の与格に置き換えることで「~に栄光あれ」という祈願文にできます。
もう一つ、下記の慣用句は必ず覚えておいてください。間投詞的に非常によく使われます。
ほかによく見かけるのが、像や記念碑に対するものです。日本語では「西郷隆盛像」というように助詞無しで表されることが多く、敢えて助詞をつけるなら「西郷隆盛の像」というように「~の」が用いられますが、ウクライナ語では「~に捧げられた像/記念碑」という意味合いから、与格が用いられます。感覚的には属格をつけたくなってしまうかもしれませんが、与格ですので気をつけましょう。
ウクライナでも他の欧州の国々と同様に、街中の至る所に像や記念碑がありますので、目にしたり口にしたりする機会もわりとあるでしょう。なお、上記の例のとおり、日本語では像と記念碑は区別されますが、ウクライナ語では街中にある像や記念碑はいずれもだいたい па́м’ятник と呼ばれます。人物やモノの彫刻などの「像」は ста́туя という単語ですが、街中にあるような銅像などは、単なる人の形を取った作品としての像ではなく、いずれも人物に捧げる記念碑として扱われるようです。
年齢の表現
日本語の感覚からは外れますが、年齢は「与格+数字+рі́к (ро́ки, ро́ків)」で表されます。過去または未来を表す場合は、単数中性扱いでそれぞれ було́ や бу́де がつきます。ただし過去形のとき、1の位が1の時(「11」を除く)は бу́в になります。
рі́к 「年、歳」をはじめ、ウクライナ語の名詞は前に数字がつくとき、その数字によって形が変わりますので注意してください。詳しくは今後「数詞」のところで説明します。
面倒であれば、「与格+数字」だけでも年齢を表していることは多くの場合明らかですので、рі́к を省略しても構いません。
また、生き物以外でも建物や組織などが築何年、創立何年、という場合にも、同じ構造が用いられます。
無人称文の意味上の主語
与格を用いた無人称文は、ウクライナ語をはじめとするスラヴ系言語でよく用いられる構造です。
無人称文とは、難しく言えば文法上の主語が実体として存在しない文で、英語の形式主語 it が用いられる構文に相当します。英語でも三人称単数中性の代名詞 it が文法上の主語として扱われるように、ウクライナ語でも、主語は現れませんが、無人称文における動詞などの述語は三人称単数中性の形を取ります。
副詞(及び形容詞の副詞形)や叙述語によるものと ся動詞を用いるものの大きく2つがあります。
副詞・叙述語を用いる無人称文
まずは副詞や叙述語を用いる用法を見ていきましょう。いずれも英語の「It is ~ for ~」に相当します。
副詞を用いる場合は、身体的な感覚や、感情を表します。このとき、感覚や感情を感じている主体(意味上の主語)が与格で表されます。
過去形にするときは було́、未来形にする場合は бу́де を用います。
なお、この場合、与格で意味上の主語を置かず、副詞だけで文を作ることも可能です。英語のようにわざわざ It is などをつける必要はありません。日本語に近い感覚で言ってしまってOKです。
次に、叙述語を用いる例を見ていきましょう。ウクライナ語には、動詞の不定形と組み合わせて述語となる語があります。これらは主に、許可や可能性、必要性などを表します。英語の一部の助動詞や、「It is … for+人+to不定詞」の構文に相当します。
与格で意味上の主語を置かないことも可能です。その場合、一般論的な意味合いが出てきます。また、「…, що/щоб …」と組み合わせて、「~ことが~だ」という意味を表すこともよくあります。
ся動詞による無人称文
次に、ся動詞による無人称文を見ていきましょう。ся動詞の変化や一般的な意味については別の回で解説しますので、場合によってはこの項目は飛ばし、後ほど戻ってきていただいても良いかもしれません。
これらの動詞の中には無人称文でしか用いられないものがあります。
ся動詞が用いられる無人称文の場合、сяがつかない動詞や述語を用いた主格の主語を伴う文と比べて、自分(与格で表される意味上の主語)の意志に関わらず、何かをする、したい、しなければならない、自然とされる、といった意味になります。
その典型例として、хо́четься 「~したい気分だ、~がほしい気分だ」と、хоті́ти 「~したい、~がほしい」を比べてみましょう。
一つ目の例では、「私」という主語が主格で表され、動詞の хоті́ти がこの主語に一致した形を取っています。そのため、かなり直接的な表現となり、あえて回りくどく大げさに言えば、「私という者が、自身のあらゆる権限、権能を以て、食べることを欲する!」ということになります。このため子どもっぽい、もしくは大人が人前で使うとはしたない文です。(英語でも I want~は子どもっぽい、とされていますね)
これに対して、二つ目の例には主語がありません。あえて言えば、主語は「その場に存在しない何かよく分からないもの」です。このため「私が欲する」というニュアンスがなく、大げさに表現するなら「私が食べたいわけではないのだけれど、神の思し召しか何か、なんだか食べたい気がするんですよねぇ」といった意味合いになります。
そのため、こちらは比較的遠回しな表現となり、人前で言っても恥ずかしくありません。
同じように、授業中に先生に対して Я хо́чу спа́ти. 「私は寝たい」と言ったらどつかれるでしょうが、Мені́ хо́четься спа́ти. 「私は寝たい気分だ(眠たい)」と言えば、顔を洗ってきなさい、と言われるだけでしょう。「自分の意志ではどうにもならない」からです。
なお、хо́четьсяは目的語を取ることもできます。
また、この хо́четься を仮定法の хоті́лося би にすると、更に婉曲度が増しますので、非常に丁寧な表現になります。
ほかにいくつかこの無人称でしか用いられない ся動詞の例文を紹介しておきます。
目的語に与格を取る動詞
このほか、動詞によっては、必ず目的語に与格を要求するものがあります。いくつか紹介しておきます。
与格支配の前置詞
与格支配の前置詞は非常に少数です。3つほど紹介しておきます。
завдяки́ 「~のおかげで」
завдяки́ の中の -дяк- という部分は、дя́кувати 「感謝する」の дяк- と同じ語根です。上記のとおり動詞 дя́кувати も目的語に与格をとりますので、わかりやすいかと思います。
всу́переч 「~にもかかわらず、~を顧みず、~に反して」、наперекі́р 「~にもかかわらず、~を顧みず、~に反して」
この二つはほとんど同じ意味です。ニュアンスの違いはありますが、だいたいはどちらでも良いことが多いです。長めの文で前置き的に「状況はこうだが、こうで」というように使われることも多く、日本語で「~にもかかわらず」と訳すと少々おかしくなることもありますが、その場合は「~だけれども」や、さらには「~(な中)で」と接続詞的に理解するとうまくいったりします。