ウクライナ語文法シリーズその32:動詞の活用(第一活用非過去形:子音幹動詞)
今回は第一活用のうち、子音幹の動詞の活用を見ていきましょう。
このあたりから少々厄介になってきます。というのも、動詞によってかなり以前に紹介した子音の交代が現れてくるほか、歴史的な音変化も相まって、不定形のみからは非過去形を導くのが難しいからです。
また、子音幹動詞の下位分類となる各パターンも注意が必要なものが多いです。
不定形が子音+-ти の動詞
典型的な子音幹動詞は、基本的に不定形から -ти を取ったところに硬母音の人称語尾をつけることで非過去形となります。その際、-ти の直前が -к または -г となる場合は、子音の交代によりそれぞれ -ч-、-ж- となります。
このタイプの多くの動詞のアクセントは不定形の時点で最後の母音に置かれ、非過去形でも最後の母音に置かれるものが多いです。
しかし、これに限らずアクセントの位置は動詞ごとに異なるため、活用表を何度も音読して口で覚えるしかありません。
重要な動詞も多いため、アクセントのパターンごとに例は多めに紹介しておきます。
нести́ 「(歩いて)運ぶ、帯びる」(不完)
везти́ 「(乗り物で)運ぶ」(不完)
пливти́ (плисти́) 「泳ぐ、浮かぶ、水上を進む」(不完)
пекти́ 「(オーブンや窯で)焼く」(不完)
текти́ 「流れる」(不完)
берегти́ 「大事にする、面倒を見る、保護する」(不完)
могти́ 「~できる」(不完)
лягти́ 「寝転ぶ、横になる」(完)
сі́кти 「切る、刻む」(不完)
стри́гти 「(髪、毛、草などを)切る、刈る」(不完)
лі́зти 「這う」(不完)
また、覚えてしまえばそれまでなのですが、以下のように通常の音交代ではないため、パッと見で語幹の最後の子音が不定形からはわからない場合もあります。
мести́ 「掃く」(不完)
вести́ 「導く、連れて行く、行う」(不完)
これらの場合、非過去形に出てくる形が本来の語幹です。上記の2語だと本来の語幹である мет- と вед- に不定形語尾の -ти をつけると мет-ти、вед-ти となり、同じ歯茎音が重なって -тт- や -дт- となってしまいますが、動詞に関してはこの子音の組み合わせが -ст- となったのです。
この音変化はウクライナ語独自のものではなく、古教会スラヴ語にも見られる古いものです。
ちなみに、先ほど紹介した пливти́ 「泳ぐ、浮く、水上を進む」には、別の形として плисти́ という不定形も括弧書きで入れておきました。これはどちらでも良いようなのですが、плисти́ の形はこの мести́ のグループに近いと言えるかもしれません。
なお、このタイプの以下の重要な動詞は非過去形で母音の変化も伴うので、押さえておきましょう。
сі́сти 「座る」(完)
語幹が -ер に終わる動詞、つまり不定形が -ерти になっている動詞は少々注意です。これらの動詞では、非過去形で語幹末の -ер の -е- を消した上で人称語尾をつけます。
ме́рти 「死ぬ」(不完)
запе́рти 「錠をかける、閉じ込める」(完)
те́рти 「擦る、拭く」(不完)
不定形が母音+-ти の子音幹動詞
このタイプには、① -ти の直前の母音が消えるもの、②子音の音変化を伴うもの、③隠れた子音が現れるもの、の3パターンほどに分けられます。
不定形の見た目だけでこれを見抜くことはまず無理でしょう。覚えるしかありません。
① -ти の直前の母音が消えるもの
このタイプの動詞は主に、2つの子音+ -ати となるものと、-ороти、-олоти に終わるものからなります。
下記の рва́ти はわかりやすく、-а- を取って直接人称語尾をつければよいだけです。
рва́ти 「破る、引っ張る」(不完)
次のбра́ти は注意が必要で、-а- を取るだけでなく、б と р の間に母音を挿入します。
бра́ти 「取る」(不完)
また、зва́ти は рва́ти と бра́ти の中間のような感じで、зв- に直接人称語尾を付ける形と母音を挿入する形の両方が認められています。
зва́ти 「呼ぶ」(不完)
このタイプでもう一つ、гна́ти を紹介しておきます。г と н の間に е が挿入される点はまだいいのですが、これによって г が音変化を起こし、見た目がかなり変わってしまいます。
гна́ти 「追う」(不完)
-ороти、-олоти に終わる動詞は非常に少数です。-ти の直前の -о- が消えるのですが、このタイプの動詞の特徴として、一人称単数と三人称複数で人称語尾が軟母音になる点が挙げられます。
また、アクセントは一人称単数のみ語尾で、あとは語幹に置かれます。
боро́ти 「打ち勝つ、(感情などを)抑える」(不完)
коло́ти 「刺す、チクチクする」(不完)
下記の моло́ти は中でもさらに特殊で、語幹の最初の -о- が -е- に変わってしまいます。
моло́ти 「すり潰す、挽く」(不完)
②子音の音変化を伴うもの
このタイプは、パッと見では典型的な -ати で終わる母音幹動詞に見えますが、実際には子音幹動詞です。「動詞変化に関わる対応」で説明した音交代が語幹末の子音に発生します。
アクセントは語幹に置かれるか、一人称単数のみで語尾に置かれます。
よく使う重要な動詞がこのカテゴリーに含まれていますので、多めに紹介しておきます。
шепта́ти 「ささやく」(不完)
писа́ти 「書く」(不完)
чеса́ти 「櫛で梳く」(不完)
каза́ти 「言う」(不完)
в’яза́ти 「結ぶ」(不完)
ма́зати 「塗る」(不完)
рі́зати 「切る」(不完)
свиста́ти 「笛を吹く、口笛を鳴らす」(不完)
また、動詞の変化に関しては語幹末の п や б、в はそれぞれ пл、бл、влに変化します。見た目上は л がくっついてきただけなので「文字・音の交代」ではあえて紹介していなかったのですが、実はこれも音交代と言えるものです。この音交代を含む動詞は第二活用が多いのですが、第一活用の動詞としては以下が挙げられます。このとき、一人称単数と三人称複数の人称語尾は軟母音となります。
си́пати 「撒き散らす、(食べ物などを)かける、盛りつける」(不完)
このカテゴリーに含まれる例外的な超重要語として хоті́ти を必ず覚えておいてください。音交代はさほど特異なものではないのですが、不定形が -іти で終わっています。
хоті́ти 「欲する、~したい」(不完)
最後に、正確には子音が交代しているわけではないのですが、見た目上そう見えるということで ї́хати をここで紹介しておきます。これも超重要語です。
不定形では -х- が現れていますが、非過去形の語幹はなぜか全く予想もできない -д で終わります。
ї́хати 「(乗り物で)行く」(不完)
③隠れた子音が現れるもの
一部の、しかし非常に重要な動詞では、不定形で語幹の子音が完全に隠れてしまい、非過去形になるといきなり現れるものがあります。ごく少数ですが、これらに接頭辞がついて派生した動詞も同様の変化となります。
ста́ти 「(~に)なる」(完)
ста́ти のこの -н- は非過去形でしか現れず、完了体を派生するための接辞だとは思われますが、なぜか過去形と不定形ではこれが落ちてしまいます。
ді́ти 「置く、(どこかへ)やってしまう」(完)
одягти́ 「着せる」(完)
ді́ти の -н- は ста́ти のと同じものではないかと思われます。одягти́ はウクライナ語ではなんだかかなり形が変わってしまっていますが、ді́ти に接頭辞の о- をつけたものが語源です。
歴史的に、語幹末の母音と半母音(j, v)または鳴音の組み合わせがある動詞の一部は、不定形の前で音変化を起こすことがあり、この際半母音は単純に消えるという現象が起きました。下記の жи́ти の -в が不定形で消えているのはこのためです。
жи́ти 「生きる、住む、生活する」(不完)
次の іти́ に関して、不定形で -д が消えてしまっているのは д と т で同じ調音点の破裂音が重なってしまうからでしょう。語幹末に -д を持つ他の動詞では不定形で音が変化して -сти となりますが、іти́ はその意味で例外的と言って良いかもしれません。
іти́ 「(歩いて)行く」(不完)
іти́ の非過去形は見た目が ї́хати の非過去形に似ているので注意してください。アクセントの位置を見ればわかりやすいかと思います。
この2つは意味も似ていて、乗り物で行くか歩いて行くかの違いなのですが、ウクライナ語をはじめとするスラヴ系言語ではどのように「行く」のかを厳密に区別します。
以下の2つは不定形だと全く区別がつきませんが、非過去形で現れる子音が異なります。語幹の母音が消えるのにも注意してください。
жа́ти 「絞る、潰す」(不完)
жа́ти 「刈る、収穫する」(不完)
これは、語源的に *ьm と *ьn という母音と鼻音の組み合わせが不定形の語尾 -ти の前でどちらも *ę (「エ」の鼻母音の「エン」のような音だったとされています)となり、これが現代ウクライナ語で я となって(ただし正書法上 а と表記)見た目が同じになってしまったものの、非過去形の人称語尾の前では本来の子音が現れているためです。
これと似たような原理で -н や -м が突然現れているように見える動詞として、まず поча́ти を見ておきましょう。これも語源的には2つの жа́ти と同じく я が含まれているのですが、正書法の関係上 а になっています。
поча́ти 「始める」(完)
次の узя́ти も同じ原理ですが、語頭が閉音節になるため不定形と非過去形とで見た目が少々変わることに注意してください。
узя́ти (взя́ти) 「取る」(完)
次も同様の原理ですが、不定形が -йняти で終わる動詞については非過去形で大きく形が異なりますので特に注意してください。
зайня́ти 「占める」(完)
прийня́ти 「受け入れる」(完)
ちなみに узя́ти と зайня́ти、прийня́ти は見た目が異なりますが、語源的には *ęti という同じ動詞にそれぞれ別の接頭辞がついたものです。
-ну-のつく動詞
接尾辞 -ну- は一回の動作や突発的な動作のニュアンスを付加します。その性質上、これがつく動詞は完了体であることが多いです。
活用自体は比較的単純で、-ну- のうち -у- を外して人称語尾をつけるだけです。例外や注意が必要なものも特になく、アクセント位置も殆どの場合安定しています。
сту́кнути 「ノックする、トントンと音を立てる」(完)
зни́кнути 「消える」(完)
сягну́ти 「到達する、達成する」(完)
підману́ти 「騙す」(完)
бути
重要な動詞なので特出しで紹介しておきます。бу́ти は英語の to be に相当するいわゆる be動詞で、「~である」や「(~に)ある」を意味します。ウクライナ語をはじめとする東スラヴ系言語(ルシン語を除く)に特徴的なのは、この бу́ти の現在形の大半が失われ、ほとんど用いられないことです。
現代ウクライナ語で残っている бу́ти の現在形は є のみで、これはもともと三人称単数形でした。「主格・呼格」や「具格、具格支配の前置詞」で紹介したように、現在時制では必ずしも є を用いる必要はないのですが、強調のニュアンスなどで使われることがあります。また、特に強調でなくとも使われることはあります。
бу́ти が現在形で є になるのは全くの不規則活用ですが、未来形は非常に規則的な第一活用の活用になります。なお、бу́ти については現在形と未来形とで全く活用が異なりますので、「非過去形」ではなくそのまま「現在形」、「未来形」とします。
бу́ти 「~であるだろう、(~に)あるだろう」(不完)
бу́ти の未来形は、もちろんコピュラとして「~であるだろう」、「(~に)あるだろう」という意味も表しますが、英語の助動詞 will に似て、他の不完了体の動詞と組み合わせることで未来時制を表すのにも用いられます。詳細は未来時制の回で紹介します。
なお、この бу́ти はあとに続く動詞の省略などの理由で様々な意味で使用されますが、特に日常的によく使われるのが、「食べる」「飲む」の意味です。
おそらく ї́сти 「食べる」や пи́ти 「飲む」などと組み合わせられた未来時制の形から本動詞である ї́сти や пи́ти が省略されたものとは思いますが、まるで бу́ти の未来形が本動詞であるかのように、以下のように用いられます。
ちなみにウクライナ語での「乾杯!」は бу́ти の一人称複数の命令形(命令形については今後まとめます)を使って Бу́дьмо! といいます。ほかの何を差し置いてでも必ず覚えなければならない超々重要フレーズですね!