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「ソヴィエト社会主義共和国連邦」という名称について考えてみる(3):スラヴ語派東スラヴ語群

今回からようやく各SSRでの公用語での名称について見ていきたいと思います。前々回でまとめた系統ごとに進めていきます。
いずれはASSRでの公用語による名称も調べてみたいのですが、なかなかオンライン上では正確性のある情報が見つからないため、今後の課題としたいと思います。

各言語での名称は、可能な限り各SSRの1978年憲法の現地語版における記載を参照していますが、オンライン上ではどうしてもこれがうまく見つからないこともあり、そういうときはとりあえず下記のウィキペディアの記事から引っ張ってきています。

実は一部の国ではソ連崩壊後に現地語でのソ連の正式名称を変えてしまっていて、独立後はもっぱら変更後の名称を使っており、さらに各SSRの法律ではソ連全体への言及が略称の СССР またはそれの現地語化した略称のみを使って行われることがほとんどなので、ややこしいのです。1978年憲法ではどのSSRでも前文で「ソヴィエト社会主義共和国連邦」という略さないフルの名称が必ず出てくるので、これの現地語版に依拠したいんですが、現地語版がネット上のオープンソースでは転がっていないものがあるんです。

比較的大きな言語である15のSSR公用語だけでも苦労するのですが、見つからない言語のバージョンを追い求めていたらだんだんと手段(憲法現地語版を参照する)と目的(当時の各SSRの言語でのソ連の正式名称を知る)が逆転してきて、今となっては「最低限15のSSRすべての現地語版1978年憲法を紙面版で揃えること」が新たに人生の目標として加わってしまいました笑。いつか実現させたいと思います。

前置きが長くなってしまいましたが、今回はスラヴ語派東スラヴ語群の言語、つまりロシアSFSR及びソ連全体の公用語であるロシア語、ウクライナSSRのウクライナ語、白ロシアSSRのベラルーシ語の3つについて見てみます。

スラヴ語派東スラヴ語群全体の特徴

スラヴ語派はインド・ヨーロッパ語族(印欧語族)のいちグループで、姉妹グループはリトアニア語やラトビア語、プロシア語などを含むバルト語派だとされており、共にさらに大きなバルト・スラヴ語派というグループを作ります。
音声的には、印欧祖語の硬口蓋破裂音 *ḱ, *ǵ, *ǵʰ が摩擦音になるサテム語グループに含まれること、子音の連続がよく見られ、一部言語ではしばしば r や l が母音として機能しうること、音韻として子音の硬軟の対立があることなどが、文法的には、男性女性中性の性の区別を残していること、一部言語を除き名詞類に6-7つの格を保っていること、動詞で完了体と不完了体のアスペクトを厳密に区別することなどが特徴として挙げられます。

このうち東スラヴ語群にはロシア語、ウクライナ語、ベラルーシ語と、カルパチア山脈周辺に分布している少数言語であるルシン語が含まれます。
歴史的には、いわゆるキエフ・ルーシの時代に話されていた東スラヴ共通の言語(古ルーシ語)がキエフ・ルーシの崩壊に伴ってルテニア語とロシア語とに分かれ、ルテニア語がウクライナ語、ベラルーシ語、ルシン語に発展したとする考えがあります。しかし、ロシア語とルテニア語はそもそも別に発展したもので、単一祖先としての「共通東スラヴ語」など無かった、とする説もあります。

スラヴ語派の中では、キリル文字を用いること、語源的な *TorT, *TerT, *TolT, *TelT(Tは任意の子音)がそれぞれ ToroT, TereT, ToloT, TeleT/TeloT/ToloT になる充音(pleophony)という現象が見られること(「金」:露・ウ золото、ポ złoto、ブル злато)、語源的な *tj, *dj が それぞれ ч, дж (ж)に変化していること(「ロウソク」:露 свеча、チェ svíce、ブル свещ)、鼻母音 *ǫ, *ę がそれぞれ у, я に変化していること(「舌、言語」:露・ベラ язык、ポ język、セル・クロ језик/jezik)、いわゆる be 動詞の現在形の大部分が失われていることなどが特徴として挙げられます。

ロシア語

ロシア語での正式名称は、前回すでに示したとおりですが、Союз Советских Социалистических Республик (サユース・サヴィェーツキフ・サツィアリスチーチェスキフ・リスプーブリク)です。

ロシア語の音声の特徴として、アクセントのない о は「ア」のように、アクセントのない е や я は「イ」のように発音することが挙げられます。それぞれ「アーカニエ」と「イーカニエ」と呼ばれる特徴です。
また、語末や無声子音の直前の有声子音は無声化します。ちなみにこの名称には関係ありませんが、逆に有声子音の直前の無声子音は有声化します。

Союз Советских Социалистических Республик は品詞としては「名詞―形容詞―形容詞―名詞」の順ですが、通常、形容詞は前置修飾になります。つまり、形容詞 советский と социалистический はреспублика を修飾しています。
そのためより具体的には「名詞―(形容詞―形容詞―名詞)」というふうに前半部と後半部として分けられる構成です。後半部は、もし単数形だと республика が女性名詞なので、2つの形容詞が単数女性形になり、 советская социалистическая республика となって、「ソヴィエト社会主義共和国」を表します。SSR の国名はこれに「カザフ」だとか「グルジア」だとかの固有名部分をつけていくかんじです。

советская социалистическая республика の複数主格形が советские социалистические республики。ロシア語では複数形になると性の区別はなくなります。
ソ連の名称に現れている Советских Социалистических Республик は複数属格の形です。ロシア語では属格で修飾を行うときは後置修飾ですので、被修飾語は Союз になります。

これで「評議会制を取る社会主義共和国(SSR)たちの同盟」の意味が表されました。

グロスっぽく書くと下記のようになります。

Союз Советских Социалистических Республик
Union Councillary.GEN.PL Socialistic.GEN.PL Republic.GEN.PL

※ 今後のグロスの訳語ですが、自国語や十分浸透した借用語(日本語の漢語的なポジション)だと思われる語の場合、союз 相当部分は union、советский または совет に相当する語はそれぞれ councillary、councilとし、социалистический または социалист はそれぞれ socialistic と socialist、республика に相当する語は republic で表します。
対して、ロシア語の名称から訳さずに直接借用してるだろうと思われるときには " " で囲って借用語であることを示すことにします。
「社会主義」と「共和国」についてはロシア語においても借用語ベースなので微妙なのですが、英語でいう socialist と republic と同根の語に由来する場合、便宜上、印欧語族の言語においては借用語ではなく、印欧語以外では借用語という扱いとしたく思います。

ウクライナ語

ウクライナ語での正式名称は、Союз Радянських Соціалістичних Республік (ソユーズ・ラヂャンシキフ・ソツィアリスティーチヌィフ・レスプーブリク)です。

正式名称は下記を参照しています。

ウクライナ語はアクセントのない о も基本的にそのまま「オ」と読みます。「オーカニエ」といいます。
また、有声子音は基本的に無声化せずそのまま読みます。ただし有声子音の直前の無声子音は有声化します。

その他ウクライナ語の特徴としては、二重子音がよく現れること(「記事、論文」:ウ стаття、露 статья、「命、人生、生活」:ウ життя、露 жизнь)、呼格があること、過去完了が(いちおう)あること、過去の被動形動詞以外の形動詞(英語の分詞みたいなものです)がほぼ生産性を失っていること、動詞の不定形に人称によって変化する接辞をつけて表す未来形があること、ロシア語と比べると南スラヴ語(古教会スラヴ語)系の語彙が少なく、ポーランド語等の西スラヴ語と共通する語彙が多いこと(「注意」:ウ увага、ポ uwaga、露 внимание、ブル внимание)などなどが挙げられます。

ソ連の名称の文法的な構造はロシア語と全く同じで、形容詞は前置修飾、属格での修飾は後置修飾となります。

グロスは以下のとおりで、ロシア語と全く同じです。

Союз Радянських Соціалістичних Республік
Union Councillary.GEN.PL Socialistic.GEN.PL Republic.GEN.PL

ロシア語との差で言うとやはり、語彙の違いがあります。
名称の中でも、ロシア語の советский には形容詞 радянський が対応しています。

радянський の元になっている語は рада で、これがロシア語での совет に直訳対応しています。「アドバイス」の意味では接頭辞のついた порада という語もあります。
その他、「評議員」「参事官」「顧問」は радник、「助言する」は радити、「相談する」は радитися と、ロシア語で совет が使われているところは рада が語根になっています。
前回紹介したロシア語の совет と比べてみてください。

なお、現代ウクライナの議会の名前は Верховна Рада України 「ウクライナ最高会議」です。最高会議は単に Рада とも呼ばれます。英語やロシア語などの媒体でもウクライナ議会のことは Rada/Рада として言及されることが多いです。

なお、本来 радянський は рада の形容詞ですが、意味としては「ソヴィエトの、ソ連の」のみを表します。

ウクライナ語の歴史的音変化上、ロシア語の совет に対応する語として совіт が予想されます。一応この語もウクライナ語には存在するのですが、口語で「助言、アドバイス」、または古い言葉として「相互の友好」「平和的関係」「合意」などを意味するそうです。ロシア語の形容詞 советный などに近い意味合いですね。

ソ連に批判的な立場などから敢えてソ連を客体化する場合は совєтький といった、ロシア語の音訳的な語が用いられたりすることもあります。

また、「社会主義」の部分もロシア語が -ическ- という接辞で繋がれているのに対し、ウクライナ語ではこれが -ичн- となっています。
多くの形容詞でロシア語の -ическ- の部分はウクライナ語で -ичн-/-ічн- となります。
「民主的な、民主主義の」:ウ демократичний、露 демократический
「経済の」:ウ економічний、露 экономический(露にも экономичный という語があるが、こちらはコスパがいいという意味での「経済的な」)

ベラルーシ語

ベラルーシ語での正式名称は Саюз Савецкіх Сацыялістычных Рэспублік (サユース・サヴィェーツキフ・サツィヤリスティーチヌィフ・レスプーブリク)です。

正式名称の参照先は以下のとおり。

ベラルーシ語ではロシア語のようなアーカニエが更に進んでおり、ロシア語ではアクセントの無い о は少々曖昧な「ア」になりますが、ベラルーシ語でははっきりとした「ア」になります。そしてそれが表記にも現れているのが面白いところです。
また、ч や р などは常に硬音です。

さらに、ソ連の名称には関係ないのですが、「ヤーカニエ」と「ツェーカニエ」・「ヅェーカニエ」もベラルーシ語の音声的特徴です。
ヤーカニエは、アクセントのある音節の直前の音節における е が я になるというものです。これにより、「土、土地、大地」は、ベ зямля、露 земля、ウ земля となります。
ツェーカニエ・ヅェーカニエは、т 及び д の軟音が、それぞれ ц と дз の軟音として発音されるという特徴です。これにより、「10」は、べ дзесяць、露 десять、ウ десять となります。

面白いのは、これらの音声特徴がはっきり表記にも表されているということですね。
おそらく、他のスラヴ系言語を全く知らないでベラルーシ語を勉強し始めると、相当苦労するんじゃないかと思います。
例えば「窓」はロシア語では単数主格が окно(アクノー)で複数主格が окна(オークナ)であり、アクセントが移っているため読みはかなり変わりますが文字で見れば同じ単語であることがわかるかと思います。これに対してベラルーシ語では単数主格が акно(アクノー)、複数主格は вокны(ヴォークヌィ)で、複数形の語頭に в がついていることを除いても、他のスラヴ語の知識がないと字面からは同じ単語であるとは分からないし覚えづらいでしょう。

このほか、ウクライナ語と同じくルテニア語が先祖となりますので、語彙的にはウクライナ語やポーランドと共通するものが多いです。「ありがとう」は、べ Дзякую または Дзякуй、ウ Дякую、ポ Dziękuję に対し、露 Спасибо。ただし、ベラルーシ語とウクライナ語にもそれぞれ Спасіба、Спасибі という表現もあります。
形容詞の接辞も、сацыялістычный を見るとウクライナ語と似て -ычн- となっていることがわかりますね。

グロスはロシア語・ウクライナ語と全く同じです。

Саюз Савецкіх Сацыялістычных Рэспублік
Union Councillary.GEN.PL Socialistic.GEN.PL Republic.GEN.PL

今回は自分のもともとの専門領域ということもあり、ちょっと長くなってしまいました。
次回はバルト語派の2言語を見ていければと思います。

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