読めたスクイズ、防げなかった残酷な未来(2022年7月31日【日大三-東海大菅生】試合回顧)
「蛇に睨まれた蛙」という言葉がある。
苦手なもの、恐ろしいものを前にした時、怯んで動けなくなる様子を表すことわざだ。
─── 6回表、1死1.3塁。
春、夏と二度苦杯を嘗めた天敵である日大三高の恐ろしいほどの猛攻を前に、東海大菅生ナインは残酷なまでに無防備だった。
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2022年7月31日、第104回全国高等学校野球選手権西東京大会決勝。
かたや、高校野球ファンであれば知らぬ者は居ない、西東京地区の盟主・日大三高。
かたや、夏の甲子園でベスト4に進出した2017年以降、西東京地区の新しい顔になり、夏の西東京大会を目下2連覇中の東海大菅生。
夏の甲子園への最後の椅子を懸けた最終決戦として申し分ない好カードは、夏らしい突き抜けるような青空の下、明治神宮野球場でプレイボールの時を迎えた。
序盤は決勝戦独特の緊張感のもと、両軍ともに攻守に浮き足立つ場面が目立つも、東海大菅生が2点をリードする展開で5回が終了。
東海大菅生は先制点、追加点と着実に加点し、リードを広げる一方で、その後のチャンスをモノに出来ず、優位に立ったとは言えない状況。
日大三は、得点こそ奪えなかったものの、相手エースのプロ注目投手・鈴木泰成を徐々に捉えはじめ、虎視眈々と反撃の機会を窺っている。
主導権は宙ぶらりんのまま、試合は後半戦へ突入した。
インターバルが終了し、迎えた6回表。
ここまで、水面下で鈴木攻略の準備を進めてきた日大三打線が、遂に本領を発揮する。
先頭の4番浅倉がいきなりのツーベースで出塁すると、死球と犠打でチャンスを広げ、7番川崎が右安を放ち、すぐさま同点。
まさに電光石火の速攻劇。
その後、8番寒川が中安で続き、1死1.3塁となった状況で、ここまで粘投を続けてきたエースの松藤が打席へ。冒頭の場面である。
スクイズだろうな───。
そんな声が、私の席の近くから2、3聞こえた。
私も、十中八九スクイズを予感していた。
誰もが思い描いた未来は、すぐさま現実に変わる。
カウント1-1からの3球目、低めのスライダーを転がした打球は、絶妙な勢いでピッチャー鈴木の元へ。非の打ち所がない完璧なスクイズだった。
その後、鈴木の送球が逸れる間に1塁ランナーもホームイン。4-2とリードを広げ、続く7回表は、6番村上が左翼席中段に飛び込む会心の本塁打を放ち、勝負あり。
気温35℃を超える猛暑日のもと行われた熱戦を制し、49番目の代表校として、日大三高が2018年以来4年ぶりに夏の甲子園への切符を手にした。
ランニングスコアは以下の通り。
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話は6回表の攻防に戻る。
誰もが予感していたスクイズ。
私ですら予想がついたのだ。当然ながら菅生ナインも想定していたに違いない。
しかし、菅生側からすると避けたい追加点を前に、彼らは何故あそこまで無防備だったのか。
ここからは完全に私見だが、私はこのスクイズを巡る攻防の背景に、重要な「伏線」があったと考えている。
5回表、1番打者の藤巻に対する申告故意四球だ。
この試合、日大三高のリードオフマンを担う藤巻は、サイレンが鳴り止まないうちに放ったツーベースを皮切りに、3安打を放つ大活躍。
2点ビハインドの5回表は、1死2塁の状況で打席が回ってきた。
その場面で、東海大菅生ベンチが選んだのは申告故意四球。1球も勝負することなく、同点のランナーを献上する賭けを選んだのである。
賭けは見事にハマった。
後続の2番大川を三振、3番富塚を遊ゴロに打ち取り、東海大菅生は無事にピンチの芽を摘み取ったのである。
しかし、「2点リードの1死2塁」という逆転のリスクのない状況で申告故意四球を選んだことが持つ意味は、その後の展開を占う上で非常に大きかったと私は考えている。
つまるところ、藤巻が「ピンチの場面で勝負してはならない打者」になってしまったのだ。
話は例の場面へ。
同点の1死1.3塁、打席には日大三打線の中では比較的打力が劣るであろう9番の松藤。東海大菅生も当然スクイズを想定する。
スクイズを防ぐためにはウエストを交えながら駆け引きをする必要がある。つまり、ある程度カウントが悪くなることを許容しなければならない。
しかし、松藤の次は1番の藤巻。
2点リードの1死2塁で勝負を避けた打者である。
同点の1死満塁で果たして勝負できるだろうか?
恐らくあの場面、東海大菅生はスクイズを阻止したい気持ちと同じぐらい、「カウントを悪くしたくない」という気持ちが強かったのではないだろうか。故障明けで制球が安定しない鈴木の状態を鑑みると、尚更そう感じる。
つまり、東海大菅生はボール球を交えた駆け引きでなく、相手の想定よりも早い段階で追い込むことで「あわよくば」スクイズを防ぐことを選んだ、と私は推察している。
そして3球目、そんな相手の思惑を読み切った松藤の元に、無防備なスライダーが投げ込まれた。
宙ぶらりんだった主導権が完全に日大三に舞い移った瞬間。二度倒した東海大菅生を前に、どこまでも強者であり続けた日大三に軍配が上がった。
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「蛇に睨まれた蛙」は、実は残酷な未来を無防備に受け入れているわけではないそうだ。
京都大学の研究チームが2020年に発表した論文によると、カエルはヘビを前に動けないのではなく、ヘビが先手を打つタイミングをギリギリまで待った上で、逃げ出す機会を窺っているらしい。
私見ではあるが、あの場面、例えば3つボール球を投げ、日大三がスクイズに動くタイミングをギリギリまで待つ選択肢もあったかもしれない。
カウントを悪くするのを恐れ、スクイズ阻止に全神経を集中できないのであれば、思い切って退路を断つのも一手だ。
無論、そんなことを今更言っても後の祭りだが。
東海大菅生の敗因は他にもある。
スクイズ後の送球エラーはもちろんのこと、2点目を奪った後の4回裏の攻撃や、工夫なく1安打に抑えられた後半の攻撃、ピンチの場面での間の取り方や声かけ…etc
もちろん、そんなことを言及しても無意味なのは分かっている。
それでも、ここ数年の東海大菅生の野球を見る限り、「均衡した局面やリードを奪われる展開で見せる脆さ」は今年のチームだけの課題ではないと私は考えている。
だからこそ、今日の敗戦をしっかり受け止め、改善点を見出してほしい。
「後悔先に立たず」なんて言葉は嘘だ。
決勝で味わった苦い経験、悔やみきれない後悔を、敗れた彼ら自身、そしてチームの未来に繋げることを心の底から願っている。
最後に忘れていた言葉をひとつだけ。
日大三高の皆さん、優勝おめでとうございます!
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