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マーケティングとは「知覚」である|【マーケティングは科学なのか?それとも哲学なのかを考える】


マーケティングは科学なのか?それとも哲学なのか?

もしあなたが「マーケティングとは何か?」と質問されたとして、一言で返すとしたら何て答えますか?

近代マーケティングの父として世界的に有名なフィリップ・コトラー氏は「ニーズに応えて利益を上げること」と定義しました。

マネジメントの著者であるピーター・ドラッカー氏は「セリング(売り込み)を不要にすること」を究極の目的とし、ドリルの穴理論で有名なセオドア・レビット氏は「顧客の創造である」と定義しました。

日本を代表するマーケターの森岡毅氏は「価値を創造する仕事」と定義しており、同じく日本トップクラスのマーケターである佐藤義典氏は「お客様に価値を提供してお金をいただくこと」と定義しています。

表現は異なりつつもマーケティングは「顧客の抱えるニーズを満たす価値を創出し、価値を提供する対価としてお金をいただく一連のプロセス」を指していることが分かります。

マーケティングの本場であるアメリカのMAM(アメリカマーケティング協会)は以下のように定義しています。

マーケティングとは顧客、クライアント、パートナー、および社会全体にとって価値あるものを製造、伝達、提供、および交換するための活動、一連の機能、およびプロセスである。

アメリカマーケティング協会

ここで重要なのはマーケティングとは「価値のあるものを創出し提供する活動である」という点でしょう。

アップルの創始者であるスティーブ・ジョブズ氏も「どんなマーケティングでも、駄作をヒットさせることはできない」と言っている通り、マーケティングはあくまで「価値のあるもの」にしか有効的ではない活動だと言えます。

また、日本マーケティング協会はマーケティングを以下のように定義しています。

(マーケティングとは)顧客や社会と共に価値を創造し、その価値を広く浸透させることによって、ステークホルダーとの関係性を醸成し、より豊かで持続可能な社会を実現するための構想でありプロセスである。

注1)主体は企業のみならず、個人や非営利組織等がなり得る。
注2)関係性の醸成には、新たな価値創造のプロセスも含まれている。
注3)構想にはイニシアティブがイメージされており、戦略・仕組み・活動を含んでいる。

日本マーケティング協会

つまり、国内外問わず多くの経営者、経済学者、マーケター、組織は共通して『マーケティングとは総合的で包括的な活動であり、企業の活動は全て「マーケティングである」』と表現は違えども本質的には同じようなベクトルで定義を定めている傾向にあります。顧客及び社会全体に対してニーズを満たす価値を創出し届ける一連のプロセスは「マーケティング部門」だけがやるべき仕事ではなく、企業・組織が一丸となって取り組む活動であるという考え方です。

ヒューレット・パッカードの共同創業者であるデビッド・パッカードも「マーケティングはマーケティング部門にのみ任せておけないほど重要だ」と語っており、部門の垣根を超えて全体で取り組むべき総合的な活動だと言えるでしょう。

さて、ここまで活動の範囲が広くなるとマーケティングとは「企業が事業を成長させるために必要な行動指針となる哲学」のような印象を受けます。

なぜならばマーケティング活動は「調査・企画・製造・生産・検証・流通・広報・営業・販売・改善・会計・法務・管理・分析」といった全ての活動に組み込まれる概念です。

そのため、環境も違えば製品も違うし届ける価値も異なる中「いかなる時も共通して扱える方程式」を当てはめるのは困難であり、再現性どころか実在性すら怪しい机上の空論に思えます。

しかし、それでも「マーケティングには科学のような側面は確かにある」と直感的には感じているマーケターも少なくはないでしょう。

なぜなら凡ゆるマーケティング活動は「知覚」の勝負であり、「知覚」こそがマーケティング活動の目的だからです。

「知覚を制するものがビジネスを制する」という共通スローガンと「顧客への知覚」という共通の目的があるため、活動範囲が広くとも科学的アプローチは可能なのではないかと筆者は考えています。

知覚とは何か

まず最初に知覚とは何かについて概念の意味と原理原則について説明します。「知覚」は心理学において重要なテーマであり、一概に「知覚とは〇〇である」と包括的な定義が難しい領域のため、代表的な心理学者の異なる見解からマーケティングにおける知覚の重要性について述べる形を取ります。

ウィリアム・ジェームズの見解:「過去の経験や知識から基づくもの」

現代心理学の父とも称されるアメリカの心理学者であるウィリアム・ジェームズは知覚を「過去の経験や知識に基づいて感覚情報を解釈する意識の流れ意識の流れ(stream of consciousness)」の一部である」と主張しています。

知覚は「断片的な情報の集まり」ではなく、連続的で統一された意識の一部であるとし、経験の影響を受けながら絶えず変化し続けるものだとしています。なぜならば知覚も「絶えず続いていく意識の流れの一部」だからです。

また知覚を客観的な現象ではなく、主観的で受け手の経験・感情に大きく影響されるものであるとしています。つまり、同じ刺激でも受け手によって内容は大きく変わるというものです。

そして人間の知覚は「選択性」であり、能動的なものであると述べました。人間は必要な情報を自ら選んで知覚しており、必要な情報のみ処理している性質があります。

まとめると知覚とは「生まれた瞬間から死ぬまで続く意識の流れの一部であり、知覚する刺激・情報は今までの経験によって受け取り方が変わる特性を持ち、能動的に知覚する対象を選択している性質がある」と言うのがウィリアム・ジェームズの見解です。

知覚を連続的なものであると捉える視点はマーケティングにおける「認知」において非常に重要な考え方であり、プロモーション活動やブランディング活動、セールス活動など様々な場面で必要になる考え方になります。

マックス・ヴェルトハイマーの見解:「全体として構造化される認識プロセス」

ゲシュタルト心理学(Gestalt psychology)の創始者の一人として知られているドイツ出身の心理学者マックス・ヴェルトハイマーは「物事を全体的に捉えることが人間の知覚における基本である」と述べました。

ゲシュタルト心理学は「部分や要素の集合ではなく、全体性や構造に重点を置いて捉える」という特徴を持ち、知覚が全体的なパターンとして認識されることを強調しているのがマックス・ヴェルトハイマーの見解における特徴です。これを「全体性の原則」と呼びます。

人間の知覚は、個々の部分よりも全体としての形やパターンを認識する傾向があります。例えば、点が集まって形成された形を、個々の点ではなく、一つの図形として見るようなものです。つまり、人間の知覚は「断片的な情報」を処理するのではなく、それらが統合された全体として処理されるという見解です。

また、ヴェルトハイマーは、知覚がどのように組織化されるかを説明する一連の法則「ゲシュタルトの法則」を提唱しました。これには以下のような法則があります。

近接の法則: 近くに配置された要素は一緒にグループ化されやすい。
複数の点が2つのグループに分かれて配置されている場合、近くにある点同士が一つのグループとして認識されます。例えば、左側に3つの点、右側に3つの点があり、それぞれが密集して配置されていると、2つの点のグループとして認識されます。

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3つずつ近くに配置された点が、2つのグループとして認識されます。

類似の法則: 似た特徴を持つ要素は一緒にグループ化されやすい。
形や色が似た要素がある場合、それらは一つのグループとして認識されます。例えば、丸と四角が交互に並んでいる場合、丸同士、四角同士がそれぞれグループとして認識されます。

●▲●▲●▲
丸(●)と三角(▲)が交互に並んでいる場合、丸同士、三角同士がそれぞれグループ化されます。

連続の法則: 人々は直線や曲線を継続的なパターンとして認識しやすい。
曲線や直線が交差する場合、人々はそれらが滑らかに続くと認識します。例えば、直線と曲線が交差している図形では、直線は直線として、曲線は曲線として連続するパターンとして認識されます。

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直線と曲線が交差している場合、直線は直線として、曲線は曲線として継続されて認識されます。

閉合の法則: 不完全な図形でも、人々はそれを完全な形として認識しやすい。
途切れた円や四角形などの不完全な図形でも、人々はそれを完全な円や四角形として補完して認識します。例えば、点線で描かれた四角形は、視覚的に完全な四角として知覚されます。

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点線で描かれた四角形でも、人々はそれを完全な四角形として認識します。

共通運命の法則: 同じ方向に動く要素は一緒にグループ化されやすい。
複数の矢印が同じ方向に向かって動いている場合、それらは一つのグループとして認識されます。例えば、右向きの矢印が多数表示されていると、それらは共に右に動くものとして知覚されます。

→→→   →→→
複数の矢印が同じ方向に向かって動いている場合、それらは一つのグループとして認識されます。

ヴェルトハイマーは物事を全体的に捉えることが人間の知覚における基本であると述べており、現代認知学の基礎ともなる見解を残しています。これらの視点はマーケティングにおいてもデザインやプロモーションにおいて非常に重要な要素となります。

ジャン・ピアジェの見解:「認知発達の一環として進化する感覚情報の解釈過程」

スイスの発達心理学者であり、認知発達理論の提唱者であるジャン・ピアジェは「子どもの認知発達過程を解明すること」に焦点を当てており、成長における知覚の変化を述べています。

認知発達において知覚は欠かせない要素であり、知覚が単なる受動的なプロセスではなく、能動的で知的な活動であると考えました。

ピアジュは成長によって知覚する情報が「触覚的→視覚的→論理的→形式的(抽象的な思考・仮説的な推論)へと変化していくと説いており、それらは感覚運動期(0-2歳)→前操作期(2-7歳)→具体的操作期(7-11歳)→形式的操作期(11歳以降)と4つのフェーズに分類されると説いています。

マーケティング活動は凡ゆる年齢に対して行われる活動であり、それは0歳の子どもも含まれます。そのため年齢による知覚の特性を理解しておくことが重要になります。

また、価値の創出において知覚の変化は押さえておかなければならないポイントであり、ピアジェの見解は商品開発において欠かせないポイントとなります。

マーケティングにおける「知覚」の重要性

知覚とは、外部からの感覚情報を基にして脳が世界を解釈し、意味を与える複雑な認識プロセス」であり、これらは連続的に常に発生し続け、情報に対して「意味付けし、解釈する過程」として私たちの行動や意思決定に深く影響を与えています。

マーケティング活動はこの「知覚」に入り込むための活動であり、凡ゆる活動は全て「知覚」へと集約されていきます。

つまり、マーケティングとは哲学的な側面を持ちつつ、それぞれ目的が異なる実務の世界では「知覚」という共通項がある科学的な一面も持っているということになります。

時代とともに消費者行動は変化していますが、それは知覚の変化であり、手法がどれだけ変わろうとも根本的な本質は変わっていません。

それは現代だけでなく、古代ローマ時代だろうと、江戸時代だろうと本質は同じです。ビジネスの基本は「等価交換」であり、経済は「取引の集合体」です。常に原理原則は不変であり、変わったのは知覚する情報だけで、マーケティングはその「知覚に入り込むための活動」であるという点は今も昔も変わりません。

つまり「知覚」という一点を総合的な活動の中でそれぞれが各フェーズごとに目的を定めて行う全体活動が「マーケティング」なのです。

そしてそれらをビジネスの視点で定義すると「ニーズに応えて利益を上げること」であり「セリング(売り込み)を不要にすること」ということになります。

マーケティング視点での知覚の見解

具体的な手法を述べると文字数が膨大になってしまうので、最後に「マーケティング視点での知覚の見解」について述べて本文を締めようと思います。

マーケティングにおいては、知覚は消費者が製品やブランドに対して抱く印象や感じ方として定義されます。消費者に自社が提供するサービスを利用してもらうために「ブランドイメージの形成」をし「製品知覚の操作」を行い「体験による五感に訴えるプロモーション・コミュニケーション」を施策として実施します。

また、購買行動において最も重要なのが「認知されていること」であり、認知されていない時点で「消費者行動の選択肢から外れる」ことになります。

そして認知はただ認知されていれば良いのではなく、消費者がニーズを満たす中で真っ先に思い浮かぶポジションに入り込まなければ意味がありません。

つまり「連続する意識の中で自社製品が想起される状態」になることが最も重要であり、そのために「全体のパターンで処理されやすいデザイン・プロモーション」を連続的に行い、ターゲットの情報処理レベルに合わせた施策を実行する必要があるのです。

これらは全て「競合他社との知覚の勝負」であり、先に消費者の意識の中に入り込む戦いがマーケティング活動です。

マーケティング活動における知覚とは「消費者の意識に入り込むための一連のプロセス」であり「消費者との関係性の構築」となります。

まとめ:マーケティングは知覚である|【関連書籍の紹介あり】

マーケティング活動の本質は「知覚」であり、事業者は以下にして消費者に知覚してもらうかを目的においてマーケティングをする必要があります。

多種多様な手法が溢れ、「顧客リストを集める」「CV数を増やす」のような定義から外れた考えを持つマーケターも増加傾向にある昨今において、マーケティングは非常に複雑で一見すると無意味なもの『机上の空論』として扱われることも珍しくありません。

確かに、マーケティングの書籍に書かれる内容は理想論的な内容も多く、哲学的なアプローチで論じられるケースもあります。そのため「マーケティング不要論」のような言葉が生まれてしまってるのが近年の現状です。

本当にマーケティングは不要なのでしょうか?本当にマーケティングは役立たないのでしょうか?

否、それはマーケティングの本質を理解していないマーケターによる「私的解釈のマーケティング」が世に蔓延り、マーケターが「副業で稼げる仕事」のように誤った解釈をされてしまった結果なのではないだろうかと筆者は考えています。

マーケターは「知覚」というただ一点を実現するプロフェッショナルであり、それを可能にするために部門の垣根を超えた多種多様なチャネルで「消費者の意識に入り込む施策を打つ」のが仕事です。

全ては顧客のニーズを満たし、報酬を頂く『等価交換の原則』を発生させ、連続的な取引によって『経済を生み出す』ために行われます。

ぜひ、今一度自社のマーケティング活動が「知覚」のために行われているのか分析してみてください。

私自身もマーケターとして活動しておりますので、何かお手伝いできることがあればお気軽に相談してくださいませ。

【参考書籍】

コトラー&ケラー&チェルネフ マーケティング・マネジメント 〔原書16版〕

コトラー&ケラー&チェルネフ マーケティング・マネジメント 〔原書16版〕

全マーケター必読書であるコトラーのマーケティング・マネジメント。原書16版も発売され、既に読んだことがある方にもオススメな一冊。
私も何度も何度も読み返していますが、未だコトラーの真髄には程遠く、読む度に発見がある一冊です。


ポジショニング戦略[新版]

ポジショニング戦略[新版]

アル・ライズ (著), ジャック・トラウト (著)によるこれまた全マーケター必読の名著。こちらも私は何度も読み返してますが、実際に実現するのはかなり難しいなと思うばかりです。ただ、何度も読み返すうちに「マーケティングとは知覚であり、ポジショニングとは連続する意識の中で想起されること」なのだと自分の中で点と点が繋がった時は感動したのを今でも覚えています。


W・ジェイムズ著作集 1 心理学についてー教師と学生に語るー

W・ジェイムズ著作集 1 心理学についてー教師と学生に語るー

ウィリアム・ジェームズの書籍は中々手に入れることが難しく、心理学の書籍を読んでいると参考文献によく登場するので間接的に触れることができる以外は触れるのが難しい点が欠点ですが、それでも一度は触れてほしい名著です。とはいえ、中々購入するのは難しいと思うので、哲学的なアプローチとなってしまうが「プラグマティズム」もオススメです。


マーケティング22の法則: 売れるもマーケ 当たるもマーケ

マーケティング22の法則: 売れるもマーケ 当たるもマーケ

またも古典の紹介となってしまうが、アル・ライズ/ジャック・トラウト共著の名著中の名著マーケティング22の法則: 売れるもマーケ 当たるもマーケは本記事を読んだ全て人に読んでほしい一冊です。マーケティングの本質は全て詰まっており、知覚に関する法則は今も変わらず有効的です。

【パーソナル】
名前:Sakai Yuto
職業:デジタルマーケティングコンサルタント
   Webライター、Webマーケティングスクール講師
   事業家(アパレルブランド経営、カフェ・ギャラリー経営)
   合同会社Toiki 代表社員
趣味:アート鑑賞、一人旅、音楽
   ラジオ、伝統・民俗芸能について調べること

【連絡先】
メール:contact@toiki.llc
Instagram:https://www.instagram.com/uyhot_7/
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Web制作会社のマーケティング支援部門でWebマーケティングコンサルタントとしてSEO、広告、コンテンツ制作、LPO、EFOなどの手法を元にお客様のWeb戦略のサポートを担当。提案・分析・企画・施策の実施・効果測定まで全て一気通貫で対応できることが強み。その後、Web接客ツール
のベンダー企業にカスタマーサクセスを提供するコンサルタントを経て、現在フリーランスとして独立。

その後、フリーランスのデジタルマーケターとして活動しながら、アパレルブランドの立ち上げ及び運営、リアルイベントの企画及び運営、シェアキッチンの経営、飲食ブランドの立ち上げ及び経営、地域創生プロジェクトへの参画など、活動範囲を広げ、その経験をもとにデジタル領域外のマーケティング活動の支援も対応開始。

何かございましたらお気軽にお声掛けください。


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S.Uto
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