360度に広がる感情を。
昨日、友人が妊娠してることを知った。
嬉しかった。おめでたかった。面倒見が良い、優しさにあふれた彼女だから、きっときっと素敵な母になると思った。おめでとうと直接言えない距離が悔しかった。
でも、ちょっと寂しかった。もう彼女にフランクに「飲みに行こうよ」とか「旅行行こうよ」ってあんまり言えなくなるんだろうな、と思った。
自分と彼女の差に自己嫌悪の感情が舞い込んだ。同い年の友人が母になろうとしている時に、わたしは実家暮らしで仕事もままならなくて、彼氏もいない。一人暮らし物件を探しては、今まで貯金を頑張らなかった自分に嘆く。だめだな自分と思いながら、完治していないニキビをつぶした。
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昨日、人気テレビ番組に出ていた一人の女性が亡くなったとニュースで聞いた。彼女に投げかけられた言葉の鋭さが原因なのではないかと言われている。
彼女の辛さとは比べ物にもならないだろうが、わたしも、ある日ある人による言葉によって、心が折れてしまった経験がある。他の日に言われたらきっとなんでもない一言に感じただろうその言葉が、その日には妙に刺さってしまって聞き流すことができず、ネガティブの底なし沼に落ちてしまったことがあった。そんなことが思い出された。
聞きたくないことを耳にしてしまって、聞き流すことすらできない時もあるよね、と思う。
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ひとつの事実や、ひとつの言葉で、感情は色んな方向に引っ張られる。喜びも、悲しみも、楽しさも、怒りも、寂しさも。プラスにもマイナスにも、プラスなのかマイナスなのかわからない方向にも、360度にグラデーションのように感情は広がる。
でも、やっかいなことに悲しさとか寂しさとか怒りとか、そういうマイナスな感情の方が、引っ張る力が強いように思う。そして吸い込まれるように深い深い沼にはまってしまいがちだ。そんな時に、「ネガティブな感情になるわたしはだめだ」と思うと、余計そんな自分に対して自己嫌悪が募ってしまう。
そんな時に、ネガティブな感情に隠れた、ポジティブな、プラスな感情を少しでも取り戻すように思考を広げることが大切なのかな、と最近思う。360度に広がる、いろんな感情が自分の中にあることを認め、少しでもプラスな、ポジティブな感情の割合を広げることが、心地よい生き方に繋がるのでは、と思う。
本当はそこにあったはずのうれしさや楽しさが、寂しさや悲しさやむなしさで消されてかかってしまう時、それらに埋め尽くされる前にうれしさや楽しさを取り戻すこと。そのために、自分が少しでもネガティブな感情を忘れられる、ちょっとした好きなことを、手の届く範囲に置いておくことが大切なのかも、と外に楽しさを求めることができなくなった今、思う。
ネガティブな感情を見ないようにしたり忘れ去るのではなくて、その数量は変えずにポジティブな数量を増やすことが心の心地よさに、平穏に、豊かさにきっとつながってくる。
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このSTAY HOME期間に出会った、大切な言葉がある。
I like to think that maybe one day you'll be an old man like me, talking a younger man's ear off, explaining to him how you took the sourest lemon that life has to offer and turned it into something resembling lemonade.
こう考えたいんだ。君も私のように年老いたときに、自分の経験を若者に語るだろう。人生が差し出さなければならなかった酸っぱすぎるレモンをレモネードに変えた経験を。 『THIS IS US -season1』
レモネードにはレモンの他に砂糖やらはちみつが必要で、酸っぱさと甘さが調和して美味しいレモネードになる。マイナスな感情を持ってしまうことはきっと必然で、それも正しくて、でも、その脇にあったはずのプラスの感情にもきちんと目を向けること。美味しいレモネードを作るために、必要な甘い部分を、ほかでもない自らが確保していくこと。
その時々で甘さ酸っぱさが変わってもいい、それこそレモネードの豊かさにつながる。でもどんな時も、わたしは人生をかけてレモネードを作ること、そして酸っぱすぎるレモネードを作らないことは心に留めておきたい。
「大人になっても、人生はつらい?」とマチルダに聞かれて、「つらいさ」だけじゃなくて「でも、甘いよ」と言える人になりたい。そんなことを思う、LEON鑑賞後の日曜の夕暮れでした。