道楽
「そうだ!おれ焼うどん屋でもはじめようかな」
焼きうどんを食べながら、友人の山本が不意にそんなことを言い出した。
「急にどうしたんだよ。たしかにお前が作ってくれた、この焼うどんはうまいよ。でも店を出せるレベルかと言っわれたら、そうでもないぞ」
休日の昼下がり、男二人で一つ屋根の下で焼うどんを食べている。もともとは同じ会社の同期であった山本は3年前に仕事を辞め、今はプータローをしている。
休みの日に特にやることがなかったおれは、なんとなく山本の家に行くとちょうど焼うどんを作っていたので、ご一緒したというわけだ。
「いーや、絶対にうまくいく」
「じゃあ聞くけどさ、この焼うどん、いったい、いくらで売るつもりなの?」
「1080円だ」
何を根拠にその金額が出たのかわからないが、いくらなんでも高すぎる。
「高すぎだよ。この一般的な焼うどんがそんなに高かったら、誰も店に来ないぞ」
「甘いな、砂糖より甘いぞ。おれには考えがあるんだよ」
得意げな顔をしている。
「考えって?」
「この焼うどんはな、本当にお腹の空いている奴にしか売らないんだ。本当にお腹が空いていたら、たとえ1080円でも食べたいはずだ」
「その本当にお腹が空いている人の判断はどうやってやるんだよ」
「それは俺が店の前に立って聞くんだよ」
さも、当たり前の様に言う。
「一人ひとり確認していくのか?」
「そうだ。そこでおれがお腹が空いていると判断した奴だけが店に入れる。そういう仕組みだ」
あほらしい。絶対にうまくいきっこない。
「店のシステムはわかった。それはそうと飲食店を経営するには店舗だって必要だし、道具だって必要だ」
「そのへんのことは大丈夫だ」
山本は不敵な笑みをうかべていた。 本当に店づくりを実行しそうでなんだか怖いと思った。
それから一週間、おれは山本の焼うどん屋の話のことはすっかり忘れていて、忙しい日々に追われていた。
そして休日になると、山本から一本の電話があった。
「おう、今日暇か?」
「あー、特にやることはなかったけれど」
「それじゃあ場所はメールで送るから、ちょっと手伝いに来てくれないか?」
「手伝いってなんのだよ?」
「決まってんだろ?うどん屋だよ。それじゃあ忙しいからまたあとでな」
そう言って通話が切れた。まさか本当に店を出していたとは・・・
しかも一週間で。
すぐに山本からメールがきて、その場所に行ってみると、そこはビルの一角の小さな店であった。
外観は少しさびれていたが、そこそこきれいで、通りに面していて立地は良い。店の前に山本が立っていた。
「よう、来たぞ」
「よく来てくれた。とりあえず入れよ」
山本に続き、暖簾をくぐると、座席が6席のカウンターのみの店内であった。
余計な装飾はなく、こじんまりとしていた。
「この店どうしたんだよ?」
「ここか?知り合いに店舗がほしいっていったら、ここを貸してくれたんだよ。道具からなにから全部そろっていたんだよ。ラッキーだよな」
「ラッキーなのはわかるけどさ、大丈夫なのか?何かだまされたりしていないか?」
「全然大丈夫だって。それよりお前に手伝ってほしいことってのはな、焼きうどん作りだよ」
「うどんって、お前がつくるんじゃないのか?」
てっきり客寄せや注文をとったりするのかと思ったら、まさか俺に焼きうどんを作らせるとは。
「だってよ、おれは客のお腹の空き具合を確認しないといけないからな。それと同時にうどんを作ることはできないだろ」
たしかにそうだ。しかしそんな事だったら誰にでも、うどんを食べさせてあげたらいいのにとも思った。
「そこにレシピがあるから適当に頼むよ。じゃあ開店するからな」
そういって看板を外に持ち出した。唐突であったので、うまくうどんを作れるかどうか不安もあったが、既に店は始まってしまった。
いきなり客は来ないだろうと思い、ゆっくりとレシピを眺めているといきなり外で山本の怒鳴り声が聞こえた。
「ダメと言ったらダメだ!これは俺の店だ、俺のルールに従えないやつには帰ってもらう」
どうやら、いきなりお客さんが来てくれたみたいだが、そのお客さんは山本の査定の結果、本当にお腹が空いているお客さんではなかったようだ。
外に出てみるとスーツを着ているサラリーマン風の2人組であった。
その二人は「なんなんだよ」と変な奴を見る目で去って行った。
「おいおい、どうしたんだよ。そんなんじゃ先行きが不安だぞ。この際だから、本当にお腹が空いている人っていうルールはなしにしないか?」
「いーや、それはだめだ。それだったら店をやめる」
そういって店にそそくさと入っていった。いったいなぜそこまでそのルールにこだわるのかがわからなかった。
結局その日、客は0人であった。3人くらいお客さんが来たが、山本のお眼鏡にかなう客はいなかった。
次の日も客はこなくて、暇な休日を過ごすことになった。
「手伝ってくれてありがとうな。これ少ないけど」
そういってお金入りの封筒をくれた。
「山本、まだこの店続ける気か?」
「やめる!おれにはやっぱり向いてなかったんだ」
清々しい顔をしながらすんなりやめることを宣言した。
「やっぱりな、お前はいつもそうだからな」
山本が会社を辞めたのは、宝くじが連続で当たり、使い切れないくらいの大金を手にしたからだ。
会社を辞めてからは遊びのように飲食店を開いたり、無駄な土地を買ったりして遊んでいた。そして決まっていつもすぐに飽きてしまう。
だから今回もすぐに諦めるとわかっていた。おれは小遣い程度のお金を毎回もらっているので、こうして山本の遊びに付き合っているのだ。
「そうだ、おれ今度は蟹の養殖でも始めようかな!」