「君の話」より、3の美しい表現
「まるでひっくり返って動けなくなっていた亀を元に戻してあげたみたいだった。」
もう大好きな比喩表現です。私が人生で1番喰らった比喩表現かもしれません。
この表現って、主人公が彼女を見る目線が慈愛に満ちているから出てくる発想なんですよね。彼女に対して特別な親愛があるからこそ、レコードをひっくり返すだけの動作に対して、動けなくなった亀を助けるようなイメージを見出してしまう。ただ比喩として上手いだけではなくて、この比喩を通じて主人公と彼女の関係性まで伝わってくるという、優しくて素敵な表現だと思います。
彼にとってはなんてことなく繰り出せる笑顔。しかしその笑顔は、人からの好意を獲得できるほどの威力を持っているのです。強い。
この「試し撃ち」という表現が好きなんですよね。
彼にとっては何でもないような、けれど非常に魅力的な笑顔を、サラッと僕に見せる。このシーンでその笑顔の繰り出し方を何に例えるか、めっちゃ難しいです。何でもないことだけど、威力があること。本番ではないけれど、本番と同等の性質を持つもの。うーん、やっぱり正解は、「試し撃ち」という表現以外に無いのだと思います。
あまりに残酷な心情描写です。この文章を読んだとき、竜巻に襲われたような感覚を覚えました。
この文章、パンチが4発あるんですよね。
「喜び、怒り、愛おしさ、虚しさ、罪悪感、喪失感、ありとあらゆる感情が一斉に去来した。」
で1発殴って終わっても良いところを、
「それらの感情は僕の胸を激しく掻き毟り、抉り取り、切り刻み、」
で2発目のパンチを打ち込み、
「その肉片の一つ一つを念入りに踏みにじっていった。」
で更に3発目のパンチで深手を負わせ、
「そして穿たれた胸の穴には剥き出しの悲しみだけが取り残された。」
で止めを刺すという。容赦なくボコボコにしています。
心を精神的なものではなく「胸」という肉体的なものとして扱うことで、グロテスクに思えるほどの苦しみの表現が可能になっています。マイナスの感情をここまで立体的に表現できるものかと、感嘆しました。
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