「何者」より、5の好きな描写

一番好きな小説を挙げるなら、「何者」を挙げます。

読みやすくて、面白くて、強烈なメッセージ性がある、パーフェクトな作品だと思っています。

今回は「何者」から、好きな描写をいくつか紹介してみます。
※核心的なネタバレは避けていますが、未読の方は先に小説を読むことをオススメします。こんな面白い小説はなかなか無いので、余計な先入観無しで読んで欲しいです。


探していないふりをしながら、ずっと探していた。後ろにいたのか、と、冷静に思う。
携帯を仕舞いながら振り返ると、そこには、写真では日常的に見ていたショートカットがあった。 P12

主人公の拓人がライブハウスで瑞月に後ろから声を掛けられるシーン。
この描写だけで、拓人が瑞月に思いを寄せていることが分かるし、同時に、わざわざ”探していないふり”をする拓人の自意識過剰さも示されています。
非常にスマートな「片思い」の表現ですよね。初読の際はココで心を掴まれたのを覚えています。


就職課には、内定者ボランティア、と呼ばれる人たちが常駐している。就活生のどんな相談にも乗ってくれる内定者ボランティアはみんな、首から小さなカードをぶら下げている。そこには、その人の名前より大きな文字で、内定先の企業名が書かれている。 P72

「肩書きありきの人間」感。
朝井リョウさんはこういう社会の中にある違和感を突くのが本当に上手いですよね。それでいて、ギリギリ露悪的にはなっていないから、読者にもスッと入ってくるという。このバランス感覚が好きです。


はじめの一文字を入力すれば、入力したことのある単語をすぐに表示してくれるこの機械はとても正確だ。だけどもしかしたら、携帯やパソコンを起動させるたびにその言葉を検索している自分の脳のほうが、よっぽどロボットのように人間味に欠けているのかもしれない。 P115

インターネットを使えばいろいろな情報に触れることが出来るけれど、いつも同じものばかり見てしまいますよね。少し自嘲的な描写ながら、読者もハッとさせられます。
(これ書いてて気づいたんですけど、ブックマークには入れてないサイトだけど、ついついアクセスしちゃうってことですよね。うわあ、この辺りの「距離感」も絶妙…。もはや恐ろしい。)


本当の「がんばる」は、インターネットやSNS上のどこにも転がっていない。すぐに止まってしまう各駅停車の中で、寒すぎる二月の強すぎる暖房の中で、ぽろんと転がり落ちるものだ。 P138

ネタバレを避けるために前後の流れは説明しませんが、これだけでも良い文章ですよね。なんてことのない日常の中で”本当の「がんばる」”を見つけたシーン。詩的ですよね。


感情の速度に言葉が乗って、その言葉の速度に感情が乗って、(中略)どんどん止まらなくなっていく。 P309

感情的に言葉を放つときってこんな感じですよね。感情と言葉が相乗効果を引き起こして、ついつい言い過ぎてしまう。描写が的確で印象に残っています。


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