伊藤計劃「ハーモニー」の謎を整理するためのメモ
ネット上のハーモニー考察を一通り読んだので、自分なりにメモしておきます。
ネタバレありです。
未読の方はブラウザバックしてください。
物語のラスト、人類は意識を消失し、世界にはハーモニクスが訪れます。
しかし、作中ではWatchMeが体内にインストールされていない人々(子供たち、一部の民族)の存在が明言されており、当然その人々は意識を消失していません。
だとするとミァハの行動原理(「意識」によって引き起こされる苦しみから人々を開放したい*1)に、致命的な不完全さが生じてしまいます。
「全人類を救うために一部人類の意識を消す」では、矛盾です。
この矛盾に対する反論として、「WatchMeがインストールされていない人々」にも本当はどこかでWatchMeがインストールされていたのでは? という考察もあるみたいです。
ただこの考察はそれを裏付ける根拠が作中に乏しいように思います。
となるとミァハが終盤に語る行動原理が嘘ということになります。
さまざまな考察を踏まえた上で、もっとシンプルに考えることも可能なのかなと思います。
少女のミァハは世界に対する一撃として3人で栄養阻害サプリメントによる拒食集団自殺を試みる訳ですが、このスケールを最大限大きくしたのが「WatchMeをインストールした人々の意識の消失*3」という風にも思えないでしょうか。
子供のミァハは、本来人々の健康を管理するためのアイテムであるはずのメディケアを悪用し、3人で自殺するための栄養阻害サプリメントを生成します。
ここに、集団自殺というテロ行為を行おうとするミァハのイデオローグが象徴されていると思います。
対して大人のミァハは、世界の幸福を管理するためのアイテムであるはずのWatchMeを悪用し、数千人の人間を自殺させ、数十億人の意識を消失させます。
ミァハが子供の時にやろうとしたことと、大人になってやったことに、本質的な差はないと考えられないでしょうか。
こう考えるとミァハの行動原理は一貫しています。
ミァハの目的はあくまで「世界に一撃を加えること」で、「人々が抱える意識の苦しみからの解放」ではないのです。
これなら、「WatchMeがインストールされていない人々」がほったらかしにされていても筋が通ります。
このように読んでいくと今度は「なぜ終盤ミァハはトァンに嘘の動機を語ったのか」という謎が生まれます……。
また時間のある時に考えてみようと思います。
*1 12歳で隣の男の子の自殺を目の当たりにしたこと(P340)が原体験
*2 ”私はね、永遠だと人々が思っているものに不意打ちを与えたい。止まってしまった時間に一撃を食らわせたい。” ミァハの言葉。
*3 「意識の消失=人にとっての死」と捉えることが可能な文章は作中にいくつか存在します。ここに注目してみると、息を引き取る直前のミァハの言葉は示唆的です。
追記
「虐殺器官」で動機に嘘をついているのはクラヴィスで、「ハーモニー」で動機に嘘をついているのはミァハなのかなと思いました。
ミァハは主人公ではありませんが、最終局面で動機が語られ、その動機に論理的な穴があるという点でクラヴィス一致していますし。
人が大きな悪を成そうとしたとき、自己正当化のロジック無しには精神を保てない、という読み方も可能だと思います。
参考サイト