とある夢の駅のこと
繰り返し夢に表れる場所、というものが存在する。
私にもいくつかそういった場所はあるが、そのひとつにとある駅がある。駅名はわからない。認識していたこともあったかもしれないが忘却してしまった。
なぜその駅の話をするか?……今朝方、その駅が夢に出てきたからだ。
それに伴い、目覚めてから過去に見たその駅にまつわる夢の断片も思い出した。詳細は消えていたが、それでもメモをしたことのない過去の夢を思い出すことはそうあるものではない。
今日は、その駅の夢について記そうと思う。
先ずは、過去に見た夢について触れておく。
学校の課題だった。この夢の時の明確な課題は覚えていない。駅の調査だったかもしれないし、心霊現象についてのレポートだったかもしれない。
ともあれ、課題のために私はその駅に降り立った。
『駅』から見える景色は大まかにではあるが以下のようなものだ。
右手の方にいくつかのビルがある。ビルといっても近代的なものではなく、少し中心部から外れた駅前にあるような、商店を内包したビルだ。おそらく、レンタル店などが存在した。
そして左手の方は閑散としていて、踏切がひとつ横たわっている。今回の目的地はその踏切の向こうだ。
踏切を越えた私はいくつもの怪異と遭遇することになる。感覚的には怪異というよりもモンスターのようなものであった。白いぬりかべのようなものと戦った記憶がある。入り組んだ路地を慎重に進んだ記憶がある。リズムゲームのような要素が入っていた気もするが、まあそこは夢ゆえのご愛嬌、というやつだろう。
この時の夢で真に恐ろしかったのは、駅に帰ってからのことだった。
踏切に何かが見えた気がする。拭えない何かが纏わり付いている気がする。そして何よりも………駅が、駅の中の人々が、『異質なものであると理解されていく』。最初に訪れた時より数段、『駅』を中心とした世界が恐ろしいものに変貌していたのだ。それは目で知覚する世界ではなく、心の中に直接に投影される恐怖だった。味方が誰一人いない、そんな感覚。そこでの異物は私の方なのだ——
以上が、初めて『駅』を見た夢だ。
その後……今日に至るまでの間も、『駅』は夢に登場していた記憶がある。ただ、とにかくそこにだけは向かってはいけない、決して近づいてはならないと認識していた。恐ろしい怖ろしさがそこに打ち付けられていた。
そして、今日見た夢の話になる。
私は友人と駅への道を歩いている。分かれ道に案内板がある。『タノシイランド』のような、カタカナで遊園地を想起させる単語が書かれていた。その案内板を見た私は直観する。『分かれ道の先のどちらかがあの場所だ』と。
ここでどちらの道が正しかったのかはわからない。あるいはどちらの道もが誤りだったのかもしれない。
私は間違えた道を選んだ。そして、そこにある階段を登った途端に強い力を感じた。引きずられるような感覚だったが、実際には下から押されていた。押していたのは先生の霊だ。何の先生かはわからない。少なくとも、現実で会ったことはないが、夢の中では知人と認識している、そんな人物の霊が、私を、私たちを押している。異界へと連れて行こうとしている。
それは、抗いがたい誘惑のようだった。あちらへ行ってしまいたい、という強制力だった。だが、私は必死に引き返した。友人を連れて。その力に抗って。
帰りすがらの電車の中。私は過去の体験を友人に語っていた。
この過去の体験は最初に見た夢のことだ。だが、夢の中で別の夢の記憶を語るのは、既に「今、ここで見ている夢」の記憶だ。よって、先に記した夢とは相違点がある。だが、夢の中の私も、今これを書いている私も、「それは同じ時、同じ場所だった」と認識している。事実に食い違いがあっても、だ。夢の中の私は語る。好奇心をまだ抑えられない様子の友人に対し、「あそこは本当にやばいからダメ」と言いながら。
私は霊障についてのレポートを書くために、『駅』のある町の心霊スポットの中心部を目指していた。中心部……それは、どこからも離れた場所だ。一番入り組んだ奥の奥だ。
そこに辿り着いた私は世界が回転するのを感じる。ぐるぐると、めまいがして、心臓はとてもうるさく音を立てる。なにかがいるのがわかる。すぐそこに。だけど、私はそちらを見ることができないまま……ふ、と意識を失ってしまう。
気がつくと帰りの電車の中だった。
鼓動は先ほどよりは落ち着いている。それでもまだうるさい、動悸感があった。
それからしばらく、私は……恐らく、奇怪な現象に悩まされた。何が起こったかは問題ではなかった。その場所の影響が抜けないのだ。近づいてはいけないものに近づいてしまったせいで。
それが、私が友人に語った過去の話だった。
そして、夢もそこで途切れる。
何故、それが過去の『駅』と同じだと思ったかはわからない。ただ、確信していた。このふたつは同じものだと。
これは、私の夢の世界に存在する、『恐怖の場』の話だ。
見てはいけないものがある、近づいてはいけないものがある、触れてはいけないものがある、心を直接侵す恐怖が存在する場所。
そこに、逃げ場は存在しない。