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札バン研究所「月光グリーン『蛮勇根性』全曲解析」①


こちら、札バン研究所

札幌を拠点とするバンド、略して札バン。

その音楽を研究する今回は、2003年結成、月光グリーン。

デビュー・アルバム『蛮勇根性』に収録された全12曲の内、1~3曲目を解析する。


後の方向性のすべてがここに

70年代には、音楽雑誌のデビュー・アルバム評によく、「散漫でやりたいことがよくわからない」というのがあった。

大体デビュー前の活動が長いバンドほど、それまでに多様な楽曲を蓄えているから、いざアルバム制作となるとそのすべてを詰め込もうとする。また、どれが当たるか出してみないとわからないこともあっただろう。結果、「きみたちは一体何がやりたいんだ?」という評価になった。

あの時代は、コンセプトアルバムとかトータルアルバムなんてものがもてはやされたこともあって、雑多なものは嫌われたのだろう。

しかし、楽曲がばら売りになり、サブスクになったいま、似たような曲ばかりのアルバムより、多様性があるに越したことはない。さらに、すべてを貫く強力なサムシングがあれば、万全だ。

その好例が、月光グリーンである。デビュー・アルバム『蛮勇根性』には、その後バンドが持つことになる多彩な音楽性が既にあり、しかも「汗ダク感情ロック」という明快な意志に貫かれている。

メンバーは、

 テツヤ 激情ボーカルギター

 ハナ 右手残僧ベース

 チュウ 撲殺ドラム

2006年10月4日発売。

作詞作曲は、全曲テツヤによる。


#1 蛮勇根性

幕開けは、タイトルトラック。蛮勇、すなわち無謀な勇気。しかし、根性でなんとか成功させてやる。そんな気合がこもった造語は、新たな旅立ちを果たしたバンドの意気込みを感じさせる。

それに、蛮勇は「万有」を連想させる。万有引力の「万有」だ。つまり、自分たちのことばかりでなく、誰にだってそんな根性があるはずだ、というリスナーへのメッセージにも解析できる。

楽曲的には、デビュー曲「快刀乱麻を断つ」と、表裏を成す。

①「汗ダク感情ロック」を象徴するアップテンポの激しいロック

②コブシなど「和」の要素を持つ日本ルーツのロック

③人生の岐路に立つ不安と、それでも前に向かう勇気という歌詞のテーマ

上記3点が完全に共通しているし、キィーまで同じEmだ。

しかし、もちろん違いもある。

まず、サウンドがパンクよりもむしろヘビーメタルに近い。重量感がある歪んだギターの音質。フレーズも、Eから半音で上行下行したり、Emのキィーでは音階から外れるシ♭を使って、不気味かつ不穏なムードをかもし出す。

これ、後に、リードギターのミツヒコが加わることを考えると興味深い。と言うのも、ミツヒコのスタイルはヘビーメタルをベースにしているからだ。やがてそこに繋がってゆく、月光グリーンにおけるヘビメタ性の萌芽がここにある。

基本は8ビートだが、16ビートのグルーブが織り込まれているのも特徴である。Bメロで聴かれる切れ味鋭いカッティングや、サビ前の隙間に入るベースの素早いグリッサンド。とりわけ一回目の大サビ後、コード進行が突然変わり、D9とEm9の往還になるところなど、ちょっとCHARの「Smoky」を思わせる完全な16ビートロックになっている。チュウの力のこもったドラミングと手数の多さもこのグルーブにはぴったりで、撲殺ドラムの異名も頷ける。

そのドラムのフィルからスタートし、イントロの後、まずサビ。

 ♪ でもやっぱそれしかねぇんだよな すがる未来に生かされてる

歌い出しが「でも」という接続詞なのも面白い。本来接続詞だから、その前に接続される文章があるべきなのに、何もない。しかも、この「でも」のメロは弱起といって、小節の頭より若干先行して始まるのだが、そのタイミングが4拍目の裏という、僅か半拍の短い時間に2文字をぎゅっと詰め込んでいる。その慌ただしさと接続詞で始まる歌詞の唐突さが相まって、緊張感をはらむのだ。見事な出だしである。ミステリーの古典『そして誰もいなくなった』、あの名タイトルも、やはり「そして」という接続詞から始まっていたがゆえの情感があることを思い出す。

大サビの歌詞は、実に奇抜。

 ♪ 論より運より蛮勇根性

これの繰り返しだが、一体どこからこんな言葉が出て来るのか?

ソングライティングには、大きく2つの方法があって、ひとつはまず歌詞をつくり、後からメロディーをつけていくやり方。もうひとつは逆にメロディーが先で、歌詞をそれに乗せていくやり方だ。前者を「詞先」、後者を「はえこみ」などと言ったりする。

戦前は、作詞家の地位が作曲家より高く、「詞先」が普通だった。作曲家の古賀政男がインタビューで「西条八十先生から詞をいただいて」と言っていたのを覚えている。当時、作家はレコード会社に所属する社員だったが、その部署も「文藝部」と称された。詞が文藝なのはわかるが、作曲も文藝というのは違和感があるが、それだけ作詞家中心だったのだろう。

しかし、最近は逆に「はめこみ」が主流だ。これにはレコーディング事情の変化があると思う。戦前は一発録りしか出来ず、曲も歌詞も完成していなければスタジオに入れなかった。しかし、いまは楽器ごとに演奏を録音した後、最後に歌を重ねて完成する。したがって歌詞は歌入れまでにあればいいのだ。それでまず曲をつくり、アレンジをして演奏を録り、その間、作詞家が考える。秋元康など、歌入れ当日になってもまだ詞が出来ず、アイドルとスタッフが待っているところへファックスで送ったりしたこともあったと聞く。

話が逸れたが、テツヤの場合は作詞も作曲もこなすので、曲によって「詞先」だったり「はめこみ」だったり、時にはそれが混ざる形なのだろうが、この曲に関しては「はめこみ」ではないか。

そして、「はめこみ」だからこそ、あの大サビの歌詞が出来たのではないか。

まずメロディーとして、「ミ・ミ・ソ・ソ・ファ#・ミレ・ミ・ミ」が浮かんだ。しかし、先に述べたようにこの曲は16ビートのニュアンスが強い。これでは1音が長すぎて間延びする。そこで、「ミミ・ミミ・ソソ・ソソ・ファ#・ミレ・ミミ・ミ」と、符割りを細かくしてみる。すると今度は、テンポが速いのでやけに言葉が詰まってくる。しかも、その直前が前述のサビで、ここも「でも」を含め言葉がぎゅっと詰まっているため、似通ってしまう。こういう時英語なら、子音のみの発音があるので、そういう弱い音と母音を組み合わせればいいのだが、あいにく日本語はすべての音が子音と母音のセットである。困った。

しかし、日本語にも2つの抜け道があって、ひとつは「ん」、もうひとつは「っ」だ。例えば「はんたい」のような言葉だと、「ん」も1音ではあるが極めて弱い音なので、ひとつの音符に「はん」を乗せてしまい、全部で3音のメロディーにはめこめる。「っ」も同様に、「さっそく」のような言葉であれば3音に乗せられる。

恐らくテツヤはここで、最初が「ミ・ミ」では間延びし、「ミミ・ミミ」ではつまり過ぎるので、間を取って「ミん・ミミ」もしくは「ミっ・ミミ」にすることを考えたのだろう。そして、2文字目が「ん」または「っ」になる言葉を探し、「論より」というフレーズを思いついた。

「快刀乱麻を断つ」の解析でも指摘したが、諺や熟語、成句を使うのはテツヤの作詞法のひとつで、「快刀乱麻を断つ」のタイトルもそうだし、2番の「雨降って地固まり」「機熟して」などもそうだ。同じようにここで、「論より証拠」という諺が浮かぶのは、自然である。小学生のテツヤ少年は、きっと国語の時間に授業をちゃんと聞いていたんだなー。

ともあれ、最初が「論より」とくれば、次は対になる「運より」が導き出される。

そして続く「ファ#・ミレ・ミ・ミ」の終わりも、「ミ・ミ」でもなく、「ミミ・ミミ」でもなく、「ミん・ミミ」に揃えたくなり、テーマからすれば、とにかく熱くて激しくて為せば成る的な意味の言葉が欲しい、と考えて、「根性」に辿り着いたのだろう。

これを「蛮勇」と組み合わせて造語にした理由は、解析できない。もうヒラメキとしか言いようがない。

かくして生まれた「論より運より蛮勇根性」の名文句。がんばろう式の応援ソングは無数にあれど、これだけ個性的な表現はなかなかない。



#2 宵待草

キィーはGm。アップテンポのリズムは、前の曲のヘビーさから一転してむしろ軽快。

これは、歌詞が「蛮勇根性」や「快刀乱麻を断つ」と同じように、将来への前向きな意志を歌ってはいるけれど、この2曲に比べて迷いがないからだろう。「蛮勇根性」では、「いつか実を結ぶなんて 甘い言葉虫唾走る」「でもやっぱそれしかねぇんだよな すがる未来に生かされてる」だし、「快刀乱麻を断つ」では「すべてがうまくいくわけねぇが」とクールに考えながら「すべてが悪くなるハズもねぇ」と一歩を踏み出す。

しかし、「宵待草」では、「オレは前を向いてるのかな 自分では分からないけど」とは言いながら、「迷いながらも足を移し 歩いてる 今はそれだけでいい」ときっぱりした態度。「進める道があるのなら 動ける場所があるのなら どこでもいいさ 宵待草になりたくはねぇ」

「宵待草」は大正ロマンの時代、竹久夢二が作詞したヒット曲だが、「待てど暮らせど来ぬ人を」待ち続ける女の悲しみを歌っている。

この月光グリーン版「宵待草」は、そんな待つ人にはなりたくない、自分から動くんだ、というメッセージ。「動く」がテーマとなっているため、歌い出しも、クルマがモチーフだ。

 ♪ とにかく立ち止まる事が嫌いで

   赤信号から逃げて回ってる

この気持ち、よくわかる。免許を持っていないので運転はしないのだが、街を歩いていて赤信号にぶつかると、つい待つのが嫌で横道に逸れる時がある。それで却って回り道になるんだが、なんでこう人は赤信号を逃げて回るのか。

デビューシングルに収録されていた「人間なんだ」の冒頭も、やはりクルマで走っている時の情景だった。北海道は、やっぱりクルマ社会なんだな、広いもんなぁ。月光グリーンの曲に、電車は登場しないしね。

ともあれ、「迷いがない」し「動くがテーマ」なので、この軽快なリズムが選択されたのだと思う。

テツヤの歌い方も、スタッカート気味だ。例えば歌詞カードには「宵待草になりたくはねぇ」とあるが、実際には「なりたくはね」と語尾を鋭く切っている。サビの「オレは前を向いてるのかな」も、「オッレは」と歌っている。「オ」はソで、次の「レ」は1オクターブ上のソなので、音程的にも大きく跳躍しており、「オ」で鋭く切る効果は大きい。

演奏的には、たっぷり入っているギターソロが、この曲の聴きどころ。シングルコイルらしい太い音色のクリーントーンで、フレーズは案外70年代風の王道。パンクと言うよりは、ブリティッシュ・ブルースロックのニュアンスを感じる。バッキングにもカッティングではなく、リフが多用されている。ギタリストとして、決して技巧的ではないが、歌心があってとてもいい。ボーカリストの弾くギターとして、非常に評価できると思う。


#3 快刀乱麻を断つ

デビューシングルとしてカットされたものと、同テイク。月光グリーン初期の代表曲である。

シングルの全曲解析で詳しく書いたので、ここでは書き洩らした点を補っておく。

サビの「やるぞと小さく呟いた時」に行く前、ギターだけになって、コードが鳴る。これが、B→C→C#と半音ずつ上がって行くのが面白い。この曲のキィーはEmなので、普通ならBのままで、サビに行く。音楽理論では、ドミナント・モーションと呼ばれる。だが、そこに敢えてこの半音進行を織り込み、しかも最後のC#が、ド#ミ#ソ#から成っていて、どれも本来この曲の音階にない、ハズれた音になっているのが、さらに緊張感を高めている。

ちなみに、後年の「泣いて笑ってハラへって」という曲でも、サビ前に同様のコードの仕掛けが出てくる。ここにも、その後の月光を予告するような箇所があるのだ。

大サビはハナとチュウが「あすなろ夢見て」と歌い、テツヤが「今歩み出す」と追いかける。

ここはブレスが苦しいにしても、一人で歌えないこともない。

しかし、この曲がミュージシャンとして人生の岐路に立った彼らの不安や意気込みをテーマにしている以上、その想いはメンバーにも共通している。だからハナやチュウの声も欲しかったのだろう。バンドの、運命共同体としての一体感が感じられる、いいアレンジだ。

そして続く、「快刀乱麻を断つ」という歌詞の部分。

ここの符割りが、ライブなどで一緒に歌うと実に気持ちがいい。そして、胸にじわっと込み上げてくるものがある。

「か・い・と・う」までは拍の頭できちんと歌われるのだが、「ら」が2拍半引っ張られ、「ん」が3拍目の裏、「ま」が4拍目の頭、「を」が4拍目の裏から次の小節にかかるシンコペーション。それが3拍伸びて、「た」が4拍目の頭、「つ」がその裏からシンコペーション。

言葉で書くとわかりにくいが、要は出だしがきちんと拍の頭にあり、後半がシンコペーションでリズムをズラしていくわけで、そのズレ方が気持ちよいのだと思う。しかし、シンコペーション自体は特に珍しいものではないのに、なぜこの曲だけこんなに込み上げてしまうのか。歌詞のせいもあるかも知れないが、謎である。

だから、音楽は面白い。


to be continued……






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