一週間でレンタカーでアメリカ横断した話〈序章・出発まで〉
「アメリカ横断」
車で北米大陸を横断してみたい。
漠然とした想いは何年も前から頭にあった。
昔テレビで人気があった「アメリカ横断ウルトラクイズ」。
日本を飛び出した参加者たちが、アメリカ大陸を横断しながら奇問難問に挑み、最終決戦地に行けるのはたった二人。その約束の地はニューヨーク。
後楽園球場(その後は東京ドーム)で行われる一次予選。名物アナウンサーが「ニューヨークへ行きたいかー?」と決まり文句を叫べば、参加者たちは絶叫にちかい声で「おーっ!」と握りこぶしを突き上げ答える。その光景が強く記憶に刻まれていたのも、アメリカ横断にあこがれる要因になったのは間違いない。
友人知人と何とはなしに次に行く旅先の話しになると必ず北米大陸横断も候補に入れていたほどなのは言うまでもない。
ネットが身近になると動画やブログ等で北米大陸横断を実行している方々の姿を目にすることが多くなった。キャンピングカーやワゴン車で仲間とともにドライブしての横断、列車やバスを乗り継いでの横断、自転車で横断する強者もおりました。しかしながらその予算や行程、参加人数はサラリーマンをしている私の現状からすると、正直言って非日常の極みと感じてしまったのです。
憧れは夢物語として記憶の引き出しに入れられたのでした。
コロナ禍も落ち着いた2023年の12月、3年ぶりの海外の地は香港でした。安宿の薄ーいマットが乗るベッドの上で、ぼんやりと残された人生であと何回異国の地を踏めるのだろうと思案していました。行けるとこは行けるうちに行っとかないと後悔するなーと結論付けた夜なのでした。
そんな折、旅先で知り合った友人から、「以前話題になったアメリカ横断、GWに行きませんか」と声がかかったのです。瞬間、香港の夜のことを思い出し、これは真剣に考えてみようと一気に夢から具体化に変化したのでした。
そして2024年4月26日、羽田からロサンゼルス空港に飛び立つ全日空126便の機内に私はいたのです。
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