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【放課後日本語クラスから④】思いがけないから言葉は響く

 こんにちは。公立高校で日本語指導員をしている、くすのきと申します。

 高校では、2学期の中間試験を控えた季節となりました。
 放課後日本語クラスは、あくまで生徒が自主的に参加する、放課後に特別に設けられたクラスという位置づけです。単位になったり成績がつく正規授業ではないため、試験前1週間と試験本番の合わせて約2週間、クラスはお休みになります。

 10月にようやく新年度を迎え、つい先日、授業を2回しただけですぐさま2週間のお休み。私にしてみれば、勇んでスタートを切ったものの突然ストップをかけられたような、ちょっと欲求不満、消化不良なような気持ちです。

 一方で、2回の授業は、初めて顔を合わせた生徒たちの表情を観察しながら手探りの、そして自分に対するダメ出しの時間。お休みを、軌道修正の時間にできると思うと、少しホッとした気持ちがあるのも事実です。

 でも、ふと思います。
 生徒たちにとってはどうなのでしょうか。

 放課後クラスで生徒と過ごしていると、それが生徒たちの生活のすべてであるように感じていることがあります。

 でも、私がのんびりお休みしているこの間にも、生徒たちは学校で授業を受け、わからないことがあれば先生や友だちに聞き、聞くことができなければ、不安を抱えたまま試験本番を迎えるでしょう。

 私が知らないことのほうが断然多い、生徒たちの学校での毎日。
 生徒たちが生きているこの時間、この場所について、改めて考えてみました。

「そりゃ学校のほうが楽しいよ」。


 昨年度、担当していた1年生に、中米の国と日本をルーツにもつ男子生徒A君がいました。

 自宅のある地域は高校からはかなりの遠方。通学には片道2時間近くかかるということでした。
 なので、放課後クラスでは居眠りをしていることもしばしば。
 それでも、日本に来て3年に満たないのに、日本語の語彙やイントネーション、かなや漢字の形、筆圧のかけ方に違和感がないのは、日本人のお母さんが、家庭でも意識して日本語を使っていたからなのでしょう。

 もうひとつ、A君の自宅の近隣には、実績と定評のある日本語教室がありました。彼もそこで学び、中学での授業と両立させて、高校受験を乗り越えてきたのです。その意味では家族関係に恵まれ、教育環境もそれなりに整っていた生徒と言えるかもしれません。

 ある時、放課後クラスの休憩時間に「中学生のとき、○○っていう日本語教室に通っていましたか?」と聞いたことがありました。A君は嬉しそうに、「なんでその教室のこと、知ってるの?」と笑顔を向けてきました。
 やっぱり。その教室で、A君は日本で生きるための勇気や自信を培ってきたに違いありません。

 「学校と教室、どっちが楽しかったですか?」。
 「教室」という答えが当然あるものと思いながら、私は何気なく聞きました。ところが、彼の答えは、

 「そりゃ学校だよ」。

 「当たり前でしょ」と言わんばかりにニヤリと笑ったA君の顔を見て、私は不意を突かれたように口をつぐんでしまいました。

「楽しい。友だちがたくさんいるから」。

 この10月から受け持っている漢字圏出身のB君も、同じく中学の時に来日した生徒です。 
 日本語の勉強を始めたのは日本に来てから。通っていた中学には、日本語指導が必要な海外ルーツの生徒はいなかったそうです。
 
 先述の明るいA君とは異なり、感情を表に出さない静かなB君ですが、その意外な一面を垣間見たと感じたのは、私がマンダラートを教材に用い、〈高校では〉の周りのマスに、自分が思いつく気持ちやできごとを書く授業をしたときのことでした。(授業については、前回の記事をご覧ください)

 この授業では、マンダラートに書き込んだ言葉に対して、「なぜ」「どうして」という質問を投げかけ、「~ので」「~から」とその理由を考えて、文を作るという課題を設けていました。

 こういった場合、こちらはつい、定型的な回答を思い浮かべてしまうのではないかと思うのですが、生徒の文はそれぞれに個性があって興味深く、上述の文型を使うスキルは、とくに問題なく身に付いているようでした。
 反対に、複数の文を作る生徒が数人いたのには、生徒への日本語力の評価を、少し修正したほうがよいのかもしれないと考えさせられたほどです。

 そんななか、B君が書いたのは、たったひとつの文でした。
 「〈高校では〉友だちがいますから、生活が楽しいです」。

 教室で目にするB君の静かな様子に、学校やこの放課後クラスになじめないものがあるのではないかと気になっていた私は、その文を見て少し思いがけない感じを受けました。

T「高校は楽しいですか?」
S「はい、楽しいです」
T「中学ではどうでしたか?」
S「中学では外国人はいませんでした。でも、ここにはたくさんいます」
T「クラスや、それから、部活にもいますか?」
S「はい。友だちといっしょに部活をします」

 B君は終始淡々と答えていました。
 しかしB君の言葉には、中学では感じていたかもしれない疎外感が、高校で同じような環境にいる仲間たちと出会ったことでやわらぎ、B君にとって今は学校が大切な場所となっていることが伝わってくるような印象がありました。

なぜ、学校なのか

 話は、A君のその後のエピソードに戻ります。

 じつはA君との会話からほどなくして、偶然、件(くだん)の日本語教室の先生とお話しをする機会がありました。

 私が「A君は高校でも一生懸命やっています」と言うと、その先生は、「A君はいつも教室を盛り上げてくれる明るい人でした。きっとこれからもがんばってくれるでしょう」というようなことをおっしゃいました。

 それを聞いたとき、私のなかにはなんとも複雑な思いが湧き上がりました。

 A君との放課後クラスでの会話がなければ、私はなんの曇りもなくその言葉を受け止めていたと思います。
 やっぱりA君はその日本語教室でイジられたりかわいがられたりするキャラクターで、彼自身も、周りの友だちや先生の期待にしっかりこたえていたのだと。

 しかし、先生の言葉を聞いて私の頭に浮かんだのは、「学校のほうがいい」と言ったときのA君の表情です。
 言葉、学力、生活習慣、肌や髪の色。初めて通う日本の学校、出会った先生や同級生たち。中米からやってきたA君にとって、日本での学校生活を送る上で数多くの壁があっただろうことは、容易に想像がつきます。

 一方で、A君が日本語教室で出会ったのは、同年代の海外ルーツの子どもたちです。勉強するだけでなく、ふざけながら遊んだり、時にはケンカしながら、さまざまな体験や感情生活を積み上げていったはずです。先生たちもそれを丸ごと認め、見守ってくれていたことでしょう。

 A君の言葉と、担当してくださっていた日本語教室の先生の思い。そのギャップをどのように理解すればよいのか。
 複雑な思いの理由を言葉にすれば、そのような説明になるでしょうか。

ここをhomeと呼べる場に

 スポーツの世界には、「home」と「away」というおなじみの言葉があります。

 海外ルーツの子どもたちにとって、日本はいわばaway。その中にいる子どもたちにとって、homeの選択肢は多くはありません

 かといって、homeをもたずにawayに出ていくことが危険なことは、おとなでなくても、子どもにもわかるはずです。
 その意味で、社会的に認知された誰もが認める存在であり、子どもにとっては唯一の社会との回路となる学校は、日本では数少ない「home」のひとつなのだと思います。

 A君もB君もそのことを敏感に感じ取っているからこそ、学校をhomeとして選び、そこに自分の席を定めようとしているのではないでしょうか。

 そこまで考えたとき、私には、昨年のA君の一件以来抱えていた(勝手に!)宿題の答えが出たように感じられました。

 生徒たちは直接には口にしなくても、私に多くの宿題を与え、時にひとつの方向性を示してくれます。
 この2週間のお休みの時間も、彼らが、まだまだ考えや理解の足りない私を、立ち止まって待ってくれている時間だったのかもしれません。

 置いていかれないように、でも慎重に辺りを見回しながら、歩いていきたいと思います。

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