無意識のダブルスタンダード
日本動物福祉協会主催のRSPCAインスペクターセミナーを受講してきました。
これから動物愛護法の改正が議論されようとしている今、ひとつの論点になるであろう飼養管理基準について、セミナー内でも時間が割かれたので深掘りします。
音声解説はこちら
野生環境はベストではない
前回の記事(↓)でも言及しましたが、今回は少し丁寧に説明していきます。
野生の環境は過酷です。
動物たちはその過酷な環境に適応して進化してきてなんとか種が存続しているだけで、その環境でしか生きられないわけではありません。
なので、野生の生活環境がベストと考えるのはとても危険な考えです。
『厳しい環境→適応した生態』の順であり、『生態→これに合わせてそのままの環境を用意』が正解とは限りません。
これが逆転して、「生活環境がベストである」と勘違いしてはいけないのです。
例えば40℃を超える砂漠の動物は、必ず40℃を超える環境が望ましいか?
いや、それは違うでしょ。ということです。
ここで、「でも常に人間が快適な気温ではダメだろ!」なんていう反論が浮かんだ人は、残念ながらこの記事を理解することはできませんので、離脱ください。
野生の生活環境すべてを再現する必要はないという意味です。
実際に、野生下より飼育下のほうが長生きする動物は多いです。
飼育方法が確立されているほどその傾向は顕著です。
野生動物が住む環境が必ずしもその動物にとってベストな環境ではない。これははずしてはならない大前提です。
セミナー内でのワーク
しかし「動物福祉」のセミナーを受けていると、この大前提を忘れがちです。
RSPCAのセミナーの中で、野生動物の飼育基準を考えてみようというワークがありました。
ミーアキャット、ミズオオトカゲ、フェネック、ワシミミズクなどの生態を調べ、そのニーズを満たすような飼養管理基準を作ろうというものです。
各班に1種ずつ割り当てられた野生動物種の生態を調べ、その動物のニーズを満たすことができる飼養管理基準を各班で考えて、それを発表しました。
結論からいうと、各班共通して「野生生活環境を揃えなければならない」と思い込んでいたという印象を私は受けました。
例えば『ミーアキャットの飼育基準は、1辺キロメートル単位の広さ、深さ3mの穴を掘れるようにしなければならない。』
この飼養施設を用意できないなら飼うべきではない!という主張が最初からあったうえで、設定しているように感じざるを得なかったです。
不正解とはいいません。もちろんその施設がベストかもしれません。
ただ、「野生動物は飼育すべきではない」という答えありきで飼養基準を考えているように感じましたし、動物福祉の意識が高い人が参加するセミナーなので、それが正解のような空気感があったのも事実です。
猫に当てはめてみよう
講師のRSPCAのポール氏がフクロウカフェを例に挙げて
『単独で生活するフクロウがこんな近くで、お互いが見える位置、なんなら触れ合いそうな位置にいることはない。落ち着いてるという人がいるが、硬直しているだけ』
と説明してくれました。
そして、こう続けました。
『猫を飼っている人の中には、遊び相手がいたほうがいい。一匹だけでは寂しいと主張して、新しく猫を飼う人がいる。でも猫もそもそも単独生活を好む動物。』
猫は社会性のある動物なので、講師のポール氏のいうことが正しいとは思えませんでしたが、新しい猫を入れる時、先住猫のストレスは加味すべき事項です。
参加者の中には猫を複数頭飼育している人も少なくなかったと思います。
ここでハッとした人もいたと思います。
中には、自分事として考えられない人もいたかもしれません。
「うちは仲良くしてる」
「保護せざるを得なかったから仕方ない」
と思っていたのではないかと。
野生動物の飼育となると、「はんたーい!そもそも人間が飼う動物じゃなーい!」と大声をあげる人がいます。
セミナー内でもそういう雰囲気になっていました。
これはRSPCAの狙いでもあるので仕方ないところもあります。
ただ、野生動物にだけ当てはめるのではなく、主張するときは同じことを猫に置き換えても同じことがいえるのかを同時に考えるべきです。
では、実際にあなたが飼っている猫に戻って考えてみましょう。
猫の飼養管理基準
イエネコといえど3mの高さの屋根に登ることもあります。
でしたら基準に高さ3mのキャットタワーが必要となりますか?
外猫は半径100m程度を散歩しているので、室内でもそれくらいの飼育スペースは必須なのですか?
野生では捕食する肉食動物なので、活き餌が必要ですか?
これらを満たさなければ飼うべきではないですか?
そうはなりませんよね。それに代わるものを用意すればいいのではないでしょうか。
3mに満たなくてもいいからキャットタワーを置くとか、おもちゃで遊ぶのが好きな子なら遊ぶことで狩猟本能を満たしたり、運動量を確保してあげるとか。
このように代替品でニーズを満たすことができます。そのニーズを満たしたうえで安全な室内飼養をすることが推奨されていますよね。
でもなぜか野生動物の飼育となると、急に厳しいことを言い始めてしまう。
ベストしか勝たん。としたらその先に発展はありません。それはそれはとても苦しい基準を設けることになってしまいます。もちろん犬猫であっても。
こうやって最も身近な動物に立ち返って、そこまでやれているか?を考えるのはとても重要なことです。
重要なのはニーズを満たすこと
再度セミナー内での話題に戻ります。
ミーアキャットは巣穴の深さ3mが必要を主張していましたが、野生のミーアキャットがそこまで深い穴を掘る理由は何でしょうか。
そもそもその深さの穴が必要な理由は猛暑から身を守るためであって、現地の暑さでなければそこまでの深さは必要ないかもしれません。
穴を掘るというニーズは満たすべきですが、そこまでの深さが必要な原因(過酷な暑さ)は飼育下では排除してあげることができます。
つまり、穴を掘ることができるものの、温度管理をミーアキャットの適温に常に調整できていればいいのではないでしょうか。
とてつもなく広い飼育場が必要となるのは、ミーアキャットの採食方法に理由がありそうです。
ミーアキャットは昆虫から小型の鳥類まで様々な動物を捕食しています。
毎日違う狩り場を使っているとのことでした。
こうしている理由、いや、こうせざるを得ない理由は、砂漠地帯で餌が少ないからではないでしょうか?
毎日同じ狩り場で満足に餌が取れるほど恵まれた環境ではないのです。
この仮説が正しければ、毎日狩りにでかけていく必要がないように、多種多様な餌を用意してあげれば済む話です。
逆に、わざわざ砂漠環境に似せて水場を設けないことが正しい飼養管理なのでしょうか?
いつでも水にアクセスできる環境を用意することで、より健康を保つことができるなら、飼養管理基準に水場を設けるべきです。
(水場を認識できず果物などから水分を摂取した方が調子いい動物がいることもわかっていますが、例えばの話です)
このようにニーズを満たし、動物福祉を保持することができる代替法はあるのです。
その模索、創意工夫がない前提で、代替法の試行錯誤を許すことなく、飼養基準を作成することはある意味危険です。
ニーズを満たすための飼養管理基準であればいいはずなのに、野生環境に近づけなければならないと、いつの間にか勘違いをしてしまうのです。
セミナーの目的
このセミナー内のワークの目的は、動物福祉の考え方のトレーニングであると認識しています。
動物福祉の評価トレーニングであり、その方法としてのニーズを考えたり、過剰な動物利用や虐待となっていないか天秤法で検討したりするトレーニングです。
なので、作成した飼養管理基準に正解は設定されていません。
ですが、猫に立ち返ったときに自分の主張に矛盾が生じていることに気づくことができていないセミナー受講者がいたかもしれません。
その人が動物福祉を学ぶことができたと満足し、自分の持ち場でそれをいかんなく発揮していたら、とても過剰な思考になりかねません。
私は最後に発表したのですが、この記事に書いたようなことを簡単に言いました。
「最低限満たすべき条件は飼養管理基準として定める。更にエンリッチメントとして、+αにこれらの条件があることが望ましい。ただし野生環境はベストではないため、再現をする必要はない。」
会場のモヤモヤを感じましたけど。
「これじゃ基準を満たして飼えそうじゃないか。野生動物は飼うべきではないって言えー!」というモヤモヤ(被害妄想かな?w)
最後に
言いたいことは野生動物も飼えるということではありません。
自分のことに立ち返って見直す、そのうえで意見することが大切ということです。
意識高く動物福祉を学ぶことはもちろんいいことです。でも過激な思考にならずに冷静に判断するための材料としてこのセミナーで学んだことを活かして欲しいと思います(何様?)
ミーアキャット飼うならこれだけやれ!と主張しつつ、ニャンコちゃんはお家の中でぬくぬくがいいんでちゅよ~というダブルスタンダードは辞めませんか?