行政指導の在り方
今までは「虐待といわれても、客観的に虐待と断言できるような飼育環境ではないからなぁ」という理由から、行政は胸を張って指導ができませんでした。
法改定により飼養基準の数値規定ができたことで、法令違反が明確になり、数値基準を満たさない場合は行政が胸をはって指導できるようになりました。
しかし、いまだにその数値規定が順守されていないという理由できつく指導したケースはほとんどないと思われます。
そんな状況を太田氏は独自の視点で考察していました。
太田氏の視点
飲食店への指導は、店主を犯罪者にしたくないという気持ちで保健所職員は指導している。
動物はそうではない。動物のために指導をしている。
だから指導がうまくいかない。指導で変わらなかったら勧告、命令、そして処分と進むことがほぼない。
前提を解説すると、保健所では動物取扱業や一般家庭への適正飼養を指導する職員と飲食店を指導する職員は共通であったりします。
飲食店への指導とは、簡単にいえば食中毒を発生させないような衛生管理指導です。
太田氏の主張は新鮮でした。そういう面はあるかもしれないと思いました。
ただし、店主を守るためではありません。住民の食中毒予防が目的ですが。
でもそれが行政と店主の共通するメリットなので、間接的に店主のためということかもしれませんけどね。
行政指導の現状
実は飲食店に対しても勧告、命令と進むことはほぼありません。
そこをすっとばして、食中毒が出たら行政処分が下されるのが一般的です。
つまり、行政指導が法令に乗って口頭指導→文書指導→勧告→命令と進めない問題は、動物関係だけではないということです。
もちろん厳しい法令(医療や廃棄物など)では淡々と進むこともありますが、少なくとも食品衛生や動物愛護部門においては口頭指導で終わります。
ニュースで耳にした記憶ありませんか?
例えば、数年前に話題になった盛り土問題。
繰り返し報道されていましたが、
「行政はこれまで何年にもわたり、計何十回の指導を行っていた」
へ?行政指導してましたってのはわかったけど、なんで勧告、命令と進まなかったの?みたいな。
普通の思考回路を持つ人なら、その指導って意味をなしてないよね?と感じますよね。
この問題はわたしも前から主張しています。
なぜ文書指導以上に進めないか
行政マンやっているとわかるのですが、口頭指導から文書指導にいくハードルがめっちゃ高い。
理由は法規定が曖昧だからとでも言いましょうか。
簡単にいえば法的根拠のない指導は、逆に訴えられる可能性があるから避けるのです。
勧告、命令はおろか、文書指導でさえ、証拠が残ってしまうではないか!ということで忌避されます。
ここまでは仕方ないと思います。
行政指導の在り方
しかし、できる人はしっかり指導できます。
口頭指導だけでも、やばいところには厳しく指導して改善させるのです。
できる人ならできるというと属人的になってしまうし、これまた公務員に適用できない話になってしまいますが、実は大半が「やろうとしない」とでもいいましょうか。
これがまさに法の運用ができてないって話です。
違反と明言できなくても明らかにおかしい、リスクあるものは改善させようとするのが務めでしょ。
いまの動物愛護法はスカスカ穴だらけ!厳しい規定を設けろ!と改正を声にする方は多いです。
ただ私は、法に穴があるわけではないと思います。法改定が必要なのではなく、運用する側の問題です。
なんのための行政指導かは忘れてはいけないと思います。
これについては、指導はもちろん、平時の監視から変えていく必要があると考えています。
食品衛生ではよくあるのですが、何件の飲食店に監視に行きましたっていう実績を求めがちです。
でも本質は違うだろー違うだろ!
やばそうなところを監視して、本当にやばい部分があれば毎週でも監視に行くほうがよっぽど重要です。
多くの店に足を運ぶことは大事ですが、怪しいとこはを重点的に行くべきです。
行政基準以上に厳しい社内衛生管理体制が引かれている大手飲食店なんか、行く意味ほぼないんですよ。
それが目的達成のための監視指導ってものでしょ。