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やったからといってあてがあるわけじゃない

小野田寛郎さんという方がいらっしゃいます。
もう鬼籍に入られていますが、旧日本軍の将兵だった方です。
その方の動画を見ていて、
『やり続けること』
ということを感じました。

▼小野田寛郎陸軍少尉

小野田さんは大東亜戦争(太平洋戦争)が終わってなお、フィリピンのルバング島で任務を果たすための行動をされていた方です。

小野田 寛郎(おのだ ひろお、1922年3月19日 - 2014年1月16日)は、日本の陸軍軍人、実業家。最終階級は予備陸軍少尉。旧制海南中学校・久留米第一陸軍予備士官学校・陸軍中野学校二俣分校卒。
情報将校として太平洋戦争に従軍し遊撃戦(ゲリラ戦)を展開、第二次世界大戦終結から29年の時を経て、フィリピン・ルバング島から日本へ帰還を果たした。
Wikipediaより引用

この方については一部批判もあるとは聞いておりますが、ぼくは小野田さんの考え方、お話しの内容にとても共感しております。

これとはまた別の動画ですが、小野田さんが日本に返ってこられた時のお話の内容、美しい日本語の表現はぼくらがどこかに忘れてしまった、もしくは、受け継がれていないものがあるような気がしてなりません。
そのお話はまた別の機会に書きたいと思います。

今回は、上記の動画でお話になられている「やったからといってあてがあるわけじゃない」ということについてぼくが感じた事を書きたいと思います。

▼だけどやっている

動画の中で

やったからといってあてがあるわけじゃないだけどやっている

と小野田さんは仰っておいでです。
これは、小野田さんのお考えの一つです。

フィリピンのルバング島での戦闘で日本の兵隊さんの亡骸に接した時に小野田さんの部下が仰った

早く死んだ奴のほうが楽だったですね

という言葉に対し、当時の小野田さんは共感しつつも返答に困ったそうです。

まだ弾もあるしな
どうせ死ぬんだったら全弾撃ち尽くしてから死にたい

と小野田さんはご自身のお考えを部下にこう仰って『続ける』選択をしたというのです。
部下の方は、

まだ元気ですしね、隊長やってみなきゃわからないでしょう

と仰ったそうです。
小野田さんはこうしたご体験から、このような事を仰っておられます。

やってみなきゃわからないのが、私たち人類なんですね
初めからすべてがかわったら誰も苦労しない
わからないから、苦労がある
苦労がある時に乗り切るのが、私たちの意思の強さ
あるいは元気さ、健康なんですね

ぼくはこの小野田さんのお話を聞いた時に―――おこがましいとは思うのですが―――自分の経験と照らし合わせてしまいました。

▼まだやっているんですか?

いまから20年くらい前、20代後半、丁度俳優からスタッフに転換したくらいの時に、知り合いに公演情報を送りました。
その時にその知り合いに言われた言葉があります。

まだ、やっているんですか?

結構精神に来るなぁ~と当時は思いました。
そうなのです。
舞台演出で食べられているわけでもない、やり続けたからといって何のあてもあるわけではない…努力したからと言って必ず実るというわけではないことをやり続けていることにグサりと突き立てられるような言葉でありました。

あえて、『普通』と言えば・・・
普通は20代後半であれば、将来を見据えて貯金もすれば、人生のロードマップ的なものを描き、『夢はもっと現実的なもの、必ず手に入れられるようなものへ』というような思いでスキルや経験を高めていくもののようにも思います。
しかし、ぼくにはできてきませんでした。
無論、不安がなかったわけではありませんし、仲の良かった同期はほとんど『足を洗った』状態でもありました。

それでもぼくは演劇を辞める事はありませんでした。
無論、『普通』に出来ていないだけ、世の中についていけていないだけ、ということかもしれません。

ぼくの生きる目的に近づく、達成するためには演劇と言う方法が一番良いと今でも考えています。

▼コロナ禍で・・・

去年から全世界を新型コロナウィルスの禍がとどまっています。
人々の健康はもとより、飲食業界をはじめ、色々な業界が苦しんでいます。
もちろん演劇の世界も。目に見えない、ごくごく小さいウイルスには弱い事が露呈しました。

今、劇場で公演をしようと思ったら・・・
お客様に色々とお願いしなければならない事が多くなってきています。
会話禁止、マスクの着用、俳優との接見禁止…
色々な制限事項が多いのが現状です。
おもしろいものは大声で笑う、悲しいものは涙を流していただく・・・観劇の後はお客様同士でもご飯をたべながらでもご感想を喋っていただいたり、我々に𠮟咤激励の一言も頂戴できる…
これがお芝居の醍醐味の一つであろうと思います。その場にいる演者・スタッフ・お客様が一緒の空気を味わい、共に心を動かす事。
それが今は出来にくいと考えています。
劇場や演劇というのはその性質上制限事項が色々あります。その上でお願いしなければならない事がある・・・。

また稽古場や準備、俳優さん、スタッフの健康を考える度にぼくの頭では追いつかないほどの事項がたくさんあると感じています。

以前にも書きましたが・・・芸術やエンターテインメントを鑑賞する時に…心のどこかに不安があると心の底から楽しめないような気がしておりますし、その不安が見る事で晴れれば良いのですが、そうでなければ…意味をなさないような気がしています。
(もちろん、今公演をやられている皆さんの多くは感染予防対策をしっかりとられていると認識しております。
これは私自身の経済力と運用能力に照らし合わせての考えです。)

こうしたことを考えていく中で・・・ぼく自身、(物理的に)口には出しませんでしたし、すぐに思い直す事ではありますが・・・
芝居を辞めたらどんなに楽だろう
と考えたことはもちろんあります。
このコロナ禍に限らず、若い時から壁にぶつかる度に事あるごとに考えてきました。

しかし、辞める、という決断はしてきませんでした。
小野田さんのお言葉を借りるのであれば、「まだ全弾撃ち尽くしていないから」という気持ちです。

もちろん、新和座の公演をはじめ、ぼくは仕事の度に
『全弾撃ち尽くし』といって良いくらいに全力を出します。
出し尽くした後に、休み、補給をし、また撃てる体制になる―――こうした事を繰り返してきたように思っています。

―――。
この補給ができなくなった時に、あるいは『全弾撃ち尽くした』状態になるのかもしれません。
しかし、未だ、弾は残っているようです。

▼やってみなきゃわからない

今回、小野田さんの講演動画を見て、改めて感じた事があります。
それは「やってみなきゃわからない」ということです。

自分自身の昔の経験を思い出し、常にチャレンジ、挑戦をしてきたつもりです。
まだまだ足りない部分が多いので―――分かった気になっても分からないことだらけであります。
そして、未だに「やってみなきゃわからない」という挑戦する気持ちが大切なことを強く感じました。

もちろん。
あてがあるわけじゃない。やっても実らないかもしれないし、何にもならないかもしれない。
しかしながら、小野田さんのお言葉にあるように

初めからすべてがかわったら誰も苦労しない
わからないから、苦労がある
苦労がある時に乗り切るのが、私たちの意思の強さ
あるいは元気さ、健康なんですね

”苦労”がある時に乗り切るのが・・・ぼくたちの意思の強さ、元気さ、健康である―――この言葉を胸に刻んでこのコロナ禍の先にある、制限なく活動できる日に向かって、今はできることをしていきます。

実るものがあるかどうかはわからない。
だけれども、やり続ける事。全弾撃ち尽くすまでやり続ける事。
ぼくはまだまだやっていきます。





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武藤賀洋
舞台演出家の武藤と申します。お気に召しましたら、サポートのほど、よろしくお願いいたします!