【短編小説】坂道のひとりごと
1,687文字/目安3分
家の近くにものすごい坂道がある。
自転車に乗ったままじゃまず登れないし、押して登ってもかなりきつい。昔はこの坂を途中で降りずに登れるかっていうのを何度もやっていたけど、ダメだった。下る途中でつまづいたらそのまま下まで転がっていっちゃうような、そんな坂。車がなんとかすれ違って通れるくらいの広さ。急ってだけでなんでもないただの坂だけど、私にとって馴染みの深い坂。
「しかし、ここも変わんないねぇ」
誰に言うでもなく、一人でそんなことを呟きながら、坂をてっぺんから見下ろしている。
ここからは町も見渡すことができる。家がいっぱいあって、大通りにはお店が並んでいて、少し先には私が通う高校がある。
もっと先には大きな川が流れていて、向こう側とこっち側を繋ぐ橋はいつも車が並んでいる。駅の周りが一番栄えていて、必要な大体のものはそこで揃うわけだけど、遊ぶにはなんだか物足りない。駅前の商店街も何軒かはいつもシャッターが閉まっている。
小さな子供が三人、息を切らして坂道を駆けて登ってくる。楽しそうにじゃれあいながら、やがて通り過ぎていった。
坂の上も町になっていて、家がいっぱいあって、スーパーがあって、坂の下とそんなには変わらない。まぁ普段生活する分には不便はしないくらいの感じだけど、大きな買い物する時は坂を下りる。
そんなだからこの町では、正確には子供たちの間では、坂の「上の人」と「下の人」で分けて、上は田舎、下は都会、下の方が偉い。いやいや、高いところにある上が偉い。そんなことを言って遊んでいる。私は上の人。この坂を登り切って小道に入り、しばらく進んだところに住んでいる家がある。いずれにしてもそんなに大きくない町の中のこと。車が一台、一生懸命エンジンを鳴らして登ってきた。生温い風が吹いた。
空にはうっすらとした雲が広がっている。晴れか曇りで言えば、晴れ。夏はずいぶん前に過ぎたはずだけど、今年はなかなか暑さがしぶとく、十月なのに半袖一枚でも全然平気で過ごせてしまう。それが嫌ってわけじゃないけど、秋は好きだから、もう少し秋らしい秋があってもいいんじゃないかって思う。
なんとなく、石ころを一つ拾って、そして坂道に放り投げた。形がいいのか、不規則に跳ねながらも調子よく下まで転がっていく。石と地面がぶつかり合う音がなって、それが小さくなっていく。わかんないくらいのところで、たぶん止まった。
幼稚園から始まって、小、中、高って続いていて、たぶん次は大学生なんだろうけど、でもまだそこのとこはよくわからなくて、それでもまぁやっぱり大学生なんだろうななんて思ったりもしているのだけど、どうなんだろう。
大学生ってなんだかすごそうで、自分が大学に通うなんていまいち想像できないし、試験を突破できる気もしない。試験を受けるイメージすらできない。私はまだ高二だし、受験なんてぼんやりと来年来るのかなぁとしか思えない。先生は時間がないって言うんだけど。そのわりにはゆっくり考えろとも言う。
まだまだ私には先のことだって思うし、その時の自分がどうかなんて、もうさっぱりだ。
今まで順調に辿ってきたかと言えば、こうして振り返ってみるとそうかもしれないけど、そんなことはなかったと思う。この時間よ早く終われみたいな瞬間もあったし。
例えば校長先生の話とかね。自分が進級したくて進級してきたというよりは、ロケット鉛筆みたいに押し出されてここまで来ちゃったって感じ。だけどロケット鉛筆みたいに同じペンには留まれない。そこまで言うと少し言いすぎになるけれど、私にはそんな感じで、これは特に考えもせずにやってきたっていう証拠になっている。そんな気がする。
石ころが坂道を転がって下っていくように、私も私の意思とは関係なしに転がされて生きているんだとしたら。そのまま勝手に突き進んでくれればいいのだけど、そうはいきそうにない。やりたいことなんてわからない。いや、人生のどこかにはきっとあるんだろうけど、全然見つからない。いっそ誰かが決めてくれたらいいのに。
空にはうっすらとした雲が広がっている。