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過去に対して目を閉ざしたら…
▼NHKのある番組の公式Twitterで公開された動画が問題となり,削除され,謝罪文がアップされました。
ツイッターに掲載した動画について、多くのご批判・ご意見をいただいており、動画の掲載を取りやめました。
— 世界のいま Mr.シップ (@nhk_sekaima) June 9, 2020
掲載にあたっての配慮が欠け、不快な思いをされた方にお詫びいたします。
詳しくはこちらをご覧ください。https://t.co/UbPffgpH0Z
▼日本語での謝罪文がアップされたのは6月9日14時09分で,その後,英語での謝罪文も夜になってアップされました。
We at NHK would like to sincerely apologize for a computer animation clip posted on our Twitter account. Our statement:https://t.co/UbPffgpH0Z
— 世界のいま Mr.シップ (@nhk_sekaima) June 9, 2020
▼この手の謝罪で英語が用いられることは珍しいのですが,おそらくは,この問題についてTwitterにより世界中に拡散して批判されたことと,駐日米国臨時代理大使までもがこの動画を問題視したツイートをしたことによるものだと考えられます。
While we understand @NHK's intent to address complex racial issues in the United States, it's unfortunate that more thought and care didn't go into this video. The caricatures used are offensive and insensitive.
— ジョセフ・M・ヤング 駐日米国臨時代理大使 (@USAmbJapan) June 9, 2020
Learning about racial justice and equality is a lifelong endeavor. A great place to start is the “Talking About Race” exhibit at the National Museum of African American History and Culture. https://t.co/Q0hazkKxqx
— ジョセフ・M・ヤング 駐日米国臨時代理大使 (@USAmbJapan) June 9, 2020
人種間の公正と平等について学ぶことは、生涯にわたる努力です。まずはじめに、国立アフリカ系米国人歴史文化博物館の「Talking About Race」を見ることをおすすめします。https://t.co/Q0hazkKxqx https://t.co/u2YnLKUb13
— ジョセフ・M・ヤング 駐日米国臨時代理大使 (@USAmbJapan) June 9, 2020
▼問題となった動画は,アメリカの人種差別への抗議運動について説明したものでしたが,その前後のツイートと合わせ,いくつもの問題点を含んでいました。
白人警察官には黒人に対する漠然とした恐怖心があって、今回の抗議デモの発端となったような事件がなくならないとも言われているんだヨーソロー。#アメリカ #抗議デモ #世界のいま #国際ニュース 🌏
— 世界のいま Mr.シップ (@nhk_sekaima) June 7, 2020
▼第一に,なぜ黒人が不利益を被っているのか,その歴史的経緯についての説明が欠落し,まるで「白人警官は黒人が怖いから(仕方なく)暴力に訴えた」と言わんばかりの主張をしていること,第二に,ANTIFAは anti fascism を略したスローガンであって,正式にそうした名前のグループがあるわけではないのに,さもそのような「グループ」がいるかのように書いていること,そして「考え方の違う両者がののしり合って分断が深まった」などと,まるでどちらにも非があるかのように書いていることが挙げられます。
▼特に最後のような,報道における「両論併記」の問題は常に問題視されており,一見,中立を保っているように見せかけてはいますが,そもそも差別の問題は大前提が非対称的である以上,このような「考え方の違う両者による対立」という書き方をすれば,自動的に差別を行う抑圧者に加担することになるのですが,このツイートをした担当者はそうしたことをわかっていないか,あるいは確信犯的に行っているのではないかとすら思うのです。
▼卑近な喩えですが,「いじめる側は,いじめられる側が何をするかわからないという恐怖心があっていじめた。そして,いじめる側もいじめられる側との考え方が異なるために分断が激化した」と述べているわけで,「いじめられた側にも非がある」と書いているのに等しいと言えるでしょう。
▼削除された件のアニメ動画の中では,白いタンクトップを着た筋肉隆々の黒人男性が次のように絶叫する場面が流されました。
「俺たちが怒るその背景には,俺たち黒人と白人の貧富の格差があるんだ!そうさ!黒人より白人は平均資産をなんと7倍も持っているんだ!そこに,そこによぉ…新型コロナウイルスの流行だ!その影響を大きく受けたのも俺たち黒人なんだよォ…なあ,ひとつ聞くが,アメリカでは失業か労働時間を削られた黒人はどれだけいるんだ?45パーセントだぁ!」
▼確かに,ここに書かれていることそのものは誤りではないでしょう。しかし,これではまるで「金に困った黒人が自己主張しているだけだ」というように受け止められかねませんし,そもそもそうした格差を生んだ根本的な原因な歴史的経緯に触れず,全ての問題を経済問題だけに矮小化しているようにさえ思えます。
▼また,おそらくこの番組の方向性として「面白おかしく,わかりやすく伝える」ことを主眼に置いたために,極めて深刻な問題を茶化しているようにさえ見受けられますし,「マッチョな黒人男性」という描き方も一種のステレオタイプではないかと思えます。これはこの番組に限ったことではなく,日本のバラエティ番組全般に言えることですが,人種に関する扱いはきわめて繊細なものであるにもかかわらず,そのことに鈍感な作り手が多いのではないかと思います。その背景には,日本人が昔から人種的に単一性があると思い込んできたことがあるのではないでしょうか。
▼なお,「日本人と見た目」については,漫画家の星野ルネさんの一連の漫画がとても勉強になります。参考まで。
⚡️ 「まんが "アフリカ少年が日本で育った結果"(星野ルネ @RENEhosino)」(作成者: @maido3)https://t.co/hUlIc8HwKX
— 星野ルネ (@RENEhosino) June 25, 2018
▼ここで,以前,この記事で引用した旧西ドイツのヴァイツゼッカー元大統領のことばをもう一度,確認してみましょう。
過去に目を閉ざす者は結局のところ現在にも盲目となります。非人間的な行為を心に刻もうとしない者は,またそうした危険に陥りやすいのです。
▼今回のアメリカでのBLM(Black Lives Matter)運動については,ヨーロッパが植民地支配を始めた数百年前に(あるいは,それ以前に)端を発し,以来,連綿と続いているとても根の深い問題です。そしてこれは黒人だけの問題ではなく,全ての有色人種に共通する問題でもあります。しかし,これは,〈白人対有色人種〉という対立を激化させる方向ではなく,その対立を超克する取り組みでもあるのです。
▼今回のNHKによる一連のツイートの問題は,残念ながら,「過去に対して目を閉ざした」ために起きたことではないか,と思います。確かに,今起きていることをわかりやすく伝えようとする意図はわからなくもないのですが,近視眼的な思考に陥らず,より大きな歴史の枠組みの中で人種差別問題を論じられるような番組作りを行って欲しいと切に願います。