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知識と記憶:語彙を増やすには?

▼「単語集で単語を覚えているけれど,なかなか点数に結びつかない」という悩みの声をたびたび耳にします。また,単語や熟語に限らず,入試のために知識を覚える作業は決して楽なものではありません(中には,そうした能力に長けている人もいるでしょうが,少なくとも私自身は自分の記憶力に自信はありません…)。そして,何カ月も後の入試のために膨大な量の知識を覚えるためには時間がかかります。学校の定期試験(中間・期末試験)の場合,決められた試験範囲だけを勉強して,試験が終わったらきれいさっぱり忘れてしまう,ということが往々にしてありますが,それでは大学入試には太刀打ちできません。

▼そこで,ここではまず,ものを覚えるとはどういうことなのかについて説明します。その次に,様々な英単語の覚え方についてお話しします(なお,以下の【1】~【5】は以前の記事に加筆したものなので,そちらを読んだことのある方は【6】からお読みいただいて構いません)。

【1】短期記憶と長期記憶

▼人間の記憶には,短期記憶(short term memory / recent memory)と長期記憶(long term memory / remote memory),そして,短期記憶の前段階として,即時記憶(immediate memory)の3種類があるとされています。

▼たとえば,焼肉が食べたくなり,近所の焼肉店が開いているかどうかを電話で確認するために番号を調べたとしましょう。この時,情報は即時記憶として蓄えられます。しかし,焼肉店に電話を入れて予約したら,もうその番号は忘れられてしまうはずです。短期記憶の貯蔵庫にさえストックされていないことになりますね。ところが,その番号が印象的なものだったり(たとえば,086-XXX-8929[ヤクニク]といった語呂合わせになっているなど),あるいはその店の番号を是非覚えておかねばならない理由があった場合は,その番号の情報が短期記憶の貯蔵庫(海馬)にストックされます(「短期」と言っても幅広く、数秒~1 ヶ月、長いものだと2 年近く留まるものもあります)。

▼中間試験や期末試験前の「一夜漬け」も短期記憶と言えるでしょう。しかし,これらは試験が終わると綺麗さっぱり忘れ去られてしまいます(中には残るものもありますが)。脳というのはきわめて合理的(=経済的)にできていて,無駄な情報は極力残さぬようにします。そうでなければ脳は膨大な情報を処理しきれずにパンクしてしまいます。だから,「ものを忘れるのは,脳の本質的な特徴である」とも言えるのです(ただし,情報そのものが脳から消えてしまうのではなく,思い出せないだけだ,とする説もあるようです)。

▼しかし,私たちは自分の名前や家族の名前を忘れるということはありえないはずです(自分の名前も思い出せないようならば,それこそ受験どころではなく,すぐに医者にかからねばなりません)。それは自分の名前や家族の名前についての情報が長期記憶の貯蔵庫(大脳皮質)に蓄えられていて,かつ,いつでも引き出せるようになっているからなのです。

【2】「反復」が重要な理由

▼私たちが目指しているのは大学入試突破であり,そのためには当然ながら,今,学んでいることを長期記憶の貯蔵庫に蓄え,それがいつでも引き出せるようになっていなくてはなりません。では,どうすれば情報を海馬から大脳皮質へと定着させることができるのでしょうか?その第一のポイントは「反復」です。

▼記憶のメカニズムの話に戻ると,海馬で必要な情報と不要な情報が選別され,必要な情報だけが長期記憶へと残り,不要な情報は消え去ってしまいます。しかし,長期記憶の貯蔵庫である大脳皮質に入った情報も,長い間使わなければ思い出せなくなります(たとえば,小学校のとき同じクラスだった同級生の顔とフルネーム,今でも思い出せますか?)。それは長期記憶にかかわる脳のニューロンのネットワークが途切れてしまったり細くなったりして,うまく機能しなくなったためと考えられます。

▼ところが,その情報へのアクセスを繰り返すことによりニューロンが強固に結びつき,長期記憶の貯蔵庫から抜け落ちることが防げるのです。つまり「反復」が重要である,ということですね。

【3】反復しなくても覚えられるものがある

▼しかし,反復しなくても記憶に残ってしまうものがあることを,私たちは経験上,知っているはずです。たとえば,自分が好きなアイドルグループのメンバーの顔と名前はいちいち反復しなくても比較的楽に覚えられるはずですし,それどころか生年月日や出身地など,メンバーにかかわる情報は,いちいちカードに書いたり漢字の書き取りのように何度も反復したりしなくても,楽に覚えてしまうはずです。

▼つまり,自分にとって「関心」のあること,重要であると思うことならば,いちいち反復しなくてもわりと楽に頭に入ってしまうものなのです。

▼私は中学1 年の頃,数学の先生から「円周率を小数点以下30 桁まで覚える語呂合わせ」を教わったことがあります。

3.141592653589793238462643383279
〈さんいっし[3.14] 異国に[1592]向こう[65] 産後厄無く[358979] 産児御社(みやしろ)に[3238462] 虫さんさん[6433] 闇に鳴く[83279]〉

▼また,浪人生の頃,予備校の先生が「世界で一番長い英単語」(正確には「研究社の『大英和辞典』で一番長い単語」)を黒板に書きました。

pneumonoultramicroscopicsilicovolcanoconiosis

▼意味は「(珪性)肺塵症[けいせいはいじんしょう]」。日本語にするとわずか漢字5 文字です。これは「火山灰の微細なケイ酸塩の粉塵を吸い込むことによって引き起こされる肺の病気」のことですが,それをpneumono(肺)+ultra(とても)+micro(小さな)+scopic(目,見える)+silico(珪素)+volcano(火山)+coniosis(症)と説明したために長くなった単語です(一説によれば,これは医学用語が長くなることをもじってアメリカのパズル愛好家が作った造語である,とのことです)。

▼これも,先生が黒板に一度だけ書いて発音したものを,自分で小声で発音しながらノートに一回書いただけで覚えてしまいました。つまり,「関心」のあることだったからですね。

▼上にも書いたように,人間の脳は非常に効率的・経済的にできていて,自分にとってどうでもいいことや関心のないことはすぐに忘れてしまう(あるいは思い出しにくくなる)ようです。だからこそ「関心を持つこと」も何かを覚えるための必須条件と言えるでしょう。

【4】「インプット重視」という陥穽

▼「インプット」ということばを厳密に定義するのは難しいのですが,「何かを見たり聞いたり読んだりして,情報を頭に取り入れようとする試みのこと」と考えた場合,受験生の多くがその「インプット」の作業に没頭してしまっていて,うまく結果につながっていないことが往々にしてあるように思えます。

▼私は日ごろ「暗記ものは見て覚えているだけではダメだ」「漢字の書き取りのように英単語を手で何度も書くのは時間のムダだ」「授業を聞いただけでは力にはならない」という話をよくします。たとえば,教科書やノートを見たり,教科書にマーカーを引いて覚えようとしている生徒さんをよく目にしますが,これはあくまでも「インプット」のための作業に過ぎません(そもそもマーカーを引く「だけ」ではインプットにすらなりませんが)。

▼また,学校や予備校や塾で授業を聞いて,その場ではわかった「つもり」になっていても,いざ自分で問題を解きなおしてみたり,教わった範囲であるにもかかわらず新しい問題に直面すると問題が解けない,という経験をしたことがある人も多いはずです。これも「インプット」しか行っていないからだと言えるでしょう。

▼漢字の書き取りのように英単語を何度も書いている人もいます。これは,綴りが複雑な単語を覚えるには必要かもしれませんが,綴りが簡単な単語まで何度も書いて覚えようとすることにはあまり意味を感じません(英作文などで綴りを間違えないようにする必要はありますが)。

▼こうした作業が結果につながっていないのは,「インプット重視という陥穽(かんせい=落とし穴のこと)」に陥っているためだと言えます。では,どうするべきなのでしょうか。

【5】アウトプットの重要性

▼情報をインプットすることも大切ですが,実はもっと大切なのが,「アウトプットすること」だという見解があります。この「アウトプットの重要性」について,池谷裕二氏が論じた興味深い記事があります。

▼以下,上の記事から引用した文章です。

 ワシントン大学の学生を多数集めて,スワヒリ語40 個を暗記する試験を行う。adahama=名誉,farasi=馬,sumu=毒…といった具合に単語のペアを5 秒ずつ提示して次々に覚えさせる。しかし,名門大学の学生とはいえ,40 個を一回で覚えることはほぼ不可能である。そこで何度も繰り返して覚えてもらうのだが,この時,学生たちを4 つのグループに分けて学習してもらった。
 1 つ目のグループには40 個を通しで学習させ,その後に40 個すべてについて確認テストする。この学習とテストの組み合わせを,完璧に覚えるまで何度も繰り返す。2 つ目のグループは,確認テストで思い出せなかった単語だけを選んで学習させる。ただし,確認テストでは毎回40 個すべてを試験する。そして,テストで満点が取れるまで学習と試験を繰り返す。
 3 つ目のグループはこの逆のパターンだ。覚えていない単語があったら,初めから40 個すべてを学習してもらう。そして,先ほど覚えていなかった単語だけを確認テストする。そして,満点が取れるまで学習と試験を繰り返す。
 最後のグループは,学校の授業でしばしば使われるパターンである。確認テストで思い出せなかった単語だけを学習して,再確認テストでも先ほど覚えていなかったものだけを試験する。そして,再試験すべき単語がなくなるまで学習と試験を繰り返す。

▼これを整理すると次のようになります。

 ■ グループ1 →40 個全て学習+40 個全て再テスト
 ■ グループ2 →間違えた単語のみ学習+40 個全て再テスト
 ■ グループ3 →40 個全て学習+間違えた単語のみ再テスト
 ■ グループ4 →間違えた単語のみ学習+間違えた単語のみ再テスト

▼問題は,1 週間後に再テストをしたときにどのような差が現れたかということです。

 面白いことに,この4 つのグループには習得の速さには差はなかった。実際,5 回も学習と試験を繰り返すと,全員が40 個すべてを覚えることができた。そこでカーピック博士は,1 週間後に再テストを行うことにした。
 さて,成績はどうだったか。グループ1と2 は約80 点と好成績であったのに対し,グループ3 と4 はともに約35 点しか取れなかった。

▼つまり,インプットの方法に関係なく「40 個全ての再テスト」を繰り返した学生の方が成績が良かったのです。

 私たちの脳は,情報を何度も入れ込む(学習する)よりも,その情報を何度も使ってみる(想起する)ことで,長期間安定して情報を保存することができるのだ。
 言うなればこれは,参考書を繰り返し丁寧に読むより,問題集を繰り返しやるほうが,効果的な学習が期待できるというわけだ。

▼そう,単語集や熟語集を漫然と眺めていても「覚えたつもり」になってしまうだけなのです。大切なことは「本当に覚えているかどうか」を確認することにほかなりません。単語集で言えば,単語の意味や例文を本当に覚えているかどうかを穴埋めテストなどで試す必要があるわけです。

▼また,授業を聞いてその場では理解したことも,それを本当にマスターしているかどうか,それを使って自分の力で問題が解けるようになったかを「確認する」プロセスがなければすべて水の泡になります。たとえば英文読解の授業では,書き込みを一切していない英文を使って読み返し,授業で聞いたポイントを自分の言葉で説明できるようになったかどうかを試す必要があるわけです。

▼次に,英単語の暗記の方法についてお話していきますが,どのやり方にしても,ここまで述べた内容(「反復と関心」「アウトプット重視」)を念頭に置いたうえで行うということを理解しておいてください。

【6】英単語を覚える様々な方法

▼ひとくちに「単語の暗記」と言っても,いくつかの方法があり,それぞれ
に利点(〇)と欠点(×)があります。

① 市販の単語集を使う
(○)市販の単語集は情報がコンパクトにまとまっているので,基礎力が不足している人は1冊を最後まで一気に短期間で覚えることで最低限必要な単語を覚えることができる。
(×)なかなか最後まで終えることができず、長期間に渡ってダラダラとやってしまいがち。
⇒ 単語集を使うなら、とにかく1 冊の単語集を最初から最後まで短期間で(できれば1 ヶ月くらいで)、何度も繰り返すことが大切です。全体像を早めに知ることで,自分が今どの位置にいるかを把握し,先に進みましょう。ただし,ただ「見てるだけ」ではなく,覚えたかどうかをアウトプットして確認する作業が必要です。
② 長文に出てきたものを片っ端から覚える
(○)授業を聞いて一度完璧に理解した英文を徹底的に反復音読し,その中に出てきた単語や熟語を覚えれば「ああ,この単語はあの時読んだあの英文に出てきたな。確かあの英文はこんな内容だったから,この単語の意味は…」と英文の内容に関連付けて意味を思い出すことができる(エピソード記憶)。
(×)文中に出てきた単語を辞書で引くと,辞書に載っている意味が沢山ありすぎてどの意味なのかがわからなかったり,どの意味を覚えれば良いのかがわからないことがある。
⇒ 意味が複数ある単語については,とりあえず,読んでいる文の中での意味に限定して覚えましょう。ただし,辞書で「核」となる意味を引いて覚えておくと,他の意味も覚えやすいはずです。
③ 語呂あわせで覚える
(○)語呂が楽しいと覚えやすい。
(×)実は語呂そのものを覚えるのに苦労する。二度手間になる。
⇒ 英語の場合,語呂合わせはあまりお勧めできません。一つは,覚えねばならない情報量が膨大なので,語呂合わせで覚えようとしても結局,語呂を覚えるより単語を直接覚えた方が早いからであり,もう一つは,強引な語呂によって単語の発音を誤って覚えてしまう可能性があるためです。
④ 接頭辞・接尾辞・語根で覚える
(○)未知の単語の意味や品詞を推測する際に役立つ。
(×)接頭辞・接尾辞・語根の数が多すぎて収拾がつかない。
⇒ 単語を接頭辞・接尾辞・語根といったパーツに分解して覚える方法は,単語の意味を覚えやすく忘れにくくするのに有効で,未知語の類推にも役に立ちますが,漢字で言えば「へん」や「つくり」を使って覚えるようなものなので,あくまでも暗記のための「補助」と考えてください。
⑤ 設問の中で覚える
(○)どの単語のどこがどのように狙われるのかがわかり,点数に結びつきやすい。
(×)自分だけで漫然と独習すると,どこが狙われているのかがわかりにくい。また,体系的な問題集・参考書がないため,自分で情報を整理しなければならない。
⇒ たとえば allow という動詞があります。これは「許す」という意味ですが,この意味だけを覚えていても試験ではほとんど点数に結びつきません。この単語が試験に出題される場合,発音と,〈allow + O + to + 原形~〉という語法が出題されることが圧倒的に多いため,発音と語法と覚えていなければ,いくら「許す」と訳せても点数に結び付きません。

▼このように,どの方法にも一長一短がありますが、ここで指摘したそれぞれの欠点に注意して複数の方法を並行して行うことにより,効率的に単語を覚えることが可能になるはずです。

▼ただし,能力や脳の特性には個人差があります。一度見たり聞いたりしただけでぱっと覚えてしまう人もいれば,私のように何度も何度も繰り返さないとなかなか覚えられない人もいます。「他の人ができたから,同じようにすれば自分もできるだろう」とは思わずに,自分の特性を知り,それに応じた学習をすることも大切です

※なお,脳の仕組みについてはあくまでも現段階での話なので,今後,研究が進むにつれ,異なる見解が生じる可能性もあります。予めご了承下さい。

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