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語彙を増やすには?

【1】「足にマメができて痛いんです」

▼私は普段は出不精でろくに歩くことがないのですが(苦笑),旅先ではフィールドワーク感覚でかなりの距離を歩きます。2017年の夏にニューヨークを訪れた時も,写真を撮りながらかなり歩き,左足にマメができました。それがつぶれて非常に痛み,1週間の滞在中,後半は左足を引きずりながら歩いていました。

▼1週間マンハッタンの同じホテルに滞在していたので,フロントの人たちとは顔なじみになりました。私が足を引きずっていたので, "What's wrong?" とたずねられましたが,お恥ずかしながらその時「足にマメができた」と言おうとしても「マメ」という単語がわからなかったのです。電子辞書を持ち歩いていたので,その場ですぐに辞書を引き,マメを blister と言うのだと知りました。

▼ "Just a moment... (辞書を引いて) Well, I have blisters on my left foot.  They're aching."(ちょっと待って…。うん,左足にマメができたんです。痛いんです)と答えると,フロントの人は "Oh, I see. That's too bad." と言ってうなずいてくれました。

【2】ものを覚えるために必要なのは「関心」を持つこと

▼英語の学習をしているとどうしても避けられないのが「単語の暗記」です。単語集を使って覚える,接頭辞・語根・接尾辞といったパーツで覚える,多義語は「コア」を理解して覚える…などなど,様々な方法がありますが,上に述べたような「経験に根差した知識」というのはかなり印象的で忘れにくいものです。もちろん,受験勉強をしながらそうした経験を積むことは難しいかもしれませんが,単語集や熟語集を漫然と眺めているだけでは覚えた「つもり」になってしまうだけで,いざその単語を使おうとしても出てこないものです。

ものを覚えるためにまず必要なことは「関心」です。人間の脳は,自分にとって本当に必要なこと,自分が強く関心を持っていることは覚えやすく,忘れにくくできているそうです。たとえば,自分の好きなアイドルグループのメンバーの顔と名前は苦労せずに覚えることができて,なおかつ忘れにくいものだ,ということを経験上,ご存知だと思います。

▼私は中学1年の頃,数学の先生から円周率を小数点以下30桁まで教わったことがあります。

 3.141592653589793238462643383279

▼この時は、「さんいっし[3.14] 異国に[1592]向こう[65] 産後厄無く[358979] 産児御社(みやしろ)に[3238462] 虫さんさん[6433] 闇に鳴く[83279]」という語呂合わせと一緒に教わりましたが,これが脳にこびりついて離れなくなり,いまだに覚えています。

▼また,浪人生の頃,予備校の先生が「世界で一番長い英単語」(正確には「研究者の大英和辞典に掲載されている最も長い英単語」)を教えてくれました。それは,

 pneumonoultramicroscopicsilicovolcanoconiosis

という単語です。意味は「(珪性)肺塵症[けいせいはいじんしょう]」。日本語にするとわずか漢字5文字です。これは医学用語で「火山灰の微細なケイ酸塩の粉塵を吸い込むことによって引き起こされる肺の病気」のことですが,それをpneumono(肺)+ultra(とても)+micro(小さな)+scopic(目、見える)+silico(珪素)+volcano(火山)+coniosis(症)と説明したために長くなった単語です(一説によると,本当の医学用語ではなく,医学用語がこのように長くなる傾向を揶揄して作られた造語である,とも聞いたことがあります)。

▼これも,先生が黒板に一度だけ書いたものを発音しながらノートに一回書いただけで覚えてしまいました。私は決して記憶力は良くありませんが,「関心」のあることだったからすぐに覚えられたのですね。

【3】関心がないものを覚えるには反復するしかない

▼では,関心がないものを覚えるにはどうすれば良いでしょうか。そもそも人間の記憶には短期記憶 (short term memory)長期記憶 (long term memory)があります。より正確に言えば,短期記憶の前段階として,即時記憶 (immediate memory)もあります。

▼たとえば焼肉が食べたくなり,近所の焼肉屋が開いているかどうか電話で確認するために電話帳で調べるとしましょう。この時,情報は即時記憶として蓄えられます。しかし,焼肉屋に電話を入れて予約したらもうその番号は忘れてしまうはずです。つまり,短期記憶の貯蔵庫にさえストックされていないことになるのです。ところが,その番号が印象的なものだったり(たとえば,086-XXX-8929[ヤクニク]といった語呂合わせになっているなど)、あるいはその店の番号を是非覚えておかねばならない理由があった場合,その番号の情報が短期記憶の貯蔵庫(海馬)にストックされます(「短期」と言っても幅広く,数秒~1ヶ月,長いものだと2年近く留まるものもあります)。

▼中間試験や期末試験前の「一夜漬け」も短期記憶と言えるでしょう。ところが,これらは試験が終わると綺麗さっぱり忘れ去られてしまいます(中には残るものもありますが)。脳というのはきわめて合理的(=経済的)にできていて,無駄な情報は極力残さぬようにしているそうです。そうでなければ脳は膨大な情報を処理しきれずにパンクしてしまいます。だから「ものを忘れるのは脳の本質的な特徴である」とも言えるのです。

▼しかし,私たちは自分の名前や家族の名前を忘れるということはありえないはずです(自分の名前も思い出せないようならばそれこそ受験どころではなく,すぐに医者にかからねばなりません)。それは,自分の名前や家族の名前についての情報が長期記憶の貯蔵庫(大脳皮質)に蓄えられているからなのです。

▼私たちが目指しているのは,数か月,あるいは数年先の入試突破であり,そのためには当然ながら,今学んでいることを長期記憶の貯蔵庫に蓄えねばならないのです。では,どうすれば情報を海馬から大脳皮質へと定着させることができるのでしょうか?

▼海馬では必要な情報と不要な情報が選別され,必要な情報だけが長期記憶へと残り,不要な情報は消え去ってしまいます。しかし,長期記憶の貯蔵庫である大脳皮質に入った情報も,長い間使わなければ思い出せなくなります(たとえば,小学校のとき同じクラスだった同級生の顔とフルネームを今でも思い出せますか?)。それは長期記憶にかかわる脳のニューロンのネットワークが途切れてしまったり細くなったりして,うまく機能しなくなったためと言われています。

▼ところがその情報へのアクセスを繰り返すことにより,ニューロンが強固に結びつき,長期記憶の貯蔵庫から抜け落ちることが防げるのです。つまり「反復」が重要である,ということですね。

【4】アウトプットの重要性

▼「インプット(入力)」と「アウトプット(出力)」ということばがあります。実はこのうちの「アウトプットの重要性」について,脳科学の分野から論じた興味深い記事があります。これは,東京大学大学院の池谷裕二先生による解説記事ですが,これを読んだ時に「ああ,やっぱりそうか!」と納得しました。以下,その記事から引用した文章です。

 ワシントン大学の学生を多数集めて,スワヒリ語40個を暗記する試験を行う。adahama=名誉,farasi=馬、sumu=毒…といった具合に単語のペアを5秒ずつ提示して次々に覚えさせる。しかし,名門大学の学生とはいえ,40個を一回で覚えることはほぼ不可能である。そこで何度も繰り返して覚えてもらうのだが,この時,学生たちを4つのグループに分けて学習してもらった。
 1つ目のグループには40個を通しで学習させ,その後に40個すべてについて確認テストする。この学習とテストの組み合わせを,完璧に覚えるまで何度も繰り返す。2つ目のグループは,確認テストで思い出せなかった単語だけを選んで学習させる。ただし,確認テストでは毎回40個すべてを試験する。そして,テストで満点が取れるまで学習と試験を繰り返す。
 3つ目のグループはこの逆のパターンだ。覚えていない単語があったら,初めから40個すべてを学習してもらう。そして,先ほど覚えていなかった単語だけを確認テストする。そして,満点が取れるまで学習と試験を繰り返す。
 最後のグループは,学校の授業でしばしば使われるパターンである。確認テストで思い出せなかった単語だけを学習して,再確認テストでも先ほど覚えていなかったものだけを試験する。そして,再試験すべき単語がなくなるまで学習と試験を繰り返す。 
http://www.nikkeibp.co.jp/article/nba/20080402/152046/ )
※リンク切れ

▼これを整理すると次のようになります。

 ■Aグループ →40個全て学習+40個全て再テスト
 ■Bグループ →間違えた単語のみ学習+40個全て再テスト
 ■Cグループ →40個全て学習+間違えた単語のみ再テスト
 ■Dグループ →間違えた単語のみ学習+間違えた単語のみ再テスト

▼問題は,1週間後に再テストをしたときにどのような差が現れたか,ということです。

 面白いことに,この4つのグループには習得の速さには差はなかった。実際,5回も学習と試験を繰り返すと,全員が40個すべてを覚えることができた。そこでカーピック博士は,1週間後に再テストを行うことにした。さて,成績はどうだったか。グループ1と2は約80点と好成績であったのに対し,グループ3と4はともに約35点しか取れなかった。

▼つまり,インプットの方法に関係なく「40個全ての再テスト」を繰り返した学生の方が成績が良かったのです。

 私たちの脳は,情報を何度も入れ込む(学習する)よりも,その情報を何度も使ってみる(想起する)ことで,安定して情報を保存することができるのだ。
 言うなればこれは,参考書を繰り返し丁寧に読むより,問題集を繰り返しやるほうが,効果的な学習が期待できるというわけだ。

▼単語集や熟語集を漫然と眺めていても「覚えたつもり」になってしまうだけなのです。大切なことは「本当に覚えているかどうか」を確認することにほかなりません。海馬に何度もアクセスして情報を出力することで,情報が脳に定着しやすくなる,ということですね。

▼授業で理解したことも,辞書で調べたことも,それを本当にマスターしているかどうか,自分の力で問題が解けるようになったかを「確認する」プロセスがなければすべて水の泡になります。ですから、何かを学んだら必ず問題集などで「アウトプット」が確実にできるかどうかを試す必要があります。

▼最初の話に戻りますが,私が "I have blisters on my left foot."(左足にマメができました)という表現を覚えられたのは,それが自分にとって必要なこと(「関心」)であり,かつ,調べたことをすぐその場で「アウトプット」したことが大きかったのだろうと思います。また,その後も何度か口に出して(「反復」)慣れたことも大きかったと思います。

▼是非こうしたことを念頭に置いて「インプットとアウトプット」の両方をバランスよく組み込んだ学習計画を立ててください。

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