総論03 減薬・断薬の技法 - 一気断薬、漸減法、隔日法、置換法
当然、僕とは異なる立場をとる医療者もいます。
例えば「一気断薬派」は断薬(彼らには減薬という概念がありません)における1つの極と言えるでしょう。ベンゾジアゼピンを「一気に身体から抜くのが理想的」と唱える医師達がそのように形容され、それを支持する識者や患者さんもおられます。
上述したA群や、B群でもA群よりの患者さんは一気にベンゾジアゼピンを中止してもダメージは大きくはないですから、時間という資源を消費せずに済むという観点からは、一気断薬には一分の理があるのかもしれません。
しかし繰り返し述べてきたように、ベンゾジアゼピン断薬後の反応の大きさを事前に予測する方法はありません。急断薬によって重度 and/or 遷延性の離脱症状を呈する体質の患者さんに一気断薬を行うと悲惨なことになります。このリスクを重く見て、僕は自分が診る患者さんに一気断薬を行うつもりはありません。漸減で減薬を開始して、離脱症状が現われない、現われても短い時間で消失することが確かめられれば減量幅を大きくしたり減量ペースを早めれば事足りるからです。
患者さんの心身の安全を賭けてロシアン・ルーレットを試みるつもりはありません。
ベンゾジアゼピンの減薬・断薬において、一気断薬の対局に位置するが「漸減法」です。
文字通り「少しずつ減らしていって止める」というコンセプトの減薬法で、これが現時点でベンゾジアゼピン減断薬のゴールデン・スタンダードであると言えるでしょう。
僕が自身で行い、本稿でお勧めする方法も漸減法ですが、前述したように、この漸減法とは確立した1つの方法ではありません。
漸減法の中にもまたバリエーションがあります。1つの方法を知っていれば安全に減薬し、断薬に至ることができるというわけでは残念ながらありません。
例えば東京女子医科大学精神科の稲田健医師は「2~4週ごとに服用量の25%ずつ減量し、4~8週間かけて中止する」という漸減法を提唱していますが、同時に、「来年の今ごろ半分に減ったら上出来」、「減量により症状が再燃した場合には前の用量に戻し,さらにゆっくりとしたペースで減量します」とも述べています。
また、令和元年9月より、岡山大学病院精神科に「睡眠薬の整理に関する専門外来」(通称:睡眠薬ポリファーマシー外来)が新規開設されましたが、この睡眠薬ポリファーマシー外来が医師向けに示しているリーフレットでは減量前の投与量の1/8~1/4程度を目安に少量ずつ1~2週間の間隔を空けてゆっくり減量」することが推奨されています。
東京女子医科大学と岡山大学で推奨する減量幅や減量速度が若干異なりますが、服用していたベンゾジアゼピンを何%か減らして一定期間経過を見て、症状がぶり返したり離脱症状が起こらない、もしくは起きても治まったことを確認してまた何%か減らして様子を見る――これが漸減法の基本骨格であると言えます。
くしくも両者が「ゆっくり」という表現を用いていることは象徴的かもしれません。
これを推し進めた極北の例として、「マイクロ・テーパリング」と呼ばれる減量法があります。本稿でその詳細には触れませんが、僕がこれを推奨しない立場にあることは明言しておきます。マイクロ・テーパリングの詳細についてご興味がおありの先生は「水溶液タイトレーション」などのキーワードでインターネット検索をなさればその概要は理解していただけるでしょう。
僕がこの方法を支持しない理由は、この減薬法が「医者はベンゾジアゼピンの減量方法や離脱症状を全く理解していないので頼りにならない」と考える患者さん達が(その考えが間違いとは言えない場合が多いことが事実であるにせよ)処方薬を自己判断で調整する方法論であること、純粋に技術的にこの減量法の提唱者達が唱える方法でそれほど微細な用量調整が行えるとは思われないこと、そしてこの方法で減量を行っている患者さん達がこの方法のおかげで辛い思いをせずに減薬できているとはちっとも思えないこと、です。
マイクロ・テーパリングを用いて初めてベンゾジアゼピンを減らせる、止められる患者さんがいるとしても、少なくともそうした患者さんのベンゾジアゼピン減量を一般科で行うべきでは無いでしょう。
その他、漸減法の変法として隔日法と置換法があります。
隔日法は、減らそうとしているベンゾジアゼピンを、1日おきに服用するなど、服薬日と休薬日を設ける方法で、上述の岡山大学病院精神科・睡眠薬ポリファーマシー外来のリーフレットでも言及されています。
個人的には、服用しているベンゾジアゼピンが抗不安薬ではなく睡眠薬で、服用剤数が少なく、服用しない日も本来の不眠あるいは反跳性不眠が現われるだけで、仮に1日くらい眠れなくとも問題は無い、という患者さんの減薬には使える方法であろうと思います。
逆に、ベンゾジアゼピンの服用量・服用剤数が多く、ベンゾジアゼピンの依存が生じていている患者さんにはあまり好ましくない減薬法でしょう。1日単位では一気断薬になってしまうからです。
置換法は、減らそうとしているベンゾジアゼピンを、他のベンゾジアゼピンに置き換えてから漸減するという二段階減薬法です。
ベンゾジアゼピンは、半減期≒作用時間が短いものほど依存が起こりやすいという特徴があります。そこで、例えば、デパス(半減期6時間)をジアゼパム(半減期20~100時間、活性代謝物もあり)に置き換えてから減らせば断薬が容易になるのではないかという着想のもとに考案されたのが置換法です。しかしデパスを、ぽんとジアゼパムに置換して即減量開始、というわけにはいきません。同じベンゾジアゼピンとはいえ、作用に違いがあるからです。
前述したように、ベンゾジアゼピンには催眠作用、抗不安作用、筋弛緩作用、抗けいれん作用という、大きく4つの作用があります。そのバランスが個々のベンゾジアゼピン系薬物の間で異なる。デパスとジアゼパムでもそのバランスが異なり、また薬物動態(服用後の吸収、代謝による体内からの消失)も違っているため、いちどきに置換するとそれによってリバウンドや離脱症状が起こりうるのです。
よって、デパスを漸減し、ジアゼパムをごく少量から開始して増量、患者さんの反応を見ながら徐々に、徐々に、両剤を置き換えていく必要があります。
ベンゾジアゼピンには「等価換算表」なるものがあり、患者さんが服用しているデパスを何mgのジアゼパムに置換すれば良いかはこれを参考に決めます。国内外を含めて複数の等価換算表が存在し、換算法・換算量は微妙に異なっています。同じベンゾジアゼピンといえど作用に違いがあるわけですから、そもそも等価加算することに無理があるのだとも言えます。僕はしばしば、ベンゾジアゼピンの等価換算を、「柔道の60kgの銅メダリストと、ボクシングフェザー級の世界7位の選手が同じくらい強いと言っているようなもの」と評しています。なのであくまで目安なのですが、目安はあった方がいいでしょう。
日本でもっとも広く用いられているベンゾジアゼピンであるデパスですが、実は国際的には承認されている国は限られます。ローカルドラッグであるため海外の等価換算表にはデパスは載っていません。デパスが載っていて、かつ我が国で広く用いられている通称「稲垣・稲田の換算表」を本稿でも用いることにします。
これによるとデパス1.5mgがジアゼパム5mgに相当します。デパスの1mg錠を1日3回食後に服用している患者さんであれば、デパスを例えばまず2.7mg(-0.3mg)にして、代わりにジアゼパムを1mg開始して……といったふうに、最低10段階かけて漸減・漸増を行います。
置換法の詳細な説明は本稿の意図ではありませんので詳細は割愛しますが、置換だけで相応の手間と期間がかかります。
さすがにこれを一般科の外来で行うことは無理があると思いますので、減薬・断薬を行うために置換法が必須という患者さんについては、然るべき精神科医療機関を紹介されることをお勧めします。