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ベンゾジアゼピン減断薬 - 離脱症状のサイバー心気症的側面 1 [Free full text]
1. 全てのものの知識の樹
(1) はじめに
インターネットの普及は人々のメンタルヘルスに大きな影響を及ぼし、既存の精神疾患の病態を変化させている。豊富な情報に無制限にアクセスすることが可能となり、オンラインコミュニティを通じて精神疾患に関する情報が拡散・共有されるようになった。これらの情報は患者の認識や行動にも影響を与え、精神疾患の発現型にも影響を及ぼしうるだろう。
同じ疾患でも、社会的変化に伴いその病態や有病率が変化することが知られている。だから臨床医は最新の知見を取り入れ、自らの診療技術を常にアップデートしていかなければならない。
ベンゾジアゼピン依存・離脱症状の治療においてもそれは同様だ。
本稿では、ベンゾジアゼピン依存・離脱症状に焦点を当て、インターネットの普及がこれらの症状に与える影響や、それを反映した診断と治療を行う必要性について述べる。
(2) 偽性離脱症状、サイバー心気症
ベンゾジアゼピン減断薬後の患者の心身に現れた心身の不調の全てが離脱症状であるとは限らない――始めにこのことは強調しておきたい。減薬外来においては原疾患の再発・再燃や新たな疾患の発症、そして偽性離脱症状の可能性を常に鑑別診断として想定する必要があるからだ。
偽性離脱症状の記載は1983年の論文に既に認められる。
ベンゾジアゼピンを漸減・中止することで離脱症状を最小限に抑えるとともに偽性離脱症状を検出できるようデザインされた二重盲検試験を実施した。
治療用量のジアゼパムを長期間服用していた41名の外来患者に対し、3か月かけて段階的に薬の減量を行い中止を目指した。被験者は盲検下でグループ1(ただちに減薬を開始する群)とグループ(8週間投与量を維持した後に減薬を開始する群)に無作為に割り付けられた。
36名が治療を完了し、16名(44.4%)が減薬中に真の離脱症状を経験した。8名はジアゼパムの投与量が維持されているにも関わらず離脱症状(つまり偽性離脱症状)を呈した。
受動的・依存的な人格特性が、離脱症状発現および原疾患再発の最も重要な予測因子であった。
この論文が発表された40年前とは異なり、或いはアシュトン・マニュアルが公開された25年前と比べても、ライフライン化したインターネットが及ぼす影響力は計り知れないものになっている。その影響でベンゾジアゼピンの減断薬を試みた患者が偽性離脱症状を呈する頻度や割合は増大しているのではないか――というのが本稿の主旨だ。
端的に述べるならば、一部の当事者が苦しむ「離脱症状」はサイバー心気症によって修飾されているというのが現時点での僕の見解である。
サイバー心気症は、過剰なオンライン健康情報の検索により健康不安が増大する現象である。安心を求めて検索を繰り返すうちに不安が強まる「安心追求モデル」や、思考過程に関する信念が行動を駆動する「メタ認知的信念モデル」に基づいて説明される。
サイバー心気症は、健康不安、不適切なインターネット使用、強迫性障害の症状と関連が深い。健康不安が高い人ほどオンライン検索を過剰に行う傾向があり、インターネット依存も不安を悪化させる要因となる。また、強迫的な行動や思考もサイバー心気症との関連性が示唆されている。
この現象は、日常生活の機能障害や医療サービスの過剰利用・回避行動を引き起こすなど、公衆衛生における課題ともなる。予防と管理には、認知行動療法(CBT)や、ネット情報の批判的評価を教えるデジタルリテラシー教育が有効である。
今後は、サイバー心気症の概念をより明確にし、介入方法の改善が求められる。医療従事者は、この影響を深く理解し、患者が抱える健康不安やインターネットでの行動に適切に対応できる能力を持つことが必要である。
https://link.springer.com/article/10.1007/s11920-020-01179-8