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ベンゾジアゼピン・コラム - 半知半解の減断薬 (1) [Free full text]

僕の減断薬外来を受診する患者さん、医療相談を利用されるクライアントが服用している頻度が高く、そしてしばしば減薬に苦戦するベンゾジアゼピンとしてメイラックス(ロフラゼプ酸エチル)とリーゼ(クロチアゾラム)が挙げられます。
僕はこの2剤を「半知半解の減断薬」が行われやすいベンゾジアゼピンとして少し警戒しています。

メイラックスやリーゼを第一選択の抗不安薬として処方する医師は、ベンゾジアゼピンの副作用や依存性について一定の知識をもっていて、その観点から、リスクが相対的に低いベンゾジアゼピンとしてメイラックスやリーゼを選んでいる場合が多いように見受けられます。
僕が担当する患者さんやクライアントには「1日1回服用で済む、中止もしやすい精神安定剤」という説明を受けてメイラックスを、「ごく弱い、簡単にやめられる精神安定剤」という説明のもとにリーゼを処方された、と仰る方が少なくありません。
他のベンゾジアゼピンを服用していたけれど依存が生じてしまい離脱症状ために減薬できない、という訴えに対して「『やめやすい』ベンゾジアゼピンであるメイラックスやリーゼにいったん置き換えてからの減薬」を勧められた患者さん・クライアントもおられます。
じっさい、その命題――「メイラックスとリーゼは依存しにくくやめやすいベンゾジアゼピンである」――を信じていると思しき医師の情報発信が、ネット上でも散見されます。

メイラックスは、作用時間が非常に長いベンゾジアゼピン系抗不安薬です。このため依存性が低く、離脱症状もほとんど認められません。

元住吉 こころみクリニック
医者と学ぶ「心と体のサプリ」
メイラックスのやめ方(減薬・断薬)

・効果はいまひとつかもしれないが依存性が低くやめやすい。(30歳代病院勤務医、精神科)

日経メディカル
クロチアゼパム錠5mg「トーワ」の基本情報

このような言説は、控え目に言って、正しくありません。
半減期が長くても、力価が低くても、「依存性が低い」わけではないからです。厚生労働省もベンゾジアゼピンの全てに依存や離脱症状が起こりうることについて注意喚起を行っています。

メイラックスに関して弁護じみたことを申し上げるのであれば、「依存は生じるが、減薬は(正しい方法をとれば)進めやすい」ベンゾジアゼピンではあるかもしれません。その超長時間作用型(半減期は約120時間)という特性から、メイラックスの減量後、その減量した分のメイラックスが体から消失するまでには長い時間(5半減期=25日間)がかかります。
ベンゾジアゼピン依存の本態は脳内のベンゾジアゼピン受容体のダウンレギュレーション(数的減少)であると考えられており(辻敬一郎・田島治, 2006)、その減少したベンゾジアゼピン受容体の数を元に戻すことがベンゾジアゼピン依存の治療ということになります(これには異論もあるのですが、本稿では説明を簡便にするために古典的なダウンレギュレーション説に基づいて話を進めます)。
身体依存が生じている状態でベンゾジアゼピンを少し減らし、そのぶんベンゾジアゼピン受容体が回復するのを待つ。回復したらまたベンゾジアゼピンを減らす――これがベンゾジアゼピンの漸減法です。
ベンゾジアゼピンの減量分が体内から消失するまでの時間がベンゾジアゼピン受容体が回復するための猶予期間となります。短時間作用型のベンゾジアゼピンでは減量分がすぐに体内から消失してしまうのでベンゾジアゼピン受容体の回復が間に合わないが、長時間作用型のベンゾジアゼピンであれば猶予期間が長くなるためベンゾジアゼピン受容体の回復の期待値が高くなる――漸減法においてしばしば長時間作用型のベンゾジアゼピンへの置換が言及されるのはこのためで、アシュトン・マニュアルにおいてジアゼパムへの置換が推奨されているのも同じ理由によります。

よって、ジアゼパムと同様に長い半減期を有し、力価もそこそこ低い(ジアゼパムの3倍)メイラックスが漸減法に馴染む「減量しやすい」ベンゾジアゼピンであることは事実かもしれません。
ではなぜ、メイラックスの離脱症状やそれに伴う二次的問題で苦しむ患者さんが一定数おられるのでしょうか?
僕の経験に照らして申し上げれば、処方した医者が「メイラックスは超長時間作用型ベンゾジアゼピンなので依存が起きないし止めるのも簡単」と考えているので長期投与・急減薬・一気断薬されがちで、その後に患者さんが不調を訴えても「メイラックスでは離脱症状は起きない」と信じて見当違いの診断と治療が行われてしまうからです。

半減期に関係なくベンゾジアゼピンを慢性投与すればベンゾジアゼピン受容体のダウンレギュレーションは起こりますから「メイラックスでは依存が起こらない」は間違った理解です。
離脱症状は起こりにくいかもしれませんが(「起きない」は間違いです)、そのためにはメイラックスの特性である「ベンゾジアゼピン受容体回復のための猶予期間の長さ」を生かす必要があります。急減薬・一気断薬ではその長所はほとんど意味を為さなくなりますから、患者さんが離脱症状を経験する確率は高くなるでしょう。
メイラックスの減薬においても漸減は必要であり、かつ各段階のステイ期間を長くとらなければメイラックスの特性を生かした安全な減断薬を期待することはできません。

そして上述したように処方医は「メイラックスでは依存も離脱症状も起こらない」と考えているために、急減薬・一気断薬後に患者さんが不調を訴えた場合にそれが離脱症状であるとは考えない。故に、この時点でもっとも重要な対応であるはずの速やかな再服薬・再増薬は行われません。身体症状症と診断して「我慢するように」指示したり、原疾患の再発だと考えて抗うつ薬や抗精神病薬を処方するといった対応をとります(もちろんそれらが正しい対処である事例があることも否定はしません)。その間に患者さんの離脱症状は遷延化し、他剤の副作用や心理的な反応とも相俟って複雑な病態を呈することで難治化してしまうというのが僕の仮説です。だからメイラックスの減断薬は難しい事例が多くなる。

翻ってリーゼの安易な長期処方と急断薬に関しては、僕が思いつくかぎりエクスキューズがありません。リーゼが「弱いベンゾジアゼピン」と称されるのは力価が低い(ジアゼパムの2倍)からだと推測しますが、だから依存が起きない、故に離脱症状も起こらないと帰結する理路が理解できない。そもそもジアゼパムですら依存も離脱症状も起きるのに。
僕はよくリーゼをビールに喩えますが、ビールだけ飲んでいるかぎりはアルコール依存症にならないと「リーゼ安全派」の医師は考えているのでしょうか。

ビールだけしか飲んでいなければ、依存症にはならない?
[解説]
アルコール飲料の主成分は、エチルアルコールという依存性薬物。これによって起こるのがアルコール依存症です。
問題なのは酒の種類ではなく、飲んだものの中に含まれているエチルアルコールの総量。アルコール度数が弱くても、たくさん飲めば同じです。
ビールのロング缶1本(アルコール5%想定・500ml)、日本酒1合(アルコール15%想定・180ml)、ウイスキーダブル1杯(アルコール43%想定・60ml)、ワイン小グラス2杯(アルコール12%想定・200ml)、チューハイ1缶(アルコール7%想定・350ml)、焼酎コップ半分(アルコール25%想定・100ml)
これらに含まれる純アルコール分量はほぼ同じです。
これらはアルコールの1単位と呼ばれ、体内で完全にアルコール分が分解されるのに男性で約4時間(女性や老人は約5時間)かかります。

特定非営利活動法人ASK
アルコール依存症に関する誤解と真実

ベンゾジアゼピンの力価とはアルコールにおける度数です。リーゼ0.4mgとソラナックス(アルプラゾラム)0.4mgを比べるのならば確かにソラナックスの方が「強い」でしょう。リーゼ0.4mgを服用しても薬効は得られないかもしれない。だからリーゼは1錠に5mgが含有されていて、これはソラナックス0.4mgと等価です。つまりリーゼ5mgを服用した際に占有されるベンゾジアゼピン受容体の数はソラナックス0.4mgを服用した場合と同じなのです。ビールのロング缶1本とウイスキーダブル1杯に含まれる純アルコール分量が同じであることとよく似ている。
そしてリーゼの半減期は約6時間と短い。"あの"デパスと同程度です。
依存性は他のベンゾジアゼピンと変わらず、半減期が短い(「ベンゾジアゼピン受容体回復のための猶予期間」が短い)リーゼが、同薬を「依存性がない安全な薬」だと何故か信じる医師によって処方され断薬された場合に起こる悲劇は、一部の識者の間では「リーゼにまつわるエトセトラ」と呼称され、忌み嫌われています。
リーゼには剤形として細粒・顆粒がありますが10%細粒・顆粒ですから1mg単位での調整しかできません。メイラックスとは異なり減量においてアドバンテージと見做せる薬理学的・薬物動態学的特徴が、僕には1つも思い当たりません。「弱い安定剤であるリーゼでは依存も離脱症状も起こらない」と信じる医師によってリーゼが処方され依存を呈した患者さんは、「半減期が長い安定剤であるメイラックスでは依存も離脱症状も起こらない」と信じてメイラックスを処方され依存を呈した患者さんと酷似した経過を辿ります。

ベンゾジアゼピンの適切な使用、出口戦略を踏まえた処方の大前提は、処方医が正確な薬理学的・薬物動態学的知識を持っていることです。
ことベンゾジアゼピンに関しては「半知は無知に等しい」側面があります。中途半端な知識を持つ医師が自信満々に低力価・長時間作用型のベンゾジアゼピンを処方し、依存性や離脱症状を軽視することは、患者さんにとって深刻な問題を引き起こす危険因子になりえます。
メイラックスとリーゼに対する誤解が招く過信は、医療者によるベンゾジアゼピンの依存性と離脱症状のリスク軽視の象徴かもしれません。
正確な情報収集とその咀嚼、慎重な処方とその後の患者さんの経過を先入観なく観察することが、患者さんの安全と治療の最適化の鍵になると、僕は考えています。

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