レンボレキサント(商品名:デエビゴ)とスボレキサント(商品名:ベルソムラ)といったオレキシン受容体拮抗薬は、耐性や依存性が生じない(とされている)新しい作用機序の睡眠薬です。
ベンゾジアゼピン系睡眠薬の依存や離脱症状で苦しまれている当事者の方々からすれば「最初からこの薬を処方してくれていたら」「自分が睡眠薬を飲み始めた時代にこうした薬が発売されていたら」と思えてしまうかもしれません。
ベンゾジアゼピン系睡眠薬とは「眠れ方」は異なりますが、オレキシン受容体拮抗薬は自然に近い眠気を催させる、良く効く睡眠薬です。「悪夢」に代表される特有の副作用はあるのですが、全体的な安全性は、特に中長期に使うことを視野に入れると、ベンゾジアゼピン系睡眠薬よりも優れている部分が多い睡眠薬であるように感じられます。
不眠に対して新規に睡眠薬を処方するならデエビゴかベルソムラにしてほしいと僕などは思いますし、実際にそのような傾向が認められています。
この調査によれば、デエビゴとベルソムラはそれぞれ睡眠薬の処方頻度2位と3位を占めており、1位のゾルピデムに肉薄しています。
では、既にベンゾジアゼピン系睡眠薬を服用している方がデエビゴかベルソムラを服用する意義はあるでしょうか? もっと言えば、ベンゾジアゼピン系睡眠薬をオレキシン受容体拮抗薬に置換することは可能でしょうか?
現時点ではイエスともノーとも言えません。ベンゾジアゼピン系睡眠薬とオレキシン受容体拮抗薬の併用の意義や置換可能性を検討したエビデンスレベルの高い研究データは存在しないからです。
例えばデエビゴの製造販売元であるエーザイのサイトでは「他剤からデエビゴへの切り替え方法について教えてください」という仮想の質問に対して、「切り替え方法を検討したデータや、他の睡眠薬との換算用量はありません」という素っ気ない回答が示されています。
私論を述べるならば、ベンゾジアゼピンの離脱症状が、作用機序が全く異なるオレキシン受容体拮抗薬によって軽減されることはないでしょう。だから工夫をせずに「睡眠薬同士だから」という理由で一気にゾルピデムをデエビゴに置換するような処方変更はリスクが高いと言わざるをえません。
ではひとたびベンゾジアゼピン系睡眠薬を処方されたら、もっと安全性が高いかもしれない新薬があるのに、そちらに乗り換えることはできないのでしょうか?
それもまた違うだろうと僕は考えます。ベンゾジアゼピン系睡眠薬を服用されている方々が全員依存を呈しているわけではないし、離脱症状に留意しながら置換を試みる方法はありそうに思う。ベンゾジアゼピン系睡眠薬で十分に睡眠がとれない場合に、オレキシン受容体拮抗薬を併用することで睡眠の量や質の改善が期待できるかもしれない。
多くの医療者が同じことを考えていて、いくつもの小さな研究が行われ、結果が発表されています。著者らが自ら述べるようにこれらの研究の方法論はエビデンスレベルが低いものであって結果もpreliminary(予備的)なものでしかありません。
しかし僕にはここにベンゾジアゼピン系睡眠薬からの脱出法の鉱脈が眠っているように感じられます。全服用者ではないにせよ恩恵を受けられる患者さんが少なからずいて、この脱出ルートを辿ることでベンゾジアゼピンの依存や離脱症状に陥らずに済むかもしれない。
そのような期待を込めて、また僕個人の備忘録として、以下にベンゾジアゼピン系睡眠薬をオレキシン受容体拮抗薬への置換について論じた6つの研究を紹介します。全て日本発の研究です。