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「SANチェック」という言葉の源流を紐解く
ネット界隈にいるクトゥルフ神話TRPGプレイヤーであれば「SANチェック」という言葉が広まっていることは承知であると思う。しかし興味深いことに、「〈正気度〉ロール」を指す「SANチェック」という言葉は、クトゥルフ神話TRPG(以後6版と呼ぶ)と新クトゥルフ神話TRPGのどちらのルールブックにも書かれていないのだ。
この言葉が広まった理由は明白で、ニコニコ動画に数多く投稿された6版のリプレイ動画の影響である。大半のリプレイ動画ではなぜか「SANチェック」という言葉が用いられる。現在はリプレイ動画よりもライブ配信にシフトしているが、クトゥルフ神話TRPG群の流行を牽引しているプレイヤーの多くが動画勢だというのが、この言葉が広まっている理由だろう。
最近 Charaeno という探索者シートサイトを製作したのだが、そこでは「ルールブックに準拠する」という点を非常に重視した。確認のためにルールブックを何度も読み返すうちに、一つの疑問が浮かび上がった。ルールブックに書かれていないようなワードを使ったということは、6版動画の作者らどこかでその言葉を仕入れた事になる。ではどこで知ったのだろう? その源流はどこなのだろう?
この疑問をTwitterで投げかけたところ、多くの方から情報をいただいた。せっかくなのでそれらの情報を記事としてまとめ、どのような因果があったのか推測する。あくまで推測の域を出ないことにご注意いただければ幸いだ。
「SANチェック」という言葉が動画から広まったの、根本は6版よりまえのルールブックが由来なのではないかと勝手に思ってるんですが、如何せん6版より前を持ってないので検証しようがないです。古い版の原著でどう記載されてたのかも気になる。〈考古学〉ある人いたら教えてください。
— 酒田 シンジ@Charaeno (@ysakasin) May 3, 2021
古い版にも「SANチェック」の記載はない
SANチェックの源流として真っ先に想像できるのが「6版より前のルールブックでは公式用語だった」説だ。この説は以下の2ツイートの情報提供により否定された。
#TRPG#Cthulhu
— 🦋大崎瑞香・フォーリナー(TRPG)好き (@MizukaOhsaki) May 3, 2021
クトゥルフHJ版のボックスでのルールブックには正気度を正気度(SAN)と表記され、ルール自体SANの使い方、等と書かれています。
ただしルールブックにはSANロールと記述されチェックとは書かれていません。 https://t.co/VND091rT42
2版ルルブ:SANロール
— Skay (@Skay_retales) May 3, 2021
5版ルルブ:正気度ロール
1/10スケール・クトゥルフ神話TRPG、6、7版ルルブ:<正気度>ロール
クトゥルフd20:正気度判定を行う
気になりましたので確認してみました。
黄昏の天使ではSANチェックという記述は確認出来ました。
初出は日本公式シナリオ?
ルールブックには記載がないものの、他の出版物では「SANチェック」の記載があるようだ。寄せられた情報の中で最も出版年が古いのが「黄昏の天使」だ。これは1988年11月にホビージャパンより発売された日本独自のサプリメントで、シナリオの文中と思われるところに「SANチェック」の記載がある。
他の方の記述みて引っ張り出しました
— 円柱🌈 TRPGオンセツール、ユドナリウムリリィ公開中 (@t_cylinder) May 3, 2021
黄昏の天使ブック1、p20にSANチェックありました pic.twitter.com/qt9S2jsihm
リプレイでの登場箇所
リプレイとしては1990年の書籍 CTHULHU WORLD TOURにて記載があるようだ。
1990年、HJ社発行のTACTICS別冊3のCthulhu world tourの石橋善揚氏のリプレイにSANチェックの言葉がありました。 pic.twitter.com/Ow9gRCkm1B
— 🦋大崎瑞香・フォーリナー(TRPG)好き (@MizukaOhsaki) May 3, 2021
また、これに限らず各種TRPGのサポート雑誌であるRPGマガジンでは「SANチェック」というワードが出現しているとの情報もある。
RPGマガジンでは既に使われてた記憶が
— 松井(無電ゲーアカ) (@DUNGEONATACKER) May 3, 2021
HJ版でのサポート誌であったRPGマガジン上でもSANチェック(1993~1994連載「クトゥルフ通信」)という表現を使っていたので そこもひとつのルーツかと思われます
— 松江あきら@個人の偏見です (@MYSTIKNIGHTS) May 3, 2021
英語版ではSAN checkは見つけられず
では英語表記はどうなるかというと、Sanity roll, SAN roll, Sanity checksが登場する。有志が確認した範囲ではSAN checkは登場しないようだ。
英版表記ゆれ+日本語の混用由来と思われます
— 円柱🌈 TRPGオンセツール、ユドナリウムリリィ公開中 (@t_cylinder) May 3, 2021
参考にどうぞ
英7th:Sanity roll が、1箇所だけ Sanity checks
ホビージャパン日5版>正気度ポイント、正気度ロール
ヨグソトースの影Box日版>SAN値、SANロール
ヨグ影対応のbox日2版>未所持
英ヨグ影>2004ペーパーバックなので改正可能性ありですが一応 pic.twitter.com/O0tDqzS1NU
原文ではSAN roll。
— 🦋大崎瑞香・フォーリナー(TRPG)好き (@MizukaOhsaki) May 3, 2021
ルール的には《アイディア》ロール、《幸運》ロールと同じで、この表記に従うなら《正気度》ロールとなるけど、ルールブックにはSANロールと表記。
Sanity checksは先のツイートによると登場回数が少ない。しかし、Sanity Checkという名の商品があるくらいには一般に使われているようだ。
海外でもSanity Checkが正気度ロールのことであるのは通じるようで、フォーラムでもSanity Checkという言葉は使われていますし、マンチキン・クトゥルフの追加カードパックにもSanity Checkというタイトルのものがあるくらい一般的なようです。https://t.co/psbzrSm3OZhttps://t.co/ofWnjvW9SF pic.twitter.com/wFlezGXQCq
— 黒扇娘娘的信使 (@zealotofBW) May 3, 2021
因果関係を推測する
「SANチェック」というワードはSANロールとSanity checkが混合して生まれたというのが考えられる一つの説だ。原文に触れる機会も多いであろう日本公式がなんらかのきっかけで言葉を混合させてしまったのだろう。
それが1988年の黄昏の天使や、一部のリプレイ、RPGマガジンで使われるようになった。それらに影響を受けたであろう6版動画勢まで繋がった。どのような経緯にせよ、公式リプレイ書籍であるCTHULHU WORLD TOURで「SANチェック」が登場する影響は非常に大きいだろう。初期の6版動画勢の中に古くからのファンがおり、公式書籍から直接の影響を受けたのかもしれない。
まとめ
「SANチェック」という言葉は日本公式のサプリメントやリプレイ、サポート記事で登場していた。それらが様々な媒体に影響を及ぼし、6版のリプレイ動画もそれらの影響を受けて「SANチェック」が使われるようになったのだと思われる。
これらの情報は6版以降しか知らない人物が、いただいた情報だけを使って推測したものである。当時の事情をご存知の方や資料をお持ちの方がいらしたら、コメントで補足などをしていただけるとありがたい。
また今回の疑問は Charaeno の制作中に思いついたものだ。Charaenoはルールブック準拠をテーマの一つとしたキャラシサイトで、用語や入力項目をルールブックの探索者シートに合わせている。この記事を読んでくれた「SANチェック」の源流を知りたいような人には肌が合うと思う。ぜひお試しいただきたい。
補足
BRP Central - The Chaosium forumsでSAN checkと検索したところ、37件ヒットした。比較対象のSanity checkは29件ヒットした。SAN checkが英語圏でいつ頃から使われているかは不明だが、これが一般的に使われているとしたら日本語の「SANチェック」が英語の「SAN check」に由来する可能性も捨てきれない。
追記
原著についての記述で裏付けのない断定が2点ほどあったため修正しました。問題があったのは以下の部分です。ご指摘いただきありがとうございました。
修正点1:まとめにて、原文のルールブックにも「SANチェック」がないというような断定をしておりましたが、すべての版をの内容を確認していたわけではないため、裏付けはなく不正確でした。該当の記述を削除しました。
修正点2:Sanity checksが俗語であるという点は裏付けのない断定でした。修正し、補足しました。