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舞台 「レプリカシグナル」 観劇レビュー 2021/10/09

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【写真引用元】
たすいち「レプリカシグナル」公式Twitterアカウント
https://twitter.com/tasuichi_stage/status/1439613165285740555


公演タイトル:「レプリカシグナル」
劇場:シアター711
劇団:たすいち
脚本・演出:目崎剛
出演:中田暁良、鳥谷部城、中村桃子、星澤美緒、小太刀賢、大森さつき、永渕沙弥、白井肉丸、細田こはる
公演期間:10/6〜10/10(東京)
上演時間:約105分
作品キーワード:近未来SF、学園もの、コメディ、ミステリー、考えさせられる
個人満足度:★★★★★★☆☆☆☆


早稲田演劇倶楽部から派生し旗揚げした劇団たすいちを生で初観劇。
たすいちの作品は、2021年7月7日の観劇三昧が主催する「池袋ポップアップ劇場」にて30分の短編作品として「名前のない名前を呼ぶ冒険」を配信で観劇したのが初めてだったが、役者陣の熱量と学生時代の懐かしさを感じさせるような脚本が非常に印象に残っている。
本来であれば、2021年5月に当劇団の代表作である「魔族会議」の再演を観劇したかったのだが、緊急事態宣言の影響により延期となってしまったため観劇出来なかった。

今回観劇した作品は、たすいちの新作公演でVR空間とSNSにまつわる近未来SF物語である。
ストーリーは、学生時代にやれなかったことをVR空間で学生に戻って満喫できるという「replica」のスクールゾーンが舞台となっている。
そのスクールゾーンにはある都市伝説があって、以前亡くなったはずの女性のアカウントが誰かに不正ログインされて活動しているというもの。
そのアカウントは、「私のことを知っていますか?」と出会う人に問いかけてくるという。
果たしてこの都市伝説は誰がどんな目的で行っているのか、真相を暴いていくというもの。

内容としては、VR空間というSF要素と青春もの要素、そしてコメディ、ミステリーとありとあらゆるジャンルを跨ぐようなエンターテイメント作品として仕上がっていて、テーマといいテイストといい非常に若者に受ける作品だったかなという印象。
自分自身もストーリーの展開の早さから予想以上に作品にのめり込めて楽しむことが出来た。

たすいちの作品では恒例のようだが、オープニングの映像と照明演出が非常にカラフルで格好良くて、近未来っぽさを良い意味で引き出していて効果的だったと思う。
またたすいちの作品を初めて観劇してみて感じたことは、作風として柿喰う客と企画演劇集団ボクラ団義(以下ボク団)の中間くらいの印象で、柿喰う客ほど物語展開が意味不明で早口で捲し立てる感じではないが、ビート音に合わせて役者たちが代わる代わる台詞をテンポ良く語っていく演出は似ていると感じた。
また、ボク団のようなエンタメ性に富んだ観客を惹きつけるようなストーリー展開を持ってはいるが、やや展開が急過ぎる箇所があってボク団の作品よりも観客を置いてけぼりにさせる感覚があると思った。

それでも割と自分の好みには合いそうな劇団だったので、これからもたすいちを応援していきたいと思うし、また機会があれば観劇してみたい。
特にボク団や柿喰う客が好きな若い方におすすめしたい劇団であり、作品であった。

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【写真引用元】
たすいち「レプリカシグナル」公式Twitterアカウント
https://twitter.com/tasuichi_stage/status/1446455982280744964


【鑑賞動機】

劇団たすいちは以前から気になっていた劇団であり、2021年5月の「魔族会議」の再演で初観劇しようと思っていたが延期になってしまったため。次回何かしら公演を打つときは優先度を上げて観劇しようと思っていた。
そしてそのタイミングが今作の上演だったので観劇することになった。


【ストーリー・内容】(※ネタバレあり)

「replica」というVR空間は、皆がアカウントを作って仮想上の自分になりきって現実世界では出来ない体験が出来る場所。「replica」のスクールゾーンでは、現実世界の学生時代では体験することが出来なかった青春を満喫出来るという空間だった。GENE(中田暁良)は、「replica」のスクールゾーンで野球部に入部して甲子園を目指したり、文化祭の出し物を頑張ったり、恋愛をしたりと青春を過ごした。しかし、そのGENEの「replica」上での彼女は、「私のことを知っていますか?」と問いかけてくる。不思議な女子だと思っていたGENEだったが、ある日交通事故に遭って彼女を失ってしまう。

オープニング映像が流れる。

「replica」のスクールゾーンに、GENE、大地@恋人募集中(鳥谷部城)、かごめ(星澤美緒)、イシナダ(永渕沙弥)、ANON(白井肉丸)、シエ(中村桃子)、そしてヒガン(大森さつき)がやってくる。彼らは皆スクールゾーンで学生気分に戻って仮想の学生生活を満喫したいようである。
大地はしつこく恋人募集中を連呼して、「女性」と聞くだけでやたらと反応してくるキャラクター。そして、シエとヒガンはどうやらこのスクールゾーンに慣れているらしく、「replica」でのTRPGという仮想空間における探偵ごっこの概要について詳しく語り始める。
その上で、ヒガンはこの「replica」のスクールゾーンにおけるある都市伝説について語り始める。その都市伝説とは、本人はとっくに死んでいるはずなのだが、アカウントだけはなぜかこのVR空間で動き続けているというものだった。そして、そのアカウントは女性で「私のことを知っていますか?」と出会う人出会う人に問いかけてくるというのだ。
その都市伝説を聞いたGENEたちは、気味悪く思っていた。

海月(小太刀賢)という男子高校生がいた。彼は現実世界で友達がいなかった。そのため、彼は学校へは行かずに「replica」のVR空間に入り込んでいた。そこで素敵な女性に出会う。彼女の名前は心菜(細田こはる)。彼女もどうやら学校で孤独らしく、お互いVR空間で仲良くなっていき、そして恋に落ちていった。
しかし、心菜は現実世界で亡くなってしまう。
今でも海月は「replica」のスクールゾーンで学生気分を楽しんでいた。そこへ大地やイシナダたちに出会う。大地はどうしたらVR空間内で恋人が出来るかと悩んでいたが、海月は恋人出来たことがあると心菜との過去の出来事を話す。そして海月はイシナダには見覚えがあった。彼女を心菜の葬式で見たことがあったと、話したことはないけれど。

スクールゾーンの屋上に向かったイシナダ。イシナダは学生時代よく屋上へ上がって、今は亡くなってしまったが心菜という女友達と時間を過ごしていたことを思い出した。そこへ心菜に似ているが、まるで振る舞い方は別人のアカウントに出会う。そこへANONがやってくる。イシナダはANONとは同じ高校のクラスメイトで、心菜のことをよく知っていた。
しかし、その心菜に似ているアカウントが、イシナダに対して「私のことを知っていますか?」と問いかけてくる。そしてまるでそのアカウントは多重人格であるかのように狂った振る舞い方をしてくる。イシナダとANONは気味が悪くなってきて、まさかこのアカウントが例の都市伝説のアカウントなのではないかと疑う。
しかしその瞬間に心菜に似たアカウントは姿を消してしまう。イシナダとANONは追いかけるが彼女を見失ってしまう。

イシナダとANONは、早速シエやヒガンたちに例の都市伝説のアカウントと遭遇したことを報告する。そしてイシナダは、その都市伝説になっているアカウントの本人が高校時代の同じクラスメイトの心菜であることも知らせる。きっと、心菜が亡くなって誰かに不正ログインされて悪用されているのではないかと。
GENEや大地たちもやってきて、なんとかして心菜を探し出そうとする一向たち。ヒガンはこういうときはTPRG(ここではVR空間上で、それぞれが何かしらの役になりきって一つの目的に向かってみんなで達成するゲームを指す)を開催することによって現れるかもしれないと言い、推理系のTRPGを皆で開催することにする。
予想した通り、皆がTRPGで盛り上がっている最中心菜は姿を現す。皆彼女を追いかける。その時、ANONはかごめにちょっとこっちに来てくれないかと声をかけられる。ANONは今心菜探しで忙しいと断ろうとするが、かごめは心菜関連で来て欲しい場所があると言われ、ANONはかごめに着いていくことになる。
イシナダ、GENE、大地たちは心菜を追いかけたがまたしても逃してしまった。

ANONがかごめに連れられてやってきた場所には、心菜と海月がいた。かごめと海月はANONに対して今まで心菜を操作していたのは自分たちであったことを伝える。ANONはかごめと海月に対して怒るが、その時ANONの目の前に立っていた心菜が、一瞬だけ当時の心菜にそっくりだったことに衝撃を受け過去を思い出してしまう。

イシナダ、GENE、大地たちは心菜を逃してしまった上、ANONは一体どこへ行ってしまったのだと思っていた所に、心菜が現れる。やっと現れたと思ったイシナダだったが、そこに現れた心菜が今まで以上に生前の心菜の面影とそっくりだったことに驚きを覚える。
そこへかごめ、海月、そしてANONが現れる。ここで3人による都市伝説心菜の真相が語られる。
かごめと心菜は大学の同級生であった。しかし、心菜は亡くなってしまう。寂しく思っていたかごめは、亡くなった心菜のVR空間上のアカウントがそのままになっているのを発見し、興味本位で自分がアクセス出来るか試してみると、なんと心菜のアカウントにアクセスすることが出来た。するとかごめは、まるで心菜にまた出会えた感じがして嬉しかったのだと。
そこへ海月がやってきた。海月にとって心菜は元カノ。最初は海月自身も死んだはずの元カノをVR空間上でニセモノとして会話することに違和感を抱いていたが、ちょっとした心菜のアカウントの仕草が非常に生前の心菜にそっくりで懐かしく感じたことから、海月も自分で心菜にアクセスして操作し始めるようになる。
かごめと海月は、もっと心菜を心菜に近づけたいと思うようになった。かごめは大学生以降の心菜しか知らないし、海月も元カノとしての心菜しか知らない。そこで、心菜のことをもっとよく知る人物を探し歩くことにした。かごめと海月は心菜に成りすまして「私のことを知っていますか?」とVR空間上にいるアカウントに片っ端から声をかけた。そして、心菜の高校時代の友人であり心菜のことをよく知っているANONやイシナダに出会えた訳だ。そして、ANONが心菜のアカウントに入り込むことによって、より生前の心菜に近い心菜になることが出来たのだった。

イシナダは、こんなことはやってはいけない、今すぐ心菜のアカウントを消しましょうと叫ぶ。どんなにVR空間上で頑張っても、本物の心菜はもう死んでしまっていて会うことは出来ないのだし、まるで心菜を遊び道具として扱っているようにしか思えないと、かごめ、海月、ANONがやったことを批判した。
心菜はまた逃げる。イシナダによってアカウントが消されてしまう危険を悟ったからである。心菜は海月が自由自在にアカウントを操ることの出来るエリアに逃げる。そして、海月のトリックによって皆身動きが取れなくなってしまう。しかしイシナダは、その海月のトリックを取り払って激しく心菜のアカウントの削除を求める。
そこで、かごめが生前の心菜が15個のSNSのアカウントを持っていたことを告げる。一向はその事実に驚く。この事実はイシナダやANONも知らなかった。そこから、生前の心菜にはここにいる誰もが知るよしもない、彼女の裏の性格があったのではないかと推測する。そして、その推測を使ってバイクに乗ってタバコを吸うような心菜に成り代わったりして遊び始める。
かごめが心菜のアカウントに最初に入り込めたのも、心菜はかごめが自分とは違って性格に表と裏がなくて、誰に対しても接し方が同じだったことを羨ましく思ってのことだったのかもしれないと憶測する所で物語は終了する。

前半から後半にかけては非常に面白いストーリー展開で、都市伝説って何だろう、この先どうなっていくんだろうという、次が知りたくなる展開に惹きつけられたが、都市伝説の種明かしのシーンがそのピークで、そこから終盤にかけてはちょっと蛇足だったかなと個人的には感じた。おそらく演出家の意図としては、この作品で訴えたいメッセージ性を強調したい部分だったのだと思うが、そこまで明確にしなくても十分伝わるし、かえって最後の方は集中力が続かなかったので、個人的には省いても良かったんじゃないかと思う。
それにしても、テーマといい、ストーリー展開といい、非常にワクワクさせられる上好みな内容だったので、期待値以上に満足できた内容だった。

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【写真引用元】
たすいち「レプリカシグナル」公式Twitterアカウント
https://twitter.com/tasuichi_stage/status/1446455982280744964


【世界観・演出】(※ネタバレあり)

物語が近未来SFでVR空間上ということもあり、非常にSFを意識した舞台美術が良い意味で効果的な演出になっていたと思う。個人的には好きな世界観だった、特に照明、音響、映像がであろうか。
舞台装置、照明、音響、映像、その他演出の順番で見ていくことにする。

まずは舞台装置から。
シアター711の小さなステージ上には、中央に近未来っぽさを表現するような透明のダイヤモンドで出来たような2つの椅子が置かれている。そして、中央奥には一つのモニターが設置されていて、その周囲にはまるで高層ビルの高層階の透明窓のような四角くて薄紫色のスクリーンが背景に貼られていた。
舞台装置は至ってシンプルだが、これだけでも非常に近未来SFっぽさは満載で客入れ段階からワクワクさせられた。さらに後述する舞台照明によってよりその魅力はアップする。

その舞台照明であるが、近未来SFっぽさを上手く出せた秘訣として以下の2点があると思っている。
1つ目は、色とりどりの派手なカラーを使った照明が効果的であったこと。特に黄色、黄緑、紫あたりの色を織り交ぜながら舞台上を照らしたことによって、それだけでSFっぽさというものを感じられた気がする。これは個人的なイメージの問題かもしれないが、自分は今回の照明演出は物語にしっかりとハマっていたと思う。
2つ目は、照らし方が照明機材を上手くミラーボールのように移動させて動きがあるように見せられていたこと。近未来SFってある種、新しさと懐かしさが混在している要素があると思っていて、1980年代、90年代のSF映画って凄く昭和っぽさというかレトロな印象も色濃く残っていると思うが、その懐かしさみたいな要素も上手く照明演出には取り込まれていると思っていて、ミラーボールのように照明がキラキラと動くって、なんか昭和時代のディスコを思い浮かんできて、凄くSF演出の良さを引き出していた気がした。
あとは個人的に印象に残った照明演出は、オープニングシーンの緑色の光線のようなものが舞台上を照らしていた演出。あれは凄く格好良かったし印象に残っている。

次に舞台音響、音響はSFっぽさというよりは、柿喰う客の作品で流れているようなビートに乗ったストーリー展開を捲し立てるようなテンポの良いBGMが非常に合っていた。
物凄くエンターテインメント性に富んでいる作品なので、ガンガンBGMがかかった方が役者もテンポに乗れるだろうし効果的だったのではないかと。

そして映像は主にオープニングシーンで使われていたので、ここではオープニングシーンの演出について記載する。
たすいちの作品では、オープニング映像のクオリティが高いというのは毎度のことのようなのだが、初めてたすいちの作品を観劇した私もその映像のクオリティには感動した。
まず、序盤の方に登場するモニターの砂嵐が物凄く良い味を出している。SFという世界観を上手く体現していた。そこからのSF感を出しながらの、「たすいち」のロゴと各キャスト陣の紹介映像。これだけで観客は作品に没入出来てしまう。非常に格好良かった。また音楽と照明ともよく合っていた。こうやってオープニング時にキャストと名前を出してもらえると、名前も整理しやすいから非常に助かると思った。

最後はその他演出について見ていく。
まず、たすいちの役者は基本30歳前後の方が多いと思うのだが、彼らが学生のように制服を着て演技していても違和感がないっていうのが凄いと感じた。外見が若くみえるというのもそうだと思うのだが、学生のように若くてフレッシュな演技が出来ているからだと思う。本当に全然違和感を感じなくて後で振り返ってみてびっくりした。
今のシーンがスクールゾーンの屋上なのか、TRPGエリアなのか、その辺が照明が切り替わっただけだったのでわかりにくかった気がする。そこまで舞台装置を使っていないので難しいと思うが、少々混乱したポイントだった。
衣装は、シエの衣装が非常にメルヘンで目立っていた印象。衣装はSFっぽさというよりは学園もの色が強くて割とエンタメ性を効かせたチョイスだったのかなと思った。違和感はなかった。
あとは、もう少しギミック的演出があっても良かったのかも。小道具とか縄跳びくらしか思い浮かばないし、VR空間と言えどもっと物は沢山あると思うので、物と役者が触れ合う演出があっても面白かったと思う。

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【キャスト・キャラクター】(※ネタバレあり)

役者陣は、シアター711という小劇場で芝居を観たからか、非常に迫力を感じられて好きだった。
特に印象に残った数名を紹介していく。

まずは、GENEを演じていた劇団たすいち所属の中田暁良さん。彼はイケメン枠ですね、そして非常に爽やかでモテそうな顔立ちの役者。公演パンフレットを見たら、中田さんはNHK大河ドラマ「青天を衝け」の吉沢良成役でも出演されているのだそう。小劇場出身の劇団からNHK大河ドラマに出演しているってなんか嬉しくなってしまう。
パーマを効かせた髪型に高身長でとても明るい性格である点が印象に残る。特に、序盤での青春をVR空間で謳歌するシーンは最高だった。

次に、大地@恋人募集中を演じていた劇団たすいち所属の鳥谷部城さん。彼はお笑い枠ですね、ボク団でいう大神拓哉さん的ポジション。とにかくしつこいくらい恋人募集中を連呼していて、女性と隣になるとすぐ反応するというクズっぷり。劇中の笑いも基本鳥谷部さんがもっていっていた印象。
シアター711という小劇場だから尚更なのだが、非常に声量が大きくて通る声をお持ちで、非常にパワーを感じた。特に序盤は彼のパワーによって物語に引き込まれた部分もある。ただ、ストーリーの核心となるようなキャラクターではないというのがまた味噌で良いところ。
非常にキャラクターとしても確立していたし、見ごたえのある存在感のある役者だったので、他の作品でもっと観たいと思った。

次に海月を演じていた劇団たすいち所属の小太刀賢さん。彼はミステリアス枠でしょうか、メガネをかけていて高身長で大人しい感じのキャラクターを演じていた。彼の落ち着きのある演技はとてもハマっていて、彼に関しては今作の物語のキーとなる役柄でもあったので、作品にフィットしていた。
学生時代に友達がいなくて、VR空間上で見つけた心菜に恋心を抱くあたり、そして心菜は死んでもアカウントだけは残っていて心菜に成りすましてしまおうという発想、全て共感出来るしお気に入りのキャラクターの一人だった。
またときには悪者のように不気味で怪しいオーラを出す辺りも丁度良い。

ANON役を演じた劇団たすいちの白井肉丸さんも良かった。
彼女は「池袋ポップアップ劇場」の「名前のない名前を呼ぶ冒険」でも出演していて、良い不良役を演じていたことも印象に残っている。今回は不良役という訳ではないが、かごめや海月たちに説得させられて心菜のアカウントに入ってしまった辺りは凄く共感出来る。自分でもああやって説得されたらアカウントに入ってしまう気がする。その辺が共感出来たのでキャストとして印象に残った。

ヒガン役の大森さつきさんも印象に残った。すらっとした細い体つきで、あの若干緑がかったウィッグが好きだった。そして凄く魅力的に感じられた。ファンタジーの世界って素晴らしい。

そして、今作品の個人的MVPであり、物語の中でも最もキーマンとなった心菜役を演じた、劇団たすいちの細田こはるさん。
細田さんの演技も「名前のない名前を呼ぶ冒険」で印象に残っていたが、今作品はそれを上回る怪演ぶり。
彼女の演技が素晴らしかったポイントは、心菜は色々な人物に乗っ取られるため、変幻自在な演技が出来なければいけないが、そこを上手く熟していたということ。そしてアンドロイドらしく、そして時には人間らしく。
物語のキーとなる役なので、色々と苦労はあったと思うがそれを物語全体として違和感なく熟していたというのが素晴らしかった。
そして、彼女自身も演技としてかなり迫力があって見応えがある。芝居慣れしているなという印象。特に印象に残ったのが、客席側を睨みつけた状態で停止する演技、かなり顔面的にもインパクトがあって好きだった。

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【写真引用元】
たすいち「レプリカシグナル」公式Twitterアカウント
https://twitter.com/tasuichi_stage/status/1446455982280744964


【舞台の考察】(※ネタバレあり)

今作品の舞台はVR空間の世界。そこで思い出される過去作品といったら劇団ノーミーツの「むこうのくに」である。「むこうのくに」は、オンライン演劇としてzoomで上演された作品であるが、仮想空間が舞台ということで今作品と共通している。
さらに共通している部分と言ったら、その仮想空間自体が現実世界で上手く行っていない人間にとっての理想郷(ユートピア)になっているという設定である。
「むこうのくに」では、現実世界で友達のいない主人公のマナブが仮想世界の「ヘルベチカ」でアバターの友達を作って生活を楽しんでいたが、今作の登場人物たちも現実世界で出来なかった青春を取り戻すために「replica」というVR世界に入り込んだという設定だった。両者は現実逃避の手段ということで、仮想世界が選ばれている。

そしてそういった状況は、実際問題現実世界でも起こっている。SNSの世界、オンラインゲームの世界は、ある種現実からの逃避という側面があって、現実世界で上手く行っていないつまらない人たちの逃げ場所になっていることは否めないだろう。実際に自分も、Twitter上で繋がっているコミュニティは普段の仕事とは一切関係のない、趣味の範囲での交流である。そこに行く(逃れる)ことによって、ある意味仕事という現実から背を向けられる時間が作られているような感じがある。
それは良くも悪くもといった状況で、昔と違って現実逃避出来る世界を誰もが持てるようになったというのは素晴らしいことだと思う。もし、そういったSNSやオンラインゲームのような仮想世界が存在しなかったら、それはそれで生きづらい世の中だったと思う。

一方で、仮想世界には怖い側面も存在する。その一つが、今作品の都市伝説から見えてきた多重人格性とアイデンティティの問題である。自分とは何なのだろうということである。
心菜は、SNS上で15個のアカウントを上手く使い分けて生きてきた。そして接する人によっては態度を変えて生きてきた。そのため、その人その人から見えた心菜の印象は随分違うものだった。
このテーマは考えてみれば非常に興味深いことだと思う。基本的には誰もが日常生活において色々な仮面を被って生きていることだろう。オタクとしての仮面、恋人としての仮面、仕事上での仮面。そういった仮面というものは昔から存在した。
しかしSNSの普及によって、その仮面というものが顕在化したように思える。それはSNSのアカウントを複数使い分けることによってかもしれない。自分というものがよりキャラクターとして分解されてしまった状態を作ってしまった。

仮想空間では偽ることができるが、現実世界では偽ることは出来ない。偽ることが出来るからこそ快適に過ごせることもあるが、そこには本当の自分が全て存在していないということも念頭に置かなくてはいけない。
これからますます仮想空間というものの重要性は高まってくると思われるが、仮想空間のデメリットと、現実世界におけるホンモノの感覚を大事にしながらこれからも生きていきたいと思う。


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