舞台 「世界は笑う」 観劇レビュー 2022/08/11
公演タイトル:「世界は笑う」
劇場:Bunkamuraシアターコクーン
劇団・企画:COCOON PRODUCTION 2022 × キューブ
作・演出:ケラリーノ・サンドロヴィッチ
出演:瀬戸康史、千葉雄大、勝地涼、伊藤沙莉、大倉孝二、緒川たまき、山内圭哉、マギー、伊勢志摩、廣川三憲、神谷圭介、犬山イヌコ、温水洋一、山西惇、ラサール石井、銀粉蝶、松雪泰子
公演期間:8/7〜8/28(東京)、9/3〜9/6(京都)
上演時間:約225分(途中休憩20分)
作品キーワード:昭和レトロ、コメディ、舞台美術、プロジェクションマッピング
個人満足度:★★★★★☆☆☆☆☆
日本を代表する劇作家・演出家のひとりである、ケラリーノ・サンドロヴィッチさん(以下KERAさん)の新作公演を観劇。
今作は、KERAさんが主宰する劇団「ナイロン100℃」を運営する株式会社キューブの25周年記念公演として、瀬戸康史さん、千葉雄大さんなど総勢17名の豪華キャストを起用しての舞台作品となっている。
舞台は、昭和30年代前半の新宿、戦後10年ほどが経過して高度経済成長を遂げようとしている活気づいた日本。
当時の娯楽・エンターテイメントの中心は、軽演劇(ストーリーやメッセージ性よりも娯楽性を重視している演劇)を扱うムーラン・ルージュ新宿座から、ストリップショー(舞台上で主として女性のダンサーが、音楽に合わせ服を脱いでいく過程を見せるショー)を行う浅草フランス座へと移り変わる時代。
架空の劇団「三角座」の劇団員たちがそんな時代の潮流に抗いながら、自分たちのスタイルで喜劇を貫こうとする物語。
KERAさんの戯曲にしては伝えたいメッセージは分かりやすく、ナンセンスコメディではなくて普通の喜劇で取っつきやすいといった所。
ドタバタが続くコメディというよりは、要所要所で他愛もない会話で笑いをとるシチュエーションコメディに近いかもしれない。
私が開幕回を観劇したせいでもあるかもしれないが、途中休憩合わせて3時間45分という長丁場な作品で、役者同士の会話も歯切れの悪い箇所も観られたり、やや中弛みするような場面もあってブラッシュアップの余地はかなりあると思った。
しかし、戦時中でも決してコメディ作品を辞めない姿勢と時代の変遷に抗いながら自分のスタイルを貫き通す劇団「三角座」の喜劇人たちが、コロナ禍でも舞台を上演し続けようとする演劇人たちと重なってきて、時代は違えど共通点は現代と凄く多いのだなと痛感させられた。
なんといっても舞台美術がとても豪華。
シアターコクーンが昭和30年代前半の新宿になったり、ストリップ劇場になったり。
まるでタイムスリップして昭和レトロな世界に迷い込んだかのような贅沢な時間を満喫することが出来た。
またキャスト陣も豪華で夢のようだったのだが、それ以上に彼らの喜劇人としてのぶっ飛んだキャラクター性に惹かれた。
大倉孝二さん演じる喜劇人多々見鰯役は、Netflix映画「浅草キッド」の深見千三郎にも通じるような時代の変遷に頑固に抗い続ける肝の強さを感じられて魅力的だったし、温水洋一さん演じる青木単一は、歳をとっても喜劇人として振り落とされずにくっついてくる昭和人の根性を感じる。
また、座長を演じる山西惇さんは、昭和の親父といった厳しさを感じられて好きだった。
長丁場な演劇作品ではあるものの、これはNetfilx映画「浅草キッド」やNHKドラマ「アイドル」と合わせて背景知識を付けた上で観劇すると、より昭和娯楽への理解度も増して堪能出来る演劇作品に違いないと思った。
↓戯曲『世界は笑う』
【鑑賞動機】
ナイロン100℃の公演である2021年11月に上演された「イモンドの勝負」を観劇して、KERAさんの描くナンセンスコメディの独特さに惹かれたことで、またKERAさん作演出作品も観劇したいと思っていた。
また今作は、瀬戸康史さん、千葉雄大さん、勝地涼さん、伊藤沙莉さん、大倉孝二さん、神谷圭介さん、温水洋一さん、ラサール石井さんという超豪華キャスト且つ名で演技を観てみたい有名人が多数出演していたのも決めての一つ。
また昭和の喜劇人たちの群像劇という内容にも非常に興味を唆られていて非常に楽しみにしていた。期待値は非常に高めだった。
【ストーリー・内容】(※ネタバレあり)
内容・ストーリーはあくまで、私の覚え書きなので捉え切られなかった箇所、間違っている箇所もあると思いますので、ご了承頂きたい。
昭和32年の新宿の夜、秋野撫子(伊藤沙莉)は夜の新宿を駆け回る。それを追いかける有谷是也(千葉雄大)。2人はどうやら劇団員らしく、秋野は台詞が覚えられず劇団を抜け出したようで、それを同じ劇団員の有谷が呼び戻しに来たようである。
2人が去ると、今度は酔っ払った2人の会社員(勝地涼、山西惇)がやってくる。会社員の一人はかつらを被っている。彼らが会話をした後、新宿の夜の犬の遠吠えに呼応して一人の会社員が叫ぶ。
オープニング。
プロジェクションマッピングによる映像が流れ、キャストが一人ずつ紹介される。
昭和33年春。
青木単一(温水洋一)は、電気屋のショーウィンドケースに置かれているモノクロテレビを観ている。青木は巾着袋を背負って落ちぶれた格好をしている。そこへニッポン放送のテレビ局のプロデューサーの斉藤(ラサール石井)とアシスタント・ディレクターの根岸(神谷圭介)が通りかかる。青木は彼らをテレビ局の人間だとは知らずに、最近のモノクロテレビによるストリップショーなどの喜劇は、ストーリー性などなく頭を使わなくても誰でもゲラゲラ笑える中身のないものばかりだと批判する。
山吹トリコ(緒川たまき)が建物の2階の窓を開けて、テレビ局の紳士たちに話しかける。山吹は陽気なテンションで彼らを見つけ、下に降りてこようとする。斉藤は、山吹のことを劇団三角座の看板女優だと紹介し、彼女は田舎出身なので東京のことは何にも分かっていないだろうと言う。根岸は劇団三角座のことを知らず、それはいくらなんでも勉強不足だと斉藤は根岸のことを叱る。
山吹は川端康成(廣川三憲)と共に屋外に現れる。山吹は川端に非常に可愛がってもらっているらしく、2人でいつも行動を共にしているようだった。
山吹と川端にテレビ局の紳士たちは自己紹介する。そこで初めて斉藤と根岸が何者であるかを知った青木は、先ほどの無礼は失礼しましたと態度を一変する。そして、自分もテレビへ出演させてくださいと斉藤と根岸に懇願する。
一方、呉服屋の店員がその間ショーウィンドウケースに飾っていたマネキンの服を脱がせようとしており、挙句の果てに衣服を破いてしまっていた。
青木に懇願されながら、テレビ局の紳士たちが去る時に道端にいた義足の元兵士(山内圭哉)の帽子を遠くに投げ飛ばす。
ラーメン屋「東々亭」の亭主マルさん(マギー)が自転車でラーメンを出前する時に、誤って人にラーメンをぶっかけてしまう。
多々見鰯(大倉孝二)が現れる。多々見は義足の元兵士に話しかける。どうやら義足の元兵士は太平洋戦争で満州で戦争で足を負傷して義足になったようだった。多々見は、自分には多々見走という兄がいて、劇団三角座で喜劇人として活躍していたが、戦時中に同じく満州に戦争に行ってからは戻ってきてないのだと言う。多々見走が今も劇団三角座にいたら、ここまで凋落しなかっただろうと嘆き、そしてその場を去る。
米田彦造(瀬戸康史)がやってくる。彼は義足の元兵士に、劇団三角座の小屋はどこかと尋ねる。どうやら米田には弟がいるらしく、弟は劇団三角座で役者をやっており、兄の自分自身も今日から劇団三角座でお手伝いとして働くのだそう。義足の元兵士は彦造に劇団三角座の場所を教え、彦造は教えられた方向へ向かう。
昭和の衣装に包まれた女性たちが踊りながら歌を歌い、場面転換される。
昭和33年夏、劇団三角座の劇場内。どうやら昼休憩中のようで、役者たちが弁当を食べている。
多々見鰯と大和錦(勝地涼)は早々とご飯を食べ終わったが、山屋トーキー(ラサール石井)は呑気に昼飯を食べている。多々見は、近年ではモノクロテレビの台頭と、浅草・丸の内でのストリップショーブームによって、劇団三角座含め新宿の喜劇の失墜にむしゃくしゃしている。
青木単一が青いナポレオンのような派手な服を着て劇場を徘徊する。そして劇場内で小便をしてしまう。
劇団三角座の手伝い人として働いていた米田彦造は、青木の小便の後始末を依頼され、渋々承知する。
彦造が青木の小便を片そうとした時、弟の有谷是也がやってくる。彦造は、床にこぼれているのはお茶であると嘘をついて、有谷に小便の後始末をやらせる。
有谷はまさか小便だとは思っていなかったので、兄の言われるがままに雑巾で床を拭く。しかし臭い、本当にお茶かと疑う。
有谷は小便の後始末が終わると、彦造がずっと「機材トラブル」のことを「機材トラベル」と言っていたので、「トラベル」は「旅行」だぞと教えて去っていく。
彦造の元に、座長の妻であるママ(伊勢志摩)がやってくる。彦造はママに、劇団三角座に今も居座っている鈴木初子(松雪泰子)のことが好きであることを伝え、電話でデートに誘う模擬練習をすることになる。しかし、あまりにもママが初子のモノマネが下手であったため、役を入れ替えることになる。
劇場の舞台袖で、山屋トーキーが死亡しているのを発見して大騒ぎになる。劇場に役者たちが集まってくる。
そこへニッポン放送のテレビ局のプロデューサーとアシスタント・ディレクターの斉藤と根岸もやってきて、記者(廣川三憲)もやってくる。記者は、大和錦や有谷是也といった若手の人気俳優に対して、テレビで売れ始めたことについて取材を始めた。テレビ局の人間たちは、ぜひとも長野で喜劇をやってほしいと彼らに懇願する。
その光景を見た多々見は激怒する。記者に対して、喜劇のことを何も分かっていないくせに若い奴らに取材をするなと。
秋野はそんな多々見に対して、有谷が書いた喜劇の脚本を呼んで欲しいと言って台本を渡す。有谷は喜劇俳優として活躍するだけでなく、脚本家としても活動していることをアピールする。有谷は、自分が書いた台本であるということは伏せて稽古で使用したかったのに、先にそれを言ってしまうなと秋野を叱る。
多々見は有谷が書いた喜劇台本を読みながら、良くかけていると感心する。そのリアクションを聞いて、秋野は有谷と一緒に嬉しがる。
山吹トリコが服に血糊を付けて劇場を駆け回る。一同は一瞬驚くが、山吹自身が血糊だと主張しているので放置する。
その後、テレビ局のプロデューサーの斉藤が肩から血を流して劇場にやってくる。一同は再び驚く。斉藤は、大した怪我ではないと一同をなだめて去っていく。
座長(山西惇)は、有谷が書いた台本を、役者皆で声に出して呼んでみようと言う。台本稽古が始まる。服部ネジ子(犬山イヌコ)が勝手に台本をアレンジして台詞を付け加えると、余計なことを入れるなと座長が叱る。
そこへ米田彦造が劇場へ入ってきて、ママに無事初子を映画に誘うことに成功したとヒソヒソ声で伝える。するとママはそれを座長に伝え、座長が全員の前で彦造が初子と映画デートに行くことを周知する。一同は湧き上がる。そして彦造はママに、なんで言ってしまうんだと文句を垂れる。
幕間に入る。
場所は長野の旅館。
昼間に有谷が書いた2本目の喜劇脚本のお披露目をした後の模様で、反応はそこまで良くなかった模様であった。
大和錦と秋野は口論をしてしまい、皆の前で見苦しいところを見せてしまう。
彦造は、旅館の池の鯉26匹全てに名前を付けていた。彦造は初子にプロポーズしようと婚約指輪まで用意していたが、誤って池に落としてしまい、鯉が婚約指輪を食べてしまう。彦造は急いで鯉を捕まえて吐き出させようとするが、結局鯉の腹を割いて取り出す他はなく断念する。
旅館の番頭(マギー)は、劇団三角座の金庫から金を持っていこうとする。
青木は部屋の窓から飛び降りそうになったと聞いて、ネジ子が助けに行く。
山屋トーキーの亡霊が旅館内に現れる。
初子の元へ、以前の夫で満州へ戦争に行ったまま帰って来なかった多々見走(大倉孝二)が現れる。初子は、きっと走は満州の地で新たな家庭を築いてそこで幸せな暮らしをしていると思っていた。なぜ、今になって急に日本に戻ってきたのかと走に尋ねる。
彦造と有谷の兄弟は、虫が沢山やってくる悪夢や、亡霊に取り憑かれるような悪夢に襲われる。
劇団三角座の人間が集合し、三角座の金庫の中の金が亡くなっていること、そして初子と多々見鰯がなぜか2人で車に乗って夜逃げをしたことが発覚する。多々見鰯は、いや俺はここにいると名乗りを上げる。
彦造の初子に対する想いが録音で語られながら場転する。
昭和34年の新宿の夜。
大衆居酒屋で紳士たちは飲んでいる。世間の人々は皆モノクロのテレビでの喜劇に釘付けで劇場で喜劇を見なくなってしまったと嘆く。そして劇団三角座も半年前に解散したことも嘆いていた。
隣のスナックから女性たちが出てきて会話している。
その横には、彦造が店員をやっている居酒屋があった。そこに田舎からやってきた男女2人(千葉雄大、伊藤沙莉)が道を尋ねる。彦造は道案内をする。
その後、義足の元兵士がやってきて、彦造のことを見て数年前劇団三角座の場所を教えた時のあんたかと驚く。彦造も驚き、自分は劇団三角座で手伝いとして働いた後、劇団が半年前に解散してからここの居酒屋で働いているのだと言う。弟の有谷は劇団が解散した後、喜劇脚本を頑張って書いて売れようと務めていると言う。
そこへ彦造の元に、有谷から電話がかかってくる。どうやら有谷の脚本を掲載したいという出版社が現れたようである。ここで上演は終了。
KERAさんの脚本にしては難しい内容ではなく、むしろKERAさんの脚本なのか?と疑ってしまうくらいナンセンスコメディの癖は感じられなかったが、全体的に間延びや中弛みが多い印象で、物語がすんなりと脳裏に入ってこなかった。上演時間が長いというのもあったと思う。集中力が切れてしまった上、中弛みもあったので少々退屈に感じたシーンも中盤はあった。
ただ、この脚本が訴えたいメッセージ性は分かりやすく、そして個人的にも好きなテーマである。時代の変遷と、それに抗う喜劇人たち。結局時代の流れに逆らうことは出来ず惨めになっていく。でもその惨めさにドラマと魅力を感じられる。
個人的には、もっとテレビとストリップショーと従来の喜劇の対比を取り入れて欲しかった。もっと最後はグッとくるシチュエーションが欲しかった。
【世界観・演出】(※ネタバレあり)
昭和レトロな新宿の街並みが広がる、シアターコクーンが昭和30年代の劇場に切り替わる。非常に豪華な舞台セットと、KERAさんらしいプロジェクションマッピングのギミックの数々は非常にエンターテイメントとして楽しめて贅沢な観劇体験となった。
舞台装置、映像、舞台照明、舞台音響、その他演出の順番で見ていく。
まずは舞台装置から。
大きく分けて、第1幕では新宿の街並みと劇団三角座の劇場内のシーン、第2幕では長野の旅館と新宿の街並みのシーンの合計4つのシチュエーションが存在し、それぞれで全く異なる舞台セットが用意されている。
まず第1幕の新宿の街並みについて。下手手前側に家電量販店の建物と、ショーウインドウケースが置かれそこにはモノクロテレビが3台並んでいて、そのモノクロテレビも置物ではなく、しっかりとモノクロ映像が映るようになっていて、かなり再現性の高い道具が舞台道具として使われていたことが窺える。その奥には貸本屋の建物と、貸本がずらりと並んだ舞台装置が用意されていた。ステージ中央には舞台手前から舞台奥目掛けて伸びる道路がある。上手手前側には、呉服屋の建物がありそこにもショーウインドウケースが置かれ、中には衣服を着たマネキンが一体いた。このマネキンは劇中で呉服屋の店員に服を脱がされそうになるが失敗するシーンに使われる。その奥には、山吹トリコと川端康成がいた建物が存在していた。ステージ奥には下手から上手に向かって電車の線路のようなものが走っていた。さらに、オープニング前の一番最初の夜のシーンでは、舞台上部に大きな三日月と星が書かれた幕のようなものがかかっていて、非常にロマンチックでノスタルジーな光景で好きだった。
場転して、第1幕の劇団三角座の劇場でのシーンの舞台装置は、ステージ奥に下手から上手にずっと劇場のステージがあり、その手前がだだっ広い空間として役者たちかくつろげるようなエリアとなっていた。下手側と上手側の捌け口には、「劇団三角座」と書かれた暖簾が下がっていた。なんとなく、Netflix映画「浅草キッド」に登場する浅草フランス座(現在の浅草東洋館)に似た造りだったと感じた。
第2幕の長野の旅館の舞台装置は、まずステージ手前が1階部分になっていて、上手側に階段が設置されていて2階部分も下手から上手に水平に伸びている。さらに、2階部分から中央に階段があって3階部分も上手側のみ存在する。1階部分は下手側が温泉に続いていて、その横にはソファーとテーブルが置かれている。1階上手側にはバーカウンターがあり、一番上手側には旅館の玄関口がある。2階部分は、下手側が中庭になっていて、26匹の鯉がいる池もそこにある。3階部分には掛け軸と通路があるのみ。全体的に赤く洋風な旅館で、プロジェクションマッピングと合わせて、掛け軸部分がひっくり返ったりなど仕掛けもあった。
第2幕の新宿の街並みは、第1幕のものとは大分異なる。下手側に大衆居酒屋の建物が一番手前側にあり、その奥にスナックの建物がある。スナックの建物は入り口が2階部分にあって、そこから螺旋階段で下に降りる構造になっている。上手側には、彦造が働く居酒屋があって大衆居酒屋とは違い、完全に扉が閉まって暖簾がかかっていて屋内にのみ席が存在する。ステージ奥には相変わらず下手から上手へと水平に線路がある。
昭和レトロな街並みがシアターコクーンの舞台上にあるだけでも感動するのに、シーンによって場転して劇場になったり旅館になったりとかなり豪華で贅沢な舞台装置を堪能出来て大満足だった。劇団三角座の劇場に関しては、ステージにさらに劇場を仕込むという発想が面白くて、まるでタイムスリップしたような感覚に陥って好きだった。
次に映像について。
今作ではKERAさん演出舞台作品らしくプロジェクションマッピングが使用されている。プロジェクションマッピングが使用されていたのは大きくは2箇所あって、一つはオープニングの箇所、もう一つは旅館のシーンでの有谷が悪夢にうなされるシーンである。
オープニングシーンでは、新宿の街並みの建物を背景にキャスト紹介のプロジェクションマッピングを役者の動きと合わせながら流していくのが非常にレベルが高く格好良かった。
旅館のシーンでのプロジェクションマッピングは、虫が大量発生するプロジェクションマッピングと、黄色や紫のwindows media playerの映像で流れるような幾何学模様が癖になった。
次に舞台照明について。
個人的に好きだったのは、一番最初の夜の新宿のシーンの照明。舞台セットもあるからなのだろうが、あの街全体が眠りについた中で、秋野が街を駆け巡る感じが印象的で、あれは大分照明効果によるシーン作りも大きいなと感じた。
旅館のシーンでの花火の照明も良かった。音響と共に「ヒュ〜ン、バン」って音と共に、舞台全体が青白く明るくなる感じ。好きだった。
次に舞台音響について。
個人的に好きだったのが、客入れ、幕間中の昭和30年代のテレビCMの音楽。これが堪らなかった。知っているのはカステラの「文明堂」のCM音楽くらいだったのだが、あの雰囲気作りは昭和30年代の世界へいざなうためにも非常に効果的な音楽だったと思う。
第1幕の新宿の街から劇団三角座の劇場へ場転する途中で、女性たちが踊りながら歌を歌っていたが、あの曲の雰囲気も好きだった。昭和を感じた。
第2幕の旅館から新宿の街へ切り替わる場転で、彦造の初子への想いが録音で流されながら場転していたが、あそこはあまりにも舞台上が場転という感じがし過ぎて、あまり音声に集中出来なかった。もう少し演出を工夫して欲しかったと個人的には感じた。
最後にその他演出について。
自分はあまり観たことがないが、全体的に吉本新喜劇みたいな感じで、ストーリーに全く無駄がないとかそういう感じではなく、ただ喜劇人たちの日常がそこでは描かれている感じで、その日常にクスクス笑えるようなエピソードがいくつも入り込んでいる感じだった。
ラーメンをかぶってしまったり、池から釣った鯉がバカでかかったり、そういうオーバーな描写が多少ドタバタコメディの要素を持っているのかもしれない。ドリフターズのような笑いの誘い方がそこにはあった。
あとは、衣装が当時の時代の人々の衣装を反映していて、個人的には好きだった。特にテレビ局の2人の紳士の衣装は好きだった。また、大和錦、有谷是也といった若手喜劇人のヤクザっぽさも好きだった。いかつくて格好良かった。
また言葉選びも好きで、「機材トラベル」は印象に残った。
【キャスト・キャラクター】(※ネタバレあり)
とにかく17名の豪華キャストが勢揃いしていて、まるで夢でも見ているかのような観劇体験だった。山内圭哉さん、犬山イヌコさん、大倉孝二さん、マギーさんといったナイロン100℃の常連俳優に加えて、瀬戸康史さん、千葉雄大さん、勝地涼さん、伊藤沙莉さんなどといった、今ブレイク中の若手俳優も多数出演されていて、豪華絢爛といったところ。
特に印象に残ったキャストをピックアップしていく。
まずは、主人公である米田彦造役を演じた瀬戸康史さん。瀬戸さんは、シス・カンパニーの「23階の笑い」、瀬戸山美咲さん作演出の新作公演「彼女を笑う人がいても」に続き3度目の演技拝見である。
瀬戸さんは普段若くて真面目で新米な主人公の役をやることが多い印象で、特に「23階の笑い」でも新米の放送作家の役をやっていた。今作では、真面目で新米という点まではたしかにそうなのだが、それに加えて世間知らずな役といった印象も強く、「機材トラブル」を「機材トラベル」と言ってしまったり、劇団三角座のお手伝いさんということでかなりピュアだけど下っ端な役柄という設定で、そこがまた新鮮だった。
私は今回の客席自体が結構後方でキャストの顔や表情がそこまでくっきりと観られなかったため、今作の米田彦造が無性に神木隆之介さんのようなピュアで新米の役にも見えた。可愛い少年という印象が強かった。
でも時代の変遷に揉まれながら、そして鈴木初子という女性に(おそらく初めて)恋をして振られながら、彼は彼なりに成長していく姿にも心打たれた。そして、誰よりも弟の有谷是也想いなあたりも結構若い女性にウケるポイントなのではないかと思う。
次に、米田助造こと有谷是也役の千葉雄大さんも素晴らしかった。千葉さんの演技は、ノーミーツのオンライン生配信ドラマ「あの夜を覚えてる」で演技を拝見するなど、映像で拝見したことはあったものの、舞台での演技拝見は初めて。
千葉さんもどちらかというと、瀬戸康史さんと同じ系統で生真面目でピュアな新米という設定がよくありそうな気がしていたが、今作では若手喜劇人であるが腕のある脚本が書ける将来有望なキャラクターとして登場している。千葉さんが、ちょっとヤクザっぽくクールな感じで劇団三角座の先輩喜劇人たちを若干下に見るような生意気な態度がまた好きだった。
そして兄の彦造とのやり取りもなかなか良かった。兄弟仲は物凄く良くて、逆に兄である彦造が有谷に嫉妬せずに仲良く出来ているあたりが面白かったりするのだが、完全に生意気なキャラになりきって兄を見下す訳ではない姿がまた好きだった。
それから、彼女である秋野撫子と仲睦まじい様子も観ていて心動かされた。
大和錦役を演じた勝地涼さんも格好良かった。勝地さんの演技も生で拝見するのは初めてだったのだが、米田兄弟とはまるで違って、ヤクザ色の強い若手喜劇人だった。若いことを良いことに生意気言っている感じが好きで、勝地さんはそこを上手く男らしく演じていらっしゃった印象。とても厳つくて格好良かった。
また妹の秋野からは慕われていないのが悲しいところで、そこがある種大和らしく弱点なところかなとも思う。男らしいけど慕われていないあたりが彼らしかった。
秋野撫子役を演じた伊藤沙莉さんも非常に良かった。伊藤さんの舞台での演技拝見も初めてだったのだが、ハスキーで独特な声は伊藤さんらしくて好印象だった。
ただ個人的に一番グッときたのは、彼氏である有谷との仲であろう。有谷はイケメンで格好良くて、今までの喜劇人からするとちょっとやはだが、脚本家としての素質もある。若い女性からすればモテる条件の揃った憧れの対象である。そんな有谷と付き合っていて、彼にずっと付いて回る秋野がなんとも可愛らしかった。いつも彼に味方して彼のサポートをしようとする秋野の姿が印象的だった。
多々見鰯役を演じた大倉孝二さんも非常に素晴らしかった。大倉さんはナイロン100℃の公演「イモンドの勝負」で演技を拝見している。
劇団三角座に思い入れがあって、徐々に沈みゆくその劇団三角座にいながら、時代の変遷を感じ、憤り、新しきものを何かと理由をつけて拒み、過去の栄光にすがろうとする姿に色々心動かされた。
今後テレビへの露出も多くなって有名になっていくであろう有谷に対する一種の悔しさみたいな感情も凄く手に取るように分かる。受け入れたくない、自分だって面白いと思ってやってきて兄の多々見走に多くのファンがいた時同じ状況だったのに、戦争のせいでムーラン・ルージュ新宿座は衰退した。その歯がゆさがとても良く分かって深かった。
青木単一を演じた温水洋一も非常に好演だった。温水さんはKERAさん作品以外で、オフィスコットーネの「物理学者たち」や、イキウメの「関数ドミノ」で演技を拝見してきたが、今回の青木のような落ちぶれた役は初めてだったので新鮮に感じた。
多々見以上に時代に取り残さて、もはや時代にくっついていかないとと焦る感じが好きだった。序盤のモノクロテレビをディスるシーンが好きだった。
座長役を演じた山西惇さんも良かった。
あの昭和の親父っぽさ、厳しくものの言い方が上からで貫禄があって、昭和に生きる男性らしいリーダーっぽさが非常に良かった。
鈴木初子役を演じた松雪泰子さんも素晴らしかった。松雪さんの演技拝見も今作が初めて。
初子がずっと夫である多々見走のことが忘れられず、劇団三角座に留まり続けるのが凄くよく分かるし、きっと彼女の若かりし頃は秋野撫子のようだったのだろうなと思う。
そして長野の旅館でいきなり多々見走が現れて、そのまま満州へ夜逃げしてしまうシーンもなかなか印象に残る。若い頃に憧れたものって一生の宝物なのだろうなと感じる。
【舞台の考察】(※ネタバレあり)
個人的には、この昭和30〜40年代の高度経済成長期とその後の日本を舞台にした作品はとても大好きで、Netfilx映画「浅草キッド」は非常に好みな映画作品だった。
太平洋戦争が終わって、日本がどんどん豊かな国になっていく。それと共に文化も時代の変遷を受けて変貌していく様は、どことなく今の日本とも通じる部分があるからだろうと思う。
「世界は笑う」の舞台である昭和30年の喜劇について考察した後に、その時代変遷が今の世の中とどうリンクするかについて書いていきたいと思う。
昭和30年代というと、1964年の東京オリンピックが開催されたまさに高度経済成長期の真っ只中であった。徐々にモノクロテレビが普及していって、1964年頃にはカラーテレビも普及するだろうと言われていた昭和30年代前半を、この物語は扱っている。
この時代の喜劇といえば、軽演劇といってストーリーやメッセージ性よりも娯楽性を重視している演劇から、ストリップショーという舞台上で主として女性のダンサーが、音楽に合わせ服を脱いでいく過程を見せるショーへと変遷していく真っ只中だった。モノクロテレビの普及によって、田舎に暮らすどんな人でも娯楽を楽しめる世の中になろうとしていた。それまでは、劇場や映画館へ足を運ばないと娯楽を楽しめなかった時代から、家庭でもモノクロテレビによって娯楽を楽しみ人々の感性や価値観も大きく変わっていった時代だったのではないかと思う。
劇中でも登場するが、そんな時代の変遷に伴って、ストーリーを重視しないコメディが大衆にウケる時代となっていき、青木単一は嘆いたのであろう。軽演劇の中心であったムーランルージュ新宿座のある新宿から、ストリップショーの中心であった浅草フランス座のある浅草へと娯楽の中心地が移り始めた昭和30年代において、新宿の街は喜劇の街という観点では斜陽化していたといえる。
元々、昭和30年代の喜劇を題材とした作品はどれも浅草を舞台にすることが多く、というのはこれから勢いづいてくるのは浅草という街であるから。これから(娯楽の街という観点で)勢いを落としていく新宿という街はあまり題材にされないのだそう。そんな新宿をあえて今作で舞台として取り上げたのは、KERAさん自身が時代に取り残されて勢いを失っていくもの悲しさを描きたかったからであるような気がする。
では、そんな劇団三角座のような喜劇の失墜は、現代の日本社会とどのようにリンクするのだろうか。そこにはもちろんインターネットの発達による演劇という娯楽の凋落の他に、戦争とコロナ禍を対比させている点もあると感じている。
今NHKプラスで「アイドル」というドラマが配信されている。「アイドル」は、ムーラン・ルージュ新宿座で活躍した明日待子という女性アイドルを中心に描いた物語である。明日待子は、戦時中でも戦争で戦地へ赴く兵士たちにエールを与えるかのように、このムーランルージュ新宿座で軽演劇を披露したことによって、多くの日本人に支持された、元祖アイドルの一人と言っても良い。
戦時中であるため、周囲の日常は常に緊迫感が覆われたシビアなものだった。しかし、ムーラン・ルージュ新宿座だけは明日待子によるパフォーマンスによって束の間の楽しさを人々に与えていた。
劇中には、劇団三角座も戦時中にムーラン・ルージュ新宿座で人々に笑いを与えて楽しませていたという描写が出てくる。多々見走が第一線で活躍していた頃、彼が劇団三角座のアイドルのようなもので戦時中、いつ死ぬか分からない状況の中でも、観客たちは劇団三角座の公演を観る時間だけは笑い、楽しんだ。上演中に空襲のサイレンが鳴って、一度は防空壕に身を隠し、爆撃機が去ったと分かるとまた人々は劇団三角座の公演を楽しんで笑ったという描写は、非常に印象深い。
そんな危機一髪な状況で喜劇を楽しむ様子は、コロナ禍で演劇を楽しむ私たち観客とも通じる点がある。
コロナ禍において、緊急事態宣言が発令されて上演ができなくなる。しかし宣言が解かれると、また劇場は開放されて観客たちは劇場に集まり観劇する。たしかに言われてみれば、そういった戦時中とコロナ禍における演劇のあり方はよく似ている気がする。
それに加えて、インターネットの普及による映像作品の増大により、ますます演劇という娯楽は形見の狭いものになっていく。それはどことなく、モノクロテレビによるストリップショーに押される劇団三角座の軽演劇とも類似してくる。
時代は繰り返すというが、今作を観劇して現代社会と照らし合わせるとたしかに色々なことが見えてきて、その言葉に説得力が増してくる。いつの時代も、新しく出てきたジャンルに押され徐々に古き文化は廃れていくという真理があるような気がする。
しかし、有谷は最後に出版社に脚本家としての才能を見いだされる。これは演劇という業界もその斜陽化していく荒波の中で、次世代の新たな輝きを生み出すのかもしれない。
↓Netfilx映画「浅草キッド」
↓NHKドラマ「アイドル」
↓ケラリーノ・サンドロヴィッチさん過去作品
↓瀬戸康史さん過去出演作品
↓千葉雄大さん過去出演作品
↓神谷圭介さん過去出演作品
↓温水洋一さん過去出演作品
↓ラサール石井さん過去出演作品