ウィルスは敵か味方か?
私はある特定の対象物を「敵」として憎み続けるのも、「味方」として盲信し続けるのも良くない態度だと考えている。
これは主に歴史から学んだ事だ。
さて、皆さんは「ウィルス」についてどういう印象をお持ちだろうか?
大抵の人は「人間に害をもたらす悪い存在」だと思ってるのではないだろうか?
私もそう思い込んでいた。この本を読むまでは。
さてこの本の紹介をする前に皆さんは「遺伝子」「DNA」「ゲノム」「染色体」の違いを理解しているだろうか?
「失礼な!それ位知ってるわ!」という人もいざ「他人に説明する」となれば難儀するのではないだろうか?
ヒトの体はおよそ37兆個の細胞で構成されている。
一つの細胞には合計46本の染色体がある。
染色体はヒストンというタンパク質にDNAが巻き付いた形で構成されている。
「DNA(デオキシリボ核酸)」はA(アデニン)、T(チミン)、G(グアニン)、C(シトシン)の塩基で構成されている。
このDNAに書かれている全ての情報がゲノムである。
簡単に例えればDVDやCDなどの容れ物が「DNA」で中のデータが「ゲノム」である。
ヒトゲノムに書かれた情報は32億文字列に及ぶ。この中でタンパク質を作る為の設計図を「遺伝子」と呼ぶ。ヒトゲノムには約23,000個の遺伝子が含まれている。
では遺伝子以外の残りのゲノムには何が書かれているのか?
これが本書のテーマである。
ヒトゲノムの内役割が判明しているのは3%だそうだ。
残りは俗に言う「ジャンクDNA」とされてきたが、著者はこの領域には「ウィルスによって注入されたゲノム」が存在し、それは人類の生き残りや進化に大きく寄与したという持論を展開している。
実はこの分野は現時点でもそれ程研究が進んでおらず、この持論の真偽も判明していないが、一つの仮説としては多くの状況証拠と共に非常に説得力がある。
我々人類がウィルスのおかげで生き残れて、なおかつ高度な知的生命体として進化してこれたのであれば、冒頭で述べた「ウィルスは人類の敵」という直感とは全く反している事になる。
こういうこれまで固く信じられてきた常識というのは科学の進歩によってもろくも崩れ去る事が頻繁に起こってきた。だからいかに常識というものが危ういものであるかもう一度自分自身を戒めておく必要があると思う。
私は以前の記事で「人は自分の利益の為に動く」と書いた。
しかし、これは厳密に言えば間違いである。
正解は「全ての生物は自己の利益の為に動く」だ。
これについてはこの本を読めば分かる。
私が人生で最も影響を受けたのが本著とゲーム理論についての本である。
そしてこの本で述べられている本旨はゲーム理論と深く結びついている。
「全ての生物は自己の利益(=自分の遺伝子を残す)の為に動く」
その際の最適な行動を導き出すロジックがゲーム理論という訳だ。
ウィルスも宿主が死んでしまえば自分も生き残れなくなる。
だから宿主が死なずに生き続けてもらい、そして自らのコピーを拡散することがウィルスにとっての利益となる。
だからウィルスが人類の生き残りに寄与するというのは論理的には充分に有り得る事だ。
パンデミック後、ウィルスが弱毒化するのは宿主を皆殺しにして一番損をするのはウィルス本人に他ならないから。
最近私が読んだネット上の記事の中で最も感銘を受けたのはウィルス学者が乳がんになり、自分で自分の身体にウィルスを注入して癌を消滅させたという話だ。
tumblrのアカウントをお持ちでない人は下記リンクで詳細な記事が読めます。
癌は人類にとってのラスボス的存在であるが、人類の敵であるはずのウィルスが癌を倒す為のファイナルウェポンだとしたら何とも皮肉な事ではないか?
癌を治すのが難しいのは癌が自分の細胞だからという一点に尽きる。
癌は免疫という人類の防御システムを欺く。だから倒すのが難しい。
現在の放射線にしろ抗がん剤にしても人間を殺しかねない劇薬であり、結局は癌も消せず体力も落ちて亡くなる末路になる。
要はそれ位に強力でないと癌と対峙することは出来ない。
上記で引用した彼女はその武器としてウィルスを選んだ。
そして彼女は勝った。
勿論彼女のした事は反響を呼び倫理的な批判を受けた。
しかし、懸かってるのは自分の命である。
誰に批判されようと気にしている場合ではない。
前にも述べたように歴史上、敵を活用した者は報われる。
だから頑なに何かを敵視し続けて最大の味方になりうる存在を切り捨てる真似は愚者がとる態度である。
この事はどの時代にも通用する真理である。