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美味しかった幸せは、また思い出したい

目の前に出された料理を口に運ぶ。味わう。もちろん、感想は「美味しい」だ。思わず笑みがこぼれる。「これ美味しいね」と伝える。相手も「美味しいね」と言う。

ただ、後日、自分が思い出せることは「一緒に食べたという事実」と「食べた料理が美味しかったという事実」の2つだけ。それが最近、ものすごくもったいないなと思うのだ。

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何かを食べたとき、「美味しい」と感じる以外にもたくさんの情報を得ているということを、自分ではわかっている。

でも、それを他の人に伝えるためのボキャブラリーがパッと出てこないのと、美味しさの解釈を発言するのが恥ずかしいのと、全然的外れだったらいやだなぁという気持ちが入り混じって、自分の口から出てくることばは、「美味しいね」ばかりだった。

自分は嫌いなものがあまりに少ないし(唯一嫌いなものはプルーン)、「美味しい」と感じるハードルも低い。だから、ほとんどのものは美味しいなぁと感じる。

でも、その「美味しかった」という幸せについてもう一度思い出すことができない。それが自分の中でもったいないと思うし、何より思い出せないことが悔しい。

「美味しかった」という事実しかインプットしていないから、それ以外のたくさんの情報を見過ごしていて、すっぽり抜けて落ちてしまう。だから、食べログのレビューをコピペしたり、誰かのお墨付きしか相手におすすめすることができなくなってしまった。「自分のおすすめしている情報は本当に自分が思っている美味しいなのか…?」と少し不安に感じていた。

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少し話は変わるが、毎週リマインドを入れているテレビ番組がある。それは、カンテレの「セブンルール」という番組。

毎週ひとりにフォーカスして、その人が独自に持っている7つのマイルールを聞いていくという30分番組。紹介されている人たちが毎回面白くて、ついつい見てしまう。サクちゃんさんが特集されたのをきっかけに、見るようになった。

そのとき紹介されていたのは、フードエッセイストの平野紗季子さん。

たまに本屋さんで雑誌を立ち読みしていると、よく目に入ってくるのが平野さんのエッセイ。彼女は食についてどんなことを考えているんだろうと思って、気になって見てみた。

▶ フードエッセイスト 平野紗季子

基本的には食べ物の消えてしまう味とか体験を残したいと思っちゃうから、「この食べ物をどうやったらキャラ立ちさせられるか」みたいなことを考えているかも。例えば、明石焼きを食べたときに「フワフワしてるな」とまず思うわけじゃないですか。でもフワフワだとマシュマロもフワフワだし。これってフワフワというよりは足腰のよわいたこ焼きだなと。「それってどういう食べ物だっけ」っていうのを言葉にして、引き出しやすいようにしまっている。記憶の引き出しの中に入れておきたいんですよ。また出して見て「美味しかったな」って思って、幸せを再生させて。

なるほど。平野さんは、食べた料理を“他の理解しやすいもの”に例えて、ひとつ解釈を加えることで思い出すフックをつくっていることを知った。

他にも、食べたという痕跡を持ち帰ったり、食べたときの感情をメモしておくことで美味しかった思い出を忘れないようにしていた。

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セブンルールの7つ目に「美味しくなくてもいい」というものがあった。

まずくても楽しいし、まずいっていうことがむしろ味になっていたりするし、美味しいだけが価値ではないというふうに思っています。見るものとか食べるものとかいっぱいありますよね。お店の人とも話すし。そのお店の物語というか食体験みたいなものに没入するのが好きなので映画見る感覚に近いのかなと。超ハッピーエンドの映画を見たいときもあるし、狐につままれるような作品も面白いじゃないですか。映画だったらどっちも観たいじゃないですか。

美味しくても美味しくなくても、受け取るものが必ず何かしらある。だから食の面白さを伝えていきたいと言う平野さんは、ぶれがなくてまっすぐ。

「美食」とか言うと、限られた人が楽しむ食事っていうか、食は「美味しい」に価値を求め過ぎちゃうので、そういう中で、私は食いしん坊のひとりとして、食の(美味しさ以外の)面白さみたいなものをそういう視点で伝えたいですね。

最後のナレーションでこんなことばが出てくる。

美味しいものは大好きだけど、美味しいだけがご飯じゃない。

このことばは、食べることが大好きな人にしか言えないなぁと思う。潔くて、スマートで、達観している。

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この番組を見て自分は、「美味しい」に囚われすぎていたかも、と思った。

自分の感じたことよりも、自分の言葉ではない借り物のことばをつなぎ合わせていることの方が多かったから。他の人に見せなくてもいいから、もっとてきとうに自分ノートみたいな形で残すのもありだなと感じた。

美味しかった幸せは、また思い出せるように。もうちょっと食に向き合うこの1年にしたいと思った。

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昨日、会社の飲み会で「焼肉 稲田」でこんな写真を撮った。

お肉が口の中で溶けていくのに、途中、ほどよく弾力もあって、こしの強いゼリーのようだった。ライトに照らされたお肉は照りがキラキラ眩しくて。お肉側がむしろ食べられるのを心待ちにしているようだった。

……うーん。まだまだだなぁ。精進します。

(Photo by Charles Deluvio on Unsplash)

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