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悪魔に魂を売ってでも他者の書いた推しカプを拝みたかった人間が二年間かけてマーケティング活動に取り組んだ結果 #2

Twitterで沢山の方とお友達になり、もくりにて「6名で寂銃のことを語る」というような場が持てるようになりました!(結果)

あらためまして、いりえです。前々回に引き続き前回の記事も、たくさんの方に面白がっていただけて嬉しいです。

#0「前置き編」はこちら

#1「マーケティング理論編」はこちら

さて、前の記事でも書いた通り、まだ市場に知られていない状況では、とにかく「カップリング名を認知」させることが大事です。
そしてTwitterアカウントをフォローしていただくということは、ミュートされない限り、私の呟く「寂銃」というカップリング名を目に入れさせることができるということです。
であれば、Twitter上で「フォローすることによるメリット」を感じさせることがその近道になるはずです。交流が生まれれば、いずれ誰かが推しカプを生み落としてくれるかもしれません。

では、このTwitterというSNSの中で、私はどういうことに気をつけて「寂銃」のマーケティングを進めていったのか。Twitterをフォローすることによるメリットとは何なのか。今回の記事では、そうした観点で書いていきたいと思います。

2-1.セルフブランディング

というとなんだかご大層なことのようですが…要するに「キャラ立ち」をしようよ、という話です。

まずは具体的に、私は以下のような人物像であることを意識していました。

・なぜかずっと他カプには脇目もふらず「寂銃」を推している人
・「寂銃」でいつも検索しているので誰かが呟くと目ざとく♡を送る人
・寂銃の作品でもアップしようものならRTして変な感想を叫びだす人
・一人でよくわからない遊びを始めて一人で笑っている人(例:「寂銃ボタン」を作って一人で押しまくる、など。以下参照)

↑「世界の誰も寂銃のことを知らないのかもしれない…」と疑心暗鬼になった瞬間に押すと、推しカプを全肯定してくれるナイスなボタンです。

さて、上記の人物像をもう少し抽象化すると、つまるところ私は

①「寂銃」単騎一点集中バーサーカーである
 =強烈な印象、他CPへの配慮
②「寂銃」関連の感度/レスポンスが速い
 =「反応をくれる人」という認識の浸透
③一人でも楽しそうにやっている
 =眺めている愉快さ、毒を送る無意味さ

という人間であるという「キャラクター」でTwitterでの日々を過ごしていました。

もちろんこれらは、まったく現実と乖離しているわけではありません。一つのもの/ことだけをやたらと偏愛したり、気になることを延々と「エゴサ」しまくったり、ひとり遊びが得意だったりというのは、少なからず私本来のパーソナリティでもあります。
そういった側面を切り出し、強調し、私はTwitterでの「いりえ」という人格を構成しています。これもひとえに、「いりえ個人」としての認知が、結果として推しカプのマーケティング活動に繋がると考えていたからです。

(また、ある程度のキャラクターとして「完全な自我」と切り離しておけば、仮に傷つくような言葉をぶつけられても、ダメージを若干軽減させることができるんじゃないかな…と思います)

ちなみにこの結果、私は推しカプを枕詞として「寂銃のいりえさん」と呼ばれたことが何度もあります。「いりえと申します…」と名乗りつつアイコンをお見せした瞬間に「ああ、寂銃の!」と言われたこともあります。
私自身は別に、推しカプをゼロから生み出したわけではないのでアレですが…黎明期にまだ活動者が誰もいなければ、こうしたインフルエンサー的な立ち位置を担う者が人身御供的に必要なのかな、とも思います。
ただ、私の最終目標は「寂銃の人」として有名になることではなく、ひとつでも多くの他者による推しカプを拝むことなので…あくまでも、そのための第一歩という位置付けです。


2-2.NGワード/行為

これはどちらかというと、Twitterアカウントをフォローするデメリットを解消していく方向の話です。

先ほどと同じく、まずは具体的に、私が自らに「NGワード/行為」として課していることを挙げてみます。

・どなたかが生み出してくださった推しカプを否定するような発言
・というか、そもそも何かを強く否定するような言葉(除:弊社、労働、クソな社会)
・「マイナーカプ」「弱小カプ」「狭い村」「人口が少なすぎる」など、推しカプの市場に対するマイナスワード
・「書いても誰も読んでくれない」「感想や反応が無い」「本を出しても売れない」などの自作品へ対するネガティブワード
・誰かにしつこく「寂銃を書/描いてください!」と迫ること(特に、関係の構築できていない相手)

要するに、見ていて不快/ストレスになるような言動はなるべく避けよう、と留意していました。少なくとも私はハッピーなTwitterライフを送りたいですし、同じ考えの人間と仲良くなりたいので、あんまり愚痴っぽいことは言わないように気を付けています。(裏垢では頻繁に労働クソ賛歌を熱唱しているのですが…でも仕事のことはなんだかんだ好きです、念のため)
また、私は創作者としての自我ではなくマーケター/営業としての自我でTwitterをやっています。自社製品を貶して顧客に買ってもらおうとする営業がどこにいますか?この意味でも、やはり「推しカプへのマイナスワード」は避けるべきであると考えています。

※世の中には「愚痴垢」や「毒吐きアカウント」みたいなものも沢山ありますが、あれは「自分の中にある不快な感情を言語化してくれる」というメリットを提供できているんだと思います。Twitterは自由な場所なので、私はネガティブな言葉を吐き出すことそのものを否定しているわけではありませんし、誰かにそれを強要しているつもりもありません。

2-3.「短文凝縮解釈ツイート」

これは、我田引RTで恐縮ですが、たとえば以下のようなツイートです。(正確には「読みたい」なので解釈とは少し違うのですが…)

小説を主たる作品として書かれている――いわゆる「字書き」の中で、突出してTwitterフォロワー数の多い方は、全体的にこういった「短文解釈凝縮ツイート」が抜群に上手い傾向にあると見ています。
公式から示された供給を噛み砕く速度、キャラクターへの解像度の高さ、腐女子のツボを押さえたカップリングとしての関係性の捉え方、短い文章で鮮やかに描き出される「生きている」二人……そんな素晴らしいツイートが頻繁に流れてくれば、当然、フォローしたくなるのがオタクのサガというものでしょう。
また、そうしたツイートは、端的に「バズりやすさ」を内包しています。「それそれ!」「わかる」「この〇×△解釈一致」など、自分では言語化できなかった感情をパシリと言い当ててくれるようなツイートは、とにかく響きやすいのです。

ただし、私はこれが致命的に下手であるという自覚があります。あるいはそもそも、公式での関係性を共通認識として前提条件の大幅な省略が可能だからこそ、この手の「短文凝縮解釈ツイート」は可能なのかもしれませんが…。
いずれにせよ、私はこういうツイートをろくにできた試しがないと思っています。言い訳をすると、140字で書けることなら、私だって140字以内に収めたいんです。でもいざ呟こうとすると、

「なんかその…付き合ってはいなくて、別に体の関係もなくて、ただ共通の知人がいるっていうことでしか結びつきの無い二人がこう…人目につくようでつかない、ほらあの車の中とか、そういうなんかギリギリのところで、言葉も理由もなく手を握りあう、みたいな…あの比喩表現じゃなくて、実際にその、指を絡めたり、身体的接触があったりして、じゃあその理由って何?みたいな…そういうのが好きで…」

といった体たらくです。仕方がないので、小説を書いています。

短文での言語化が下手くそなりに、一応、頑張れる時には頑張ってツイートしてみています。質より量、というのも大事だと思うので。けれど無理をしても仕方がないので、特にパッと思い浮かばない時には、漠然とした日常ツイートしかしていない期間もあります。

ただもし、「まだ市場に数少ないので推しカプを生み出したいけどイラストも漫画も小説も書けない…妄想はできるんだけど…」という方がいれば、こういった短文凝縮解釈を極めてTwitterで発信するというのも一つの手段なのかな、と感じています。

2-4.推しカプ作品RT感想芸

まずは、こちらをご覧ください。

こちらもご覧ください。

これ、何だと思いますか?答えは、「推しカプの素晴らしい作品を拝んだ瞬間の私」です。
私はこのように、(それが許される関係性であれば)いっそ意味不明なまでの喜びの思いを叫び出す傾向にあります。まあ株価が上がるのは理解できるとしても、エンペドクレスの宇宙円環はさすがに本気で謎ですよね…。

ただしこれには、4つの理由があります。
①私の感じたクレイジーなまでの興奮・感動・熱量をなんとか作者様にお伝えしたい
②Twitterは珍獣博物館なので、変な叫び声をあげているオタクを見るのを面白がる人種が一定数存在する
③そもそもそんなに簡単に日本語で感想が述べられるほど冷静な状態ではない
④というか、私が冷静になると「〇ページ△行目の××という台詞ですが、冒頭の□□という描写を受けて――」とか「本イラストでの二人の密着度合いですが、後ろから抱きかかえられる構図であることにより――」とか、妙に分析厨っぽいことしか言えなくなるのでかえって失礼なような気がしている

というわけで、打算とそうでない部分を織り交ぜながら、私はこういった一種の感想芸を行っています。
これの効果のほどは如何ばかりかというと、実際にある方から「いりえさんが頻繁にRTして感想を呟くようになったので、にわかに書く人が増えましたよね」と言われたことがあります。

えっ?私が絶叫することで、増える推しカプがあるんですか?

そうであれば…と思って、私は今日もTwitterで好きに叫び散らかしています。リアクションをほぼダイレクトに作者の方に届けられるのは、やはりSNSの良いところです。

※この場を借りて今更なお詫びを申し上げますが、私が過去に色々と叫び声を発していた作品をご投稿くださった皆様、不快だったらご遠慮なくブロックしてください…。今までその経験がないので、ギリギリセーフだったのかなと思っているのですが……。

ちなみに、私が最近いただいたましゅまろご感想で感銘を受けたのは、「コートも脱がずに読みふけってしまいました」というものです。
すごく嬉しかったのはもちろんのこと、作品を受け取った時の自分の行動をありありと描写することで、誰も傷つけず、かつ明確に思いを伝えることができるんだ…と感動しました。
もしこの記事を読まれている方が、「感想の伝え方」に悩まれているようでしたら、ぜひこちらの良い例を参考にしてください。


2‐5.補足(という名の蛇足)

前回の記事でもさらりと触れたとおり、私は「SOUL CATCHER(S)」(以下「ソルキャ」)という漫画が大好きです。この漫画のファンとして、私はTwitterアカウントを作成しました。当時、高校生ぐらいだったと思います。
そしてこの体験こそ、私がいまこうして「マーケティング活動」へ精力的に取り組むことのできる最大の要因なのです。

ソルキャの作者である神海先生は、とても真摯で熱意あふれるお人柄で、ファンレターを送った人に年賀状を返してくださったり、毎日公式Twitterに作品のイラストを公開してくださるような方でした。
そしてそんな神海先生の思いに呼応するように、ソルキャのファンは、とにかく桁違いの熱量を放っていました。

・本誌アンケートでの投票を欠かさない
・献血ルームに単行本を寄付する
・掲載誌が変わっても追い続けてアンケートを送り続ける
・この漫画がきっかけで吹奏楽を始めた人間が複数人確認される
・アニメ化した集団幻覚を一定期間見続けていた
・連載終了後しばらく経ってもプチオンリーが開催される

などなど…思い出せる限りでもこのぐらいのことがあり、その手腕は「ダイレクトマーケティング」として、界隈ではそれなりに有名でした。
もう少しよく知られた例でいうと、たとえば一時の「キンプリ」を取り巻く熱量に近いようなかんじです。

そう、私のTwitterの原体験は、これなんです。
誰かを蔑んだり貶めることなく、ただ異様な熱量で瞳を爛々と輝かせ、各々ができる形で作品を愛して二次創作やファン活動を行い、マーケティングを欠かさず、許される範囲で作者本人へも愛を伝える。

なので今も、少しでもTwitterに推しカプの呟きが生み落とされていれば「世界が寂銃に目覚めてしまったか…」などニヤニヤしながら、いいねリツイート感想までを爆速で行っているわけです。


今回の記事ではこれを結びとしたいと思います。毎度お付き合いくださっている方、本当にありがとうございます!
これでようやく、折り返し地点…?まで来たような気がします。次回はPixiv/執筆について、その次はサークル参加と本を出すことについて書いていくつもりです。
面白がってくださる方は、引き続きどうぞよろしくお願いいたします。


Next→文章を書くこと、Pixivの活用について――PixivとTwitterの使い分け、モチベーションの由来、「性癖バフ」についてなど……2021年3月下旬公開予定!

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