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恋に生きた君は知る【5話】

 最後尾を歩いていた新入生が会場の中程に到達したところで、引き続きパーティをお楽しみくださいと上級生向けのアナウンスが入る。
 挨拶回りを再開する者もいればさっそく新入生に声を掛けに向かう者もいて、ユスツィートは後者らしい。

「彼がフェリンベル家のご子息のシェシュティオ・フェリンベル。今日の衣装を見ても分かるだろうけど、良い職人を見付けてくるのが上手いんだ」

 ——そう、“彼”のことを紹介されることになろうとは誰が思おうか。

 頬がりそうになるのをどうにかつくろって、感激の言葉を吐く。

「まあ! それではこの衣装は1から?」
「……ユスツィート殿から女性の気を引くにはどのような贈り物が良いかと相談を受けておりましたので」
「わーっ!? ちょっとシェシェ、それは言わない約束だったろう!!」
「頷いた覚えがないな」

 ニコリともせず不遜な態度を取るシェシュティオにエルメリアは内心で首を傾げた。

(……生まれ変わって性格も変わったのかしら?)

 以前の“彼”はどちらかと言えばユスツィートタイプだった。
 ——人望に厚く、能力にも恵まれ、それでいて鼻に付かない。

 結婚後の生活は冷め切ったものだったが、対外的には円満であるよう振る舞いには気を遣ってくれていたし、社交の場においては笑みを絶やしたことのような男だったのに。
 何か思うところでも——。

 あったと言われたら否定はできない。
 むしろ、ない訳がない。

(いえ、“私”が理由とは限らないのだけど!)

 シェシュティオがエルメリアに向ける視線はどこか物言いたげだ。
 ユスツィートを困らせている婚約者——巡り巡って自身の頭を悩ませている元凶に一言物申したい、というのとは少し違うように思える。
 多分、おそらく。
 エルメリアの勘違いでなければ。

「だいたい本人に言えば済む話を持ち込むなと何度言っても聞かなかったのはそちらだろう」
「だーかーら! 言うなよそれをっ!!」
「ユースったら。これほど親しくされている方ならもっと早く紹介してくださってもよろしかったのに。それとも紹介を見送るほどの秘密を彼には打ち明けてるってことかしら?」

 ほうけている訳にもいかないので会話に加わるついで。
 仕事上の付き合いというには気安いやり取りを許しているユスツィートの脇腹を小突いておく。

 彼には彼の、エルメリアにはエルメリアの付き合いというものがあるのは確かだが「シェシェ」と愛称を口する程に親しい相手であるのなら事前に紹介を受けていても可笑しくはなかった。
 ……もっとも、紹介しづらかった理由を察した上での指摘であり八つ当たりでないとは言い切れないが。

「ええっと、あーっほら! ダンスが始まるようだし一曲踊って来よう!」

 目を泳がせていたユスツィートはダンスの始まりを告げる音楽が流れ始めたのをこれ幸いと言わんばかりに会話を切り上げた。

「そんなに慌てなくても」
「……慌てもするさ。君の前ではいつだって“余裕のある紳士”でいたいんだから」
「秘密がバレても笑って受け流せる人のことを“余裕がある”と言うのではないかしら」
「……精進するよ」

 項垂れたユスツィートの手を取り直してシェシュティオにしばしの別れを告げる。

 ——ダンスの一曲目はパートナーと踊るのがマナーとされており、エルメリアが応じなければ、その後に続くご令嬢方を誘えなくなってしまうのだ。
 逆を言えばダンスさえこなしてしまえば後は自由。

(早く終わらせて休憩所に逃げ込もう)

 落ち着きたい。
 動揺している自分をなだめる時間が欲しい。

(だって私は変われない! “過去”は変えられない! それに恋い慕う相手が自分以外の誰かに心を寄せる現実がどれほどツラいものかをよく知っている!!)

 ヨハネスの存在が、エルメリアを魔女の生まれ変わりと呼ぶ周囲の声が、脳裏をよぎる光景の全てを肯定して“エルメリア”でなくなることを許さない。
 あれは実際に起きた出来事なのだ、と。

(ユースのことを信じ切れない“自分”が嫌い。ユースの気持ちに応えられない“自分”が嫌い。——オリヴィアの言う通りよ)

 お可哀想なユスツィート殿。
 想いが通じ合う日は来ないのだと悟り切るよりも前に“運命の相手”と出会って欲しいだなんて、婚約者に願われて。
 向き合おうともしてもらえない。

(不幸にしたの、“彼”のことを。“彼女”のことを。“彼ら”の子供たちのことを——)

 ヨハネスにしたってそうだ。
 元より清廉潔白が過ぎるとアイロス王に嫌われていたのは事実だけれど、嫌いながらも側に置く程度には有能さを買われていたこともまた事実であり、“エルメリア”がヨハネスの容貌に反応を示さなければ護衛官に選ばれることもなかったに違いない。

 生まれ育った国の1つが滅び、奴隷に身を堕とすに至った現実を前世の振る舞いに対する罰として“エルメリア”は受け入れたが、それを面白く思わなかった彼の王が凌辱のための道具としてヨハネスを呼び立てたのが始まりだったのだから——。

 ヨハネスが“エルメリア”を庇おうとすれば扱いはより酷いものへと変わったし、自国の王を相手に逆らえる訳もなく、どうしようもないことではあったのだが、見ていることしかできない自らの立場に何を思っていたかは察するに余りある。

(記憶に蓋をして“なかったこと”にするくらいで丁度良かったのに)

 “エルメリア”の処刑を止められなかったことを後悔するあまり、奥方とはあまり良好な関係を築けなかったと聞く。

(だからと罪悪感を理由にして不幸ぶるつもりはないけれど……罰を与えられている方が安心できるから……幸せになりたいとも思えないのは事実なんだもの)

 そんな自分に付き合わせたいだなんてどうして思えようか。
 “エルメリア”を裏切った“彼”自身が相手であるならばまだしも——。

 “彼”の子孫に罪はない。罪はないのだ。
 流れる曲に合わせていたはずのステップが乱れる。
 あっと思った次の瞬間にはユスツィートに体を持ち上げられていて、気のいい人間が歓声を上げるのを聞いた。

「……今日は考えることが多いようだね」
「ご、ごめんなさい」
「責めている訳ではないよ。ただできることなら相談して欲しい、かな?」

 血の気を引かせたエルメリアに苦笑を向ける。
 リセットされたステップを踏み直しながらも集中し切れないままでいる彼女が謝罪の言葉を繰り返すことは、何となく予想ができていた。

「……ごめんなさい」
「僕はまだ頼りない?」
「いいえ。いいえ、本当にそうではないの」

 知っている、と答えたらどんな顔をするのだろう。
 お互いを傷付けるだけの言葉にしかならないことを理解しているので口には出さないけれど。

 エルメリアが自覚している以上にユスツィートは彼女ことをよく見ている。

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