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恋に生きた君は知る【13話】


 “彼”と“彼女”の子孫がリブラントの秘術を扱えるようにするために編んだ魔法について簡単に説明するならば、その構成は【“彼”の血を引く者が体内に取り込んだ“エルメリア”の血を自らの子に継承させる術式】と【“エルメリア”の血に含まれる資格の使用権を認めることを示すための術式】の掛け合わせ。
 魔法を用いて血を結び付けたのである。

 しかし、これは『血に資格が含まれていること』を前提に編まれたものであり、想定と実状に差異が存在していることが明らかになった。
 今回着目すべきは、本来であれば途絶えるはずの秘術が間違いなく受け継がれている点。
 血には含まれていないはずの資格の使用権がどうして認められているのか。

 考えられるのは、術式に記した【資格】が秘術に限られたものではないことから血中の魔力の使用権として機能してる場合——魔力を触媒として“エルメリア”の加護に干渉している可能性は高い。

 当人であることを示す手段の1つとして魔力と紐付けられた【資格】というのは存外に多いのだ。
 あくまでも紐付けられているだけで【資格】そのものではないのだが【資格者であることを示すために必要な魔力】を使用できるのだから、発動条件は満たせるものと言えなくもないだろう。

 そして“エルメリア”が有していた資格がその効力を発揮しているということは今も“エルメリア”は生きている、という逆説的な存在証明となって、死してなお記憶が失われない現状に繋がったものと思われる。

 全てを忘れるためには使用権を認めている術式を破壊すればいいが、そうするとリブラントの秘術は永久に失われることになるという訳だ。
 解きようがない、そう考えたエルメリアにシェシュティオは何と言い放ったか。

「新たな資格を得るために必要な“血”はユスツィートが持っていて“魔力”は君が持っているってことだろう。無理に術式を書き換えなくても子供さえ産めば解決するんじゃないか」

 簡単過ぎて拍子抜けした、とでも言わんばかりの口調だった。
 ——確かに間違ってはいないのだが。

「“あなた”はそれでいいわけ!?」
「何か問題でも?」
「あるでしょう! 相手は“私”よ!?」
「別に悪いとは思わないが」

 エルメリアたちの婚約は、家同士の繋がりよりも当人たちの意向が重要視されている。
 “過去”の話を持ち出すにしても“自分”が“彼女”と出会わなければ良好な関係を築けていたことを思えば反対する理由はなく、ユスツィートにその気があるのなら、今はもう第三者の立場となった身で口を挟むような問題でもないというのがシェシュティオの考えだ。
 否定的な様子を見せるエルメリアに彼は片眉を吊り上げた。

「どうしてそうも後ろ向きなんだ? 相談を受けているから言えるがユスツィートは君のことを本当に大切に思っているぞ」

 すぐに気持ちを切り替えるというのは難しいかもしれないが、あり得ないと言わんばかりの態度には引っかかるものがある。
 探るような視線を向けられたエルメリアは何と答えるべきか言葉に悩んだ。
 数度、口を開閉させて結局ありのままを口にする。

「……1つ前の、“あなた”と関わりがあった次の人生で前リブラント卿と肉体的に親密な関係だったのよ」

 両手で顔を覆って項垂れる。
 全ては清廉な存在を汚すことに執心していた前王アロイスのはかりごとだったが。
 ヨハネスとの間に子を成せていたならこうして悩む必要もなかったことを考えると、後悔が胸を過ぎる。

「……それはもう割り切るしかなくないか?」
「できるなら悩んでいません!」

 言いづらそうにしながらも事実を突き付けてきたシェシュティオに、エルメリアは項垂れたまま再度叫び返した。

 割り切れるくらいなら悩んでいない。
 いや、ユスツィートが運命的な出会いを果たさなければ約束の通り婚姻を交わす気ではいたのだから全く覚悟していなかったという訳でもないのだが。
 相手が現れなかったから仕方なく嫁ぐのと、目的を果たすために積極的に嫁ぐのとでは意味合いが異なる。

「今更過ぎるわ……」
「多少態度が変わったところでユスツィートは気にしないだろう」
「血は争えないってよく言うじゃない」
「それを言われると俺は黙る他ないが」

 シェシュティオは顎に指を掛け、考える素振りを見せた。
 落ちた沈黙を不審に思ったエルメリアが顔を上げたところで改めて口を開く。

「存外、惚れ込んでいるんだな」
「……誰が誰に」
「君がユスツィートに」
「何でそうなるのよ!」
「惚れてでもいなければユスツィートが他の女を選ぶことを恐れるような発言はしないだろう」
「そんな発言した覚えがありませんけど!?」
「仮に惚れ込んでいないのだとすれば“血は争えない”ではなくもっと別の言い回しになったと思うが」

 ただの言葉の綾じゃない!
 ——そう、返そうとして声が出なかった。
 エルメリアは思わず自身の首元を押さえる。
 何度試しても結果は同じで、吐き出した言葉は音にならない。

「うそでしょう……」
「この場では嘘は口にできないんじゃなかったか」
「ああもう、ちょっと黙って!」

 ユスツィートに惚れ込んでいるだなんてまさか。
 今の今まで“彼”への恋心にしか目を向けていなかった身で実は、だなんて許される話ではない。

 ——“過去”を忘れられなかったのは“彼”への恋心ではなく、編んだ魔法の不備によるもので。
 ——全ての間違いを正すにはユスツィートと結ばれる以外にはないというすら用意されているとしても。

「許されないでしょう。ユースはヨハネスの孫なのよ」
「前リブラント卿との関係がどのようなものであったにしろ、当時の君はすでに死んでいるんだ。咎める者もいないのに気にする必要があるか?」

 独り言にも近い呟きにそう返された。
 ——咎める者はいない。本当に?

 エルメリアは覚えている。
 魔女の死を願う民衆の声を。
 それを救いとした“己”の人生を。

 衝動的に支離滅裂な言葉を吐き出そうとした口を後ろから回されたクレアクリスの手が押さえて止める。

「おっと危ねぇ危ねぇ。今日はここまでだな」
「……何を言われても俺は構わないが」
「大人しく引いとけよ。自分の子孫と女の取り合いをしたいって訳でもねーだろ?」

 シェシュティオは一瞬眉をひそめたが言われた通り大人しく引き下がった。

「気分を害したのならそれだけは謝っておく」

 おう、とエルメリアの代わりにクレアクリスが頷いたのを合図に席を立つ。

 ——結局のところシェシュティオにとっては夢の中の話でしかなく。
 話し合いの場を設けることを望んだのもユスツィートの婚約者が相手だったから。
 今後の方針に不都合がなければあとは見守るだけだ。

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