恋に生きた君は知る【完】
これまでとは違った意味で振り回され始めたユスツィートを余所にエルメリアは終始ご満悦な様子でリストの作成に取り掛かった。
ちょっとしたことから数日は要しそうなことまで。
思うままに書き連ねたそれがそのまま今後の楽しみに変わるのだから、まさに我が世の春。
「ユースは? 何をなさりたいですか?」
「んー。買い物、かな。やっぱり」
「ご入用の物でも?」
「まずは一通り君の好みが知りたい」
エルメリアの髪に指を絡ませながらユスツィートは軽く視線を下げた。
今、彼女が身に纏っている服は母が用意したのであろうワンピースとガーデン。
目立つことを嫌う彼女らしいシンプルなデザインながらも、侯爵家の威厳を損なわない程度に上品な仕上がりとなっているそれが、本人の趣味から大きく外れているものとは思わないが。
自ら望むことを避け続けてきた彼女の持ち物は基本的に母が選んだものか、ユスツィートが選んだものか。
意見を求めても立場をわきまえた答えしか返ってこないので、正確なところは把握できていないのだ。
「今なら正直に教えてくれると踏んでいるだけど。どうかな?」
「それは、その……すでに十分と言えるほどの贈り物をいただいておりますので……」
「実際に買うのは気が引けるってことなら品を見るだけでも構わないよ」
購入のタイミングが変わるだけで同じことなのでは?
エルメリアは悩んだが、強く拒むほどの内容とも言えなかったので「分かりました」と頷いてリストに書き加えた。
共に歩む覚悟を決めたのだから今までのように申し訳なさを覚えるばかりでなく、もらったものを返していけるよう努力する方向に意識も変えていかなければ。
「ユースの好みも教えてくださいね」
結局、作成したリストをどう叶えていくかという計画を立てるのに時間を費やすことになって——実現できるか判断に悩むようなものも混ざっていたので確認を取るついでに下調べも行なったのだ——魔法式について意見を交換することはおろかトランプやチェスといったゲームに興じる暇さえなくなってしまったが。
満ち足りた気分で婚約の儀の当日を迎えたエルメリアは、コンコンッとノックされたドアの向こうから来客を告げる執事の声が響いてきたことに内心で首を傾げた。
朝と言わず昨夜から。
体を磨かれ、華美になり過ぎない程度に、しかし侯爵家に迎えられる娘に相応しい身形となるよう飾られている最中のため、顔すら自由に動かすことができないような状況だ。
まだしばらくは掛かりそうなので応接室で待っていてもらう他ない。
あるいは儀式が終わってから改めて訪ねてもらうか。
とにかく、後に回すしかないと考えていた。
——相手の名前を聞くまでは。
「まさか本当に通されるだなんて」
「鏡越しでごめんなさい。ああでもヴィアナ! どうしてここに? ユスツィート様が招待したにしても、あなたの実家からだとかなりの距離があるわよね」
「そうね。間に合ったのは単なる偶然よ」
呆れ顔を覗かせたオリヴィア曰く、学園に戻るついでに足を伸ばしてみたら丁度よく婚約式が延期されていたのだとか。
「婚約のお祝いだけ渡すつもりで来たんだけど」
「そんな。偶然だったとしても駆け付けてくれた友人を追い返すような真似なんてできないわ」
「全く同じセリフをユスツィート殿にも言われて参列させてもらえることになったから安心してちょうだい」
ついでにエルメリアと会っていくよう勧めたのもユスツィートである。
オリヴィアは遠慮したのだが、無理ならエルメリアの方から断りを入れるだろうから声だけでも掛けてみるといいと言われて渋々従った結果がこれだ。
君が相手なら仕度の真っ最中だろうが会うことを優先するんじゃないかな、というユスツィートの予想が的中するだなんて誰が思おうか。
いつになく声を弾ませているエルメリアの様子を見るに先に会っておいて正解だったのがまた、何とも言い表しがたい気持ちにさせる。
「ああでも、どうしましょう。これだけしっかりと用意してもらえたなら改めて時間を設ける必要ももうないわよね」
「何の話?」
「着飾ったユスツィート殿が見たいって言ってたじゃない」
「ま、まさか……!」
「手配は済んでるんだけど」
「見たい! 見たいから衣装のキャンセルだけはしないでちょうだい!!」
「分かったから落ち着いて」
エルメリアならそう言うだろうと、言わなかったとしても見たいだろうとは思っていたので、元よりキャンセルするつもりはなかったものの予想外の食い付きっぷりに内心で驚く。
心境が変わるような何かがあったことは明白だ。
今すぐにでも詳細を聞き出したいところではあったが相手は婚約式を控えている身。
遅刻させる訳にもいかない。
教会に認められた者の中でも最高位にあたる存在——つまるところ、この世で最も清らかなる者——にのみ羽織ることが許されるという純白の衣を纏いながら、気負う様子もなく、愛する男の姿を思い浮かべて無垢に笑う友人の姿をしばし眺めた後。
オリヴィアは端的に1番知りたいことだけを尋ねることにした。
「ねぇエリー、あなた幸せになる気はある?」
エルメリアは振り返った。
慌てる使用人たちを余所に化粧が崩れることさえ厭わず満面の笑みを浮かべてみせる。
——それが心からのものであることが伝わるように。
——オリヴィアの心配を吹き飛ばすためだけに。
「もちろん!」
侯爵家に生まれた令嬢らしい傲慢さと素直さを亡国の教会で培った純朴さで覆い、忌むべき名を持って生まれた少女という殻の中に押し込めていた彼女は、軽やかに頷いた。