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恋に生きた君は知る【9話】


 歓迎会の翌日から約1週間ほどは、新たに咲いた“ブルーメ”たちの初々しい掛け合いや、花を咲かせようと奔走する“クノスプ”たちのやり取りで騒がしく——宣伝の甲斐もあって新入生一の注目株となったシェシュティオの周囲も例に漏れない。

 他国の商人ながら侯爵家との繋がりがあって、本人の能力も申し分ない——容姿端麗、成績優秀、将来を約束し合ったパートナーも存在しないだなんて、これ以上ないような条件を揃えておいて放っておいてもらえると考える方がどうかしている。
 おかげさまで名乗りを上げる令嬢は後を絶たず、彼に送られた手紙の中に日時と場所を指定したそれを紛れ込ませるのは簡単だった。

 まあ逆を言えば、事態が落ち着くのにも相応の時間を要するってことでもあるのだけど。
 以前“彼”とは立場も振る舞い方も違うのに、人々を魅了して止まない相手を恨めばいいのか憎めばいいのか。
 それともそういうの元に生まれた“彼”に恋をしてしまった自分をこそ怨むべきなのか。
 エルメリアはため息を吐き出した。

「ちょっと! わたくしの話を聞いていまして!?」
「もちろんです」

 昼休みの食堂という人目の多い場所で注目を集めていることを気に留める様子もなく、愛らしい桜色の唇を尖らせた1年生——ナディア王女殿下に愛想笑いを向けるも、お見通しと言わんばかりの半眼は崩れない。
 ただ少し右から左に流しているだけで嘘は言ってないのだけど。

「でしたらきちんと説明してくださいまし。何のためにこの学園に通っているのか!」

 学生らしく学問を学ぶためだ、なんて答えたらまず間違いなく頬を張り飛ばされるだろう。
 ——ナディア殿下はエルメリアという存在がありながらユスツィートにパートナー登録を申込む女生徒が後を絶たないことに眉尻を吊り上げているのだから。

「悔しいとは思いませんの!?」
「ええっと……?」
「……まさか、多くの者からバカにされている現状に自覚がないとはおっしゃらないわよね?」
「それはさすがに。自覚しておりますが」
「だったら悔しがりなさい!」

 曖昧に笑って誤魔化そうとしたエルメリアをナディアは睨んで逃さない。
 ……昔はもっと、童話で語られるお姫様そのもののような愛らしい方だったのに。
 何がどうしてこうなったのか。

 実を言うと侯爵家の繋がりで何度か顔を合わせたことがあるためお互いに知らない仲ではない。
 ただ、幼い頃の話なので友人と呼べるほどではなく初対面の相手よりかは気安い間柄といった程度の関係だ。

 ……本当に、何がどうしてこうなったのか。
 ナディア殿下の初恋の相手はまず間違いなくユスツィートであるし、睨まれたり嫌味を言われたりすることはあったとしても、まさか叱られることになるだなんて考えてもみなかった。
 ユスツィートもユスツィートでナディア殿下のことは可愛がっていたから、結構良い線までいけると思ってたんだけど。

「自らの立場を理解する聡明さを持ちながら上を目指す努力をなさらないのはエルメリアの悪い癖でしてよ!」

 周囲が一層ざわついた。
 ユスツィートの婚約者と言っても正式なものではないばかりか、これと言える特徴のない——取るに足らないはずの令嬢を王女殿下が“姉”と呼び、慕っているだなんて誰も想像していなかったのだろう。
 かく言うエルメリア自身も驚いている。
 ——いや、本当に。姉様って何!?

「い、一旦落ち着かれませんか? 思い違いでなければその、私のことを認めてくださっているようですが」
「思い違いなどではありません」
「恐縮です。しかし、殿下のご期待に添えるような人間ではないと申しましょうか」
「いいえ。いいえ。あなたは必ずわたくしの期待に応えてくださるわ」

 迷いのない口調で言い切られて思わず閉口してしまう。
 何故そこまで。
 困惑を顔に出せば「初めて顔を合わせた時のことを覚えていらっしゃる?」と。
 すぐに思い出せなかったエルメリアの代わりに彼女は言葉を続ける。

「周りをよく見ていなかったわたくしが姉様にぶつかって、さらには手に持っていたジュースを掛けてしまったでしょう」
「そういえば。そのようなこともありましたね」
「すぐに謝るべきでしたのに……当時、魔女の生まれ変わりであるという噂を信じていたわたくしは姉様のことが恐ろしくて、動けなくなってしまって……結局、何も言えないまま姉様に謝らせてしまいました」

 はっきりとは覚えていないが、硬直した王女様の代わりに「進路を塞いでしまい申し訳なかった」と謝った記憶はないでもない。

「大人たちが口を挟む前に話を終わらせた手腕。怯え切ったわたくしへの配慮。いつ思い返しても見事の一言に尽きます」
「そ、そうでしたか……?」
「ええ! わたくしはあの日の姉様を目標にして今日までを過ごしてきたのだから。例え姉様本人でも貶めることは許さなくってよ」

 可憐の2文字が形を成したかのようだった少女がエルメリアを目標にして苛烈な淑女へと成長を遂げたのだとしたら、方向性を間違えているとしか言いようがなく、まず間違いなく周囲の人間は天を仰いで世の無情さに涙していることだろう。
 ガシリッと手を握られて思わず後退る。

「つきましては名誉の回復に臨まれるキッカケとなりますよう、エルメリア姉様の開かれる茶会にしか参列しないことをここに宣言させていただきますわ」

 有無を言わせない笑みを浮かべたナディア殿下の宣言は、自らの交友関係を質に入れる程度には目を掛けているという意味であり——応じなければ彼女の名に傷を付けることになる。
 それは、エルメリアにとってあり得てはならないことだった。

「お待ちくださいナディア殿下っ!」
「言ったでしょう? あなたは必ずわたくしの期待に応えてくださるって」
「無理です!」
「それならそれで構わないわ」

 エルメリアに憧れていたという事実を公表してしまった以上、もう後戻りはできない。
 前言を撤回したところで何か問題が起こるたびに人は今日この日のやり取りを思い起こすだろう。
 ナディア殿下の、ひいては王家の名誉を守るためには言われた通り期待に応える以外に道はないのだ。

 ——つまり、昼休みの食堂という人目の多い場所で怒鳴り声を上げて注目を集めたのはわざとだったということか。

「わたくしを見る目のない女とするかどうかはあなたの判断に委ねます」

 血の気を引かせた魔女に王女は告げる。
 深められた笑みは無慈悲にも勝利を確信しているようだった。

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