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恋に生きた君は知る【3話】

 ——パーティ当日。
 談話室に集まったエルメリアたちはドレスに着替えるべく、右へ左へ。
 手を貸し助け合いながら仕度を整える様はいつだって慌ただしい。

「ええっ! オリヴィア、あなたまた誘いを断ったの?!」
「だからそう言ってるじゃない」
「ねぇ、私の髪飾り知らない?」
「ネックレスが留まらないーっ!」
「エリー! ユスツィート殿がいらしたって。後のことは任せていいから先に出ちゃいなさい」

 喧騒の中に監督生ミーシェ・シントラーの声が混ざる。
 既に仕度を終え、コルセットの着用を手伝っていたエルメリアは「ありがとうございます!」と返してから担当していた紐を手の空いている者に預けた。

 ——イェルク学園では妻や夫を得て初めて1人前と見なされる社交界の慣わしを模した制度が採用されており、パートナーの有無によって立場が入れ変わる。

 例えば、パートナーを持たない“クノスプ”の4年生よりもパートナーを持つ“ブルーメ”の1年生の方が優先順位は上で、下級生だからと遠慮したりさせたりすると双方にペナルティが課せられる。
 今ここでユスツィートを待たせるような行動を取れば監督生を初め、寮生全員の不手際として責任を問われることになるのだ。

 玄関ホールに移動すると、待っていたユスツィートは申し訳なさそうな顔でエルメリアを出迎えた。

「すまない。もう少し時間を置いてから来るつもりでいたんだが周りに急かされてしまって……」

 校外での身分については問わないのがマナーとされてはいるものの卒業後を視野に入れるのであれば、侯爵家の息子を相手に配慮しない人間の方が少ない。
 上質な——エルメリアに贈られたドレスと揃いのスーツを身に纏っていればなおのこと。

「気を遣っていただいたのでしょう。進級祝いにしても少々、品が良過ぎるものをお召しですから」
「フェリンベル家の嫡男に宣伝の手伝いを頼まれたから引き受けただけで急ぐ必要はどこにもないって、説明はしたんだけどね」
「……その説明、私は受けていませんが?」

 フェリンベル家は隣国の商家であり、ユスツィートが投資している会社と取引を行っている——貿易事業の仕入れ先だ。
 会社を通した付き合いで、良い品を優先的に譲ってもらったこともあると前に言っていた気がする。

 その嫡男の頼みを聞き入れたという事実だけでも十分な宣伝になっただろう。
 ——“学園の生徒”が対象であれば。

「まさかとは思いますがフェリンベル家の方が我が校に入学された、なんてことはありませんよね」

 エルメリアの問いにユスツィートは笑顔で応えた。
 言葉はない。が、肯定と見なしていい。
 思わず頭を抱えてため息を吐く。

 フェリンベル家の嫡男がイェルク学園に入学したのなら、学生を対象としている場で、学生向けとは言い難い高価なドレスやスーツを披露することにも意味はあろう。
 ユスツィートとの繋がりと実家の財力を示せば、人脈を広げるための足場を作ることができるのだから。
 要は目立てばいいのだ。

 それをどうしてエルメリアに黙ったままでいたのかという話で。

「理由は」
「かなりギリギリだったしドレスの変更が難しいことは伝えてあったから、あとはエリーの都合に合わせようと思って」
「私のことを思うなら何事も正確に教えてください!」

 ドレスを受け取った時点で“着ない”という選択肢はなかった訳だが。
 誰のために着るべきドレスかははっきりさせておいてもらわないと——。

「もちろん、必要な時には知らせるよ」
「ユース」
「だって僕以外の男のために着飾った君なんて、見ても妬けるだけだからね」
「そっ、ういう問題じゃありません!!」

 確かに、事前に知らされていたとしたらエルメリアはフェリンベル家の嫡男の“入学祝い”のためにドレスを身に纏っただろう。
 髪型やメイクを決め直す時にユスツィートの顔を思い浮かべることもなく。

 だが、そんな“くだらない理由”で情報を制限されては堪ったものではない。
 頬に集まった熱には気付かないふりをしてエルメリアは眉を吊り上げた。

「寮の皆にも迷惑をかけているのに」
「そのことに関しては本当に悪かったと思っている。お詫びは何がいいかな」
「……メルツェディーゼのクッキーであれば間違いはないかと」
「なら、他の焼き菓子もいくらか見繕うことにしよう」

 本気で申し訳なさそうな顔を見せるユスツィートに気付かれぬよう、エルメリアは2度目のため息をそっと吐き出した。

(……愛されてはいる、のよね)

 一応。婚約者として。
 前世とさらにそのまた前世のしがらみを“無かったこと”にすれば、丸く収まるであろうことが容易く想像できる程度には、大切に扱われているという自覚がない訳ではない。

 ただ“無かったこと”にできないからこその“今”であり、150年前の愚行を繰り返したくない自分と、護衛官だった男の孫を相手に気まずい思いを覚える自分を忘れ去るのは難しいことだった。

 ——死んだことを理解しながら、死に切れなかったとも考えている。
 “エルメリア”の境界線は酷く曖昧なのだ。

(それに“彼”の時だって“私”は大切にされていたし幸福な家庭を築ける未来を疑ってなんていなかった)

 “彼”の心が“彼女”に奪われなければ——。
 婚約を交わした日からその破棄を望まれるまでの数年間。
 恋焦がれ続けたのは“エルメリア”だけだったとしても、けして不仲でなく、互いを尊重する意思と共に将来の伴侶に向けられべき愛はあった。
 静かに降り積もった雪のような思いでは理性さえもを焼き切る情熱には遠く及ばなかっただけで。
 愛は、あったのだ。

 だからこそ余計に忘れられない、というか。 
 “彼”への恋心を胸に修道女として祈りを捧げる日々を送れたならこれ以上はないのだけれど、その通りに暮らそうとした結果が50年前のそれ。

 150年前の愚行を悔い改めながら田舎町の教会で細々と慈善事業に身を投じていただけなのに祖国を元祖国に滅ぼされ、連れ去られた先で奴隷も同然の扱いを受けた末、民衆の目を王家から逸らすための贄として名誉を回復する機会すら奪われたまま処刑されるって、無慈悲が過ぎやしないか。

 因みに魔女と呼ばれるに至った原因とも言える神聖力は前世の善行によって与えられたものというのが通説だが——。

 恋焦がれた相手に婚約の破棄を願われるもこれを拒否。
 恋敵を屋敷に招き、囲った上で、生ませた子供を自らの子として申請。
 当時、リブラント侯爵家の血を引いていたのは“エルメリア”の側であり、そうするより他に爵位を相続させる手がないことを理由に親を名乗る権利を奪い取った。

 ——後世にも残る文書の中で“彼”と隣り合う場所に恋敵の名が記されることのないよう、ただそれだけのために人生を賭けた女のどこに善なるものと呼べる要素があったのかは不明である。

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