恋に生きた君は知る【27話】
——翌日。
礼拝と奉仕活動を終えたエルメリアはユスツィートと共に通りの家々を訪ねて回った。
婚約の儀の前後で姿を見せる時間を作るにあたり事前の告知と挨拶を済ませておくためだ。
言わば人となりを知ってもらうための口実である。
多少警戒されるのは致し方ないこととして1件1件丁寧に伺えば、好奇心を抑えられずに集まった人々の視線は次第に柔らかいものへと変わる。
魔女への不信感が拭いさられたというよりはユスツィートの人好きする笑みに絆された形といった方が正しいが、イメージを良い方向へと変えられたなら何だって構わない。
今のエルメリアに求められているものは従順さであり自主性ではないのだから。
「あの、これっよろしければ!」
漂い始めたお祝いムードに乗じてか。
人垣を抜けてきた花売りの少女に萎れた花の束を差し出された。
申し訳程度にリボンを巻かれてはいるが道端に咲いていたものを摘んで1つにまとめただけの代物だ。
普段目にしている花々と比べたら貧相と言わざるを得ないものの、しかしエルメリアは満面の笑みを浮かべてそれを受け取った。
「ありがとう。おいくらかしら?」
「いえ! お代はすでにいただいてますので」
「っ、エルメリア!」
ユスツィートが叫ぶ。
反射的に振り返ったと同時。
花束のリボンが光り出し、エルメリアの体を呑み込んだ。
安全対策のために身に纏っていた防衛魔法が突き崩され、耳奥でガラスが割れたような音が鳴る。
ぐわん、と脳髄が揺すられたような感覚を覚えた次の瞬間には炎に包まれており——。
「うおっ!? なんだこりゃあ!」
「女が送られてくるんじゃなかったのかよ!」
「おい! 誰か水を出せるヤツはいるか!?」
炎の奥から複数人の男の声がする。
騒ぎ方からして街の住民という訳でもなく、花束に仕込まれた魔法でエルメリアが転移させられてくるのを待ち構えていたらしい。
「……はあ。間に合ってよかった」
「ユース!?」
一緒に転移されてきたようには思えなかったが、術式をコピーしそのまま使用したのか。
タイムラグがほとんどなかったあたり解析も行なってはいないだろう。
無茶をする。
「ここからどうしようか」
防衛魔法が破られた反動で目眩に襲われているエルメリアを支えながらユスツィートは炎の結界の出力を上げた。
鎮火しようと放たれた水が結界を破るよりも先に蒸発して消える。
その間に乱れた魔力を整え、建て直したエルメリアは「私が彼らを捕縛します」と返した。
「いける?」
「ユースの炎が丁度いい光源になっていますので」
複数の術式を展開し、まずは敵の数を調べる。
それから影を動かす魔法を展開して捕捉した敵の手足を拘束する。
物質化の魔法を用いて影を固定すれば光源の確保を続ける必要もない。
数分と掛からず制圧を終えたエルメリアはユスツィートに結界を解いても構わない旨を伝えた。
「さすが。早いね」
「いいえ。ユースがいなければ抵抗する間など得られなかったでしょう。お体に問題は?」
「平気、と言いたいところなんだけど……」
言葉を濁され、エルメリアは焦る。
転移の魔法は対象の質量と移動距離によっても消費する魔力量が異なってくる上、他者の術式の使用は転用されることを前提として術者に制約を強いる式が組み込まれている場合もあり、非常に危険なのだ。
前者だけならまだしも後者の影響で不調を来しているなら早急に対策を講じねば命に関わることもある。
「まあ問題視するほどではないか」
「本当に? ご無理はなさらないでください。転移の術式に何か仕込まれていた可能性もありますし」
「原因は分かってるから大丈夫」
ユスツィートはエルメリアを引き寄せた。
驚く彼女の頬に手を添え、ニコリと笑う。
「エリー、先に謝っておく。ごめん」
「えっ——」
何に対する謝罪か。
問う暇もないままに唇が重ねられた。
——何故!?
反射的に身を引くも後頭部に回された手が邪魔をして動けない。
(こういう時、神聖力があれば問答無用で解決できるのに……!)
いつになく唐突で、一方的な振る舞いが「問題視するほどではない」と片付けられた“不調”を原因としていることに察しは付けられても、どうすれば解決できるかが分からなかった。
ほんの僅かに離された唇と唇の間に魔力が集められる。
「《秘術展開》現れろ」
ユスツィートは端的に命じた。
対象として捕捉されたクレアクリスが姿を現す。
——が、エルメリアは解放されないまま。
「おいおいおい、どういう状況だよこれは!」
抗議の声を上げながらクレアクリスはユスツィートの頭を鷲掴む。
キスを続けようとする“欲求”を吸い上げるついでに記憶を読み取ることでおおよその状況は把握できたが。
「説明しろよ」
「必要ないだろう」
「エルメリアを置いてけぼりにする気か?」
「そういう訳ではないけど」
今説明した方がいいかい? と、話を振られたエルメリアは数秒の間を置いたのち首をゆるく横に振った。
2人のやり取りからそれなりに交流があったのであろうことくらいは見当を付けられるし、その意味も理解できる。
(……つまり、私がたまにクレアクリスと入れ替わっていたこともご存知ってことよね!)
呪詛を並べ立てれば「悪かったって!」と、クレアクリスは悲鳴を上げた。
ユスツィートが強制的に召喚した理由を思えばエルメリアの八つ当たりに付き合わせる訳にもいかないため、渋々ながらも矛を収める。
「それじゃあさっそくで悪いが“道”を繋げてもらおうか」
「くっそ、何で俺が……」
「他に適任者もいないだろう」
「私からもお願いするわ」
「あーはいはいはい繋げりゃいいんだろう繋げりゃ!」
クレアクリスは投げやりな態度で“道”を開いた。
元の場所に戻るには、来た時と同じように転移魔法を使用するか地上を進むか——。
あるいは精霊界を経由するか。
より負担が少なく、手っ取り早い方法は今まさに実践している通りだ。