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恋に生きた君は知る【21話】

「ああもう本当に信じられない!」
「落ち着いてヴィアナ。綺麗な顔が台無しよ」
「他人事みたいに言ってるけど私を騒がせている原因はあなたにだってあるのよエリー!」

 ユスツィートとイルゼの仲睦まじげな様子がそこかしこから聞こえてくることに腹を据えかねているらしい。
 エルメリアの部屋まで押し掛けてきたオリヴィアが眉尻を吊り上げるので苦笑を返す。

「明日にはもう長期休暇ホリデーを迎えるっていうのに噂はそのまま。これがどういう意味かちゃんと分かってる?」
「訂正する機会を逃したってだけでしょう」
「“だけ”じゃないわよ! ハッキリ言って私はユスツィート殿に失望してる」
「私に問題があり過ぎるのよ。仕方ないわ」

 ユスツィートとの関係が良好であることを示したとしても「エルメリアが強要したに違いない」と言われるのがオチだろう。
 帰省の準備を進めながら肩をすくめて見せれば、反論を呑み込んでため息に変えたオリヴィアはそのままボスンっとベッドに腰を下ろした。
 気の良い友人に少しでも安心してもらえるよう、エルメリアは悪い報せばかりではないことを伝えるために口を開く。

「婚約の申請は長期休暇ホリデーの間に済ませてしまうつもりでいるし。イメージの改善に努めていればその内収まるでしょう」
「……本当に? やっぱり婚約解消しますとか言い出さない?」
「さすがに解消するつもりでいる相手から指輪を受け取るようなことはしないわ」

 オリヴィアはホッと胸を撫で下ろした。
 しかし、不安を拭い去るには至らず、躊躇いを覚えながらも尋ねてしまう。

「前にも尋ねたことがある気がするけどエリー、あなた幸せになるつもりはあるのよね?」

 エルメリアは「もちろんよ」と頷いてみせた。
 以前のようにはぐらかされた訳でもないのに余計に不安が募って、オリヴィアは眉を寄せそうになる。
 どうしてか。

「何かあればちゃんと相談するのよ? いい?」
「約束するわ」

 嘘だと確信できた。
 何かあったとしても相談するつもりはないし、きっと、オリヴィアが事態を把握する頃にはもう手遅れとなっているのだろう。
 本当に信じられない。


 文句を並べられるだけ並べる以外にできることもなく、翌朝エルメリアを迎えに来たユスツィートを寮のエントランスで捕まえて女遊びは控えるよう忠告しておく。

「もちろん。分かっているよ」
「そうは思えないような噂話ばかり耳に届くから言っているのよ」
「僕に落ち度があることを否定はしないけど、悪意のない相手を無下に扱うのはさすがに外聞が悪いし教会のお墨付きともなればなおさら……あまり強く出られないんだよね……」
「決まった相手のいる男と仲を疑われるような接し方をする女に悪意がない訳ないでしょ!」
「周囲の認識の問題だよ」

 神聖力の高さは基本的に当人の清廉さに比例するものと考えられている。
 魔女という例外的な存在のおかげで絶対性こそ失われてはいるものの、大衆が持つイメージにさしたる変化はない。

 何より、神聖力を悪用した魔女と同じ名を持って生まれてしまったエルメリアを理由にイルゼに辛く当たった、なんて教会に喧嘩を売るような話が広まることだけは絶対に避けたいところだった。

「ナディア殿下がそれとなく注意してくれてはいるというかそもそも廊下ですれ違えば挨拶を交わす程度の関係なんだけど、どうにも僕と彼女を結び付かせたい派閥が存在するっぽくて。それも次から次に湧いてくる感じの」
「……努力はしていたのね?」
「当然ね」

 現当主である父の意向もあったとはいえエルメリアさえ頷けばもっと早くに正式な関係を結べていたのだ。
 ようやく彼女がその気になって、これからという時に水を差すような噂が流され始めて悪意を感じずにいられるほどユスツィートはお人好しではない。

「ひとまず彼女と仲良くしているのはエリーとの結婚のためって方向に修正できればとは考えてるけど、婚約の申請を終わらせないことにはどうとも」
「エリーの扱いって教会でも悪いの?」
「良いものとは言えないかな。魔女の出身国に罪を着せることでどうにかやり過ごしはしたけど権威に傷を付けられたことに変わりはないって話だし。同じてつを踏まないよう常に警戒されてる」
「清廉潔白が聞いて呆れる振る舞いね」

 教会の意向1つで申請が退しりぞけられることはないにしても、何やかんやと理由を付けて受領を遅らせるといった嫌がらせを受けないとも限らない。
 婚約の前から結婚式の打ち合わせをするのも早計過ぎるし、とにかく波風を立てないことを優先する他なかったのである。

 言葉の通り盛大に呆れてみせたオリヴィアにユスツィートが同意を返したところで、忘れ物を取りに戻っていたエルメリアがすぐ側の階段を使って降りてくる。

「お待たせしてごめんなさい」
「言うほど待ってはいないから大丈夫だよ。忘れ物は見付かった?」
「ええ。この通り」

 即座に会話を切り上げた2人は大した話などしていなかったかのような顔で彼女を出迎えた。
 他の生徒よりもケース1つ分多いエルメリアの荷物に視線を向けたオリヴィアは「ああそうだ」と言って全く別の話題を振る。

「いつか言おうと思ってたんだけどエリーにドレスを贈る予定があるなら先に伝えておいてあげなさいよ。荷物が増えればその分まとめるのにも時間が掛かるんだから」
「あっそうか、ごめん。そこまでは気が付かなくて。次からは伝えるようにするよ」
「……そもそも買う必要がないという話からさせて欲しいのだけど」
「それじゃあオリヴィア嬢、よい休日を」
「よい休日を」

 ユスツィートはエルメリアの荷物を持ち上げた。
 惜しむような別れでもないためそう間を置くこともなく歩き出す。

「ああもうっ! ごめんなさいヴィアナ、よい休日を!」
長期休暇ホリデーが明けるのを楽しみにしているわ」
「私もよ!」

 サッとオリヴィアの頬に口付けるとエルメリアはユスツィートの後を追い掛けるべく駆け出した。
 その背が見えなくなってからため息を吐き出す。

「……どうか何事もありませんように」

 オリヴィアはエルメリアの幸せを願っている。
 あのどうしようもない“友人”の努力が報われることを願っている。
 ……本人に言ったらまず間違いなく否定されるだろうけど。

 1つの瑕疵もない生き方なんてそう簡単にできることじゃない。
 足元をすくってやろうと周囲が目を光らせている中ともなれば、なおさらだ。
 それを成し遂げた彼女に与えられるべき幸福を奪う権利が誰にあるというのだろう。

「幸せになることを諦めないでね、エリー」

 学友の1人に過ぎないオリヴィアの願いが彼女に届くことはないだろうけれど。

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