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恋に生きた君は知る【6話】

 何故って? もちろん好きだからだ。
 ——そう言えたら良かったとは思う。

 単純な好意だけが理由なら相手に気付かれないよう注意を払う必要はないのだから。
 魔女に心を奪われた祖父に対するものではなく、婚約を受け入れた父に対するものでもなく、エルメリアの振る舞いに対する反感が存在したことをユスツィートは否定しない。

(エリーが覚えているかは分からないけど)

 初めて顔を合わせた時。
 婚約の話が伝えられた直後。
 彼女は「そのような話はお受けできません!」と叫んだ。
 その日その瞬間から今に至るまで、ずっと。

(望まれていないことは理解している)

 だから、最初は知りたかっただけなのだ。
 ——どうして拒絶されたのか。
 ——自分の何がいけなかったのか。

 祖父が連れてきた怖がりな女の子と話をしようと努力して——。
 まともに相手をしてもらえないことにちょっとばかし腹を立てながら。
 努力して努力して、努力し続けて——。
 気付いた時には惚れ込んでいた。

 何故、と聞かれても分からない。
 努力を続けたのは将来を共にする相手との仲が悪いままでは良くないと考えたからだったし。
 反感から見つめ続けた横顔に美しさを見出した時には、もう心に決めていた。

(振り向かせたいというのは積年の意地かもしれないけれど、幸せにしたいと願うのはただの愛だろう)

 エルメリアを伴侶とすることに異論はないどころか、むしろ強く望んでいるだなんて知られたら酷く青ざめさせることになるだろうから言わないだけで。

 彼女が自らの幸福のために願うなら受け入れる。
 ——それだけが、婚約破棄の条件だ。

 曲が終わりに近付いていることに気付いたユスツィートは少しばかり悩んだ後で口を開いた。

「……もしかしてエリーの好みはシェシェのようなタイプだった?」
「なっ?! ど、どうして……?」

 エルメリアは狼狽うろたえたものの今度はステップを乱さなかった。
 ターンで場所を入れ替える。
 どうして、かぁ。

「今まさに様子が可笑しいから?」
「うっ……!」
「困ったな。あそこまでクールな振る舞いは僕には難しいし」
「やめて。あなたが彼のようになったら私はきっと泣いてしまうわ」
「喜びで?」
「悲しみで」

 ユスツィートの口調は冗談と分かる軽いものだったが、エルメリアは真剣な顔で答えた。
 彼女からすれば冗談では済まない話なのだから当然と言えば当然の反応である。

(ユースがシェシュティオ、つまり“彼”のようになる? そんなのただの悪夢じゃない!)

 エルメリアは“彼”のことを恋い慕ってはいるが、他の誰かに代わりを務めて欲しい訳でもなければ、辛く苦しいばかりだった過去を繰り返したい訳でもない。

 ——繰り返すとすれば“あの日”だけ。
 婚約の破棄を願われたあの瞬間だけで十分だ。

 曲が終わりを告げる。
 挨拶のために離れたのはほんの数秒のこと。
 ユスツィートの手を掬い上げたエルメリアはそこに唇を落として願う。

「あなたはあなたのままで十分魅力的なんだから。誰かの真似なんてしないで今のままでいて」
「……仰せのままに」

 ユスツィートはエルメリアの頬に口付けを返した。

 幼少の頃より段階的に慣らされた“リップサービス”が周囲への牽制であり——望まれた通りに“運命の相手”と出会ったとして——そうして恋を知ったとしても、なかったことにできる男だということを彼女だけが知らない。

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