【ニンジャ自由研究】アヴァリスが繁茂させた植生の推定
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この記事は、小説『ニンジャスレイヤー』公式DIYイベントである「ニンジャソン夏2023」の参加作品です。
AoMシーズン4最終話『ビースト・オブ・マッポーカリプス』までのネタバレがあります。
前書き
アヴァリスが死んでから2ヶ月半ほど経ったが全然立ち直れていない。もともと筆者の経歴には樹木学が関連しており、ハヤシ・ジツの申し子だったアヴァリスを想起するには職場環境が良すぎるため、それが効いている。仕事で草いきれの熱気に潜り込んで、通り道を開けるのにつるをばさばさ切っているとつい色々思い出して、あいつが死んだ知らせを今初めて受け取ったように新しくぎょっとしてしまう日がまだある。
しかし逆に言うと、植物がちょっとわかる人間としてアヴァリスに遭遇できたのはとても運が良かった。アヴァリスがなるべく忘れ去られないよう何度でも語り直したいし、持っていた要素はできるだけ多く拾ってやりたい。たまたま筆者にはそれができる。のでやる。
◆
アヴァリスはハヤシ・ジツにより、都市部であるネオサイタマを緑化した。筆者は以前、アヴァリスが戦闘に使った全ジツを調査したことがあったが、ハヤシ・ジツだけは戦闘にほぼ使わない領地作成系ジツだったせいで考察ができていない。未考察のアヴァリスのジツが残っている状態は前から気がかりだったため、今回のニンジャソン夏2023でそれを解決したい。
ただ、小説本文から分かる情報は限られており、できることは分類学の基本である種の同定、それも完全な同定ではなく推定が限度だろうと思われる。
そのため今回はハヤシ・ジツのみに焦点を当てて、本文の描写からできる限り植物種の推定を試みる。この記事ではおおよそ条件に該当するであろう植物種を絞り込んでから、代表的な種についてそれぞれ紹介していく。
本論1:前提条件の整理
アヴァリスが使用するハヤシ・ジツは、地中等から植物が異常繁茂するジツである。基本的に、とある土壌から生えてくる植物の種類を決定する要素には大まかに次の4種類がある。
①土壌中の種子等
②気温・降水量
③土壌の化学性
④土壌の物理性
以下、これらの要素について個別に条件を検討し、ネオサイタマにいる植物種のあたりをつけてから、本編の描写を読み込んで植物の絞り込みを行っていく。
ちなみに本論1はうっかりだいぶ長くなったので、目次またはスクロールバーから「本論1まとめ」まで飛ばしても一応問題ないように内容を整備した。ただ詳しい解説は各項目で行っているため、よかったら通読して頂きたい。
1-①:土壌中の種子等
土壌に含まれる種子等は、生えてくる植物種を最もはっきりと規定する。他のすべてが最高の条件でも、種子等がなければ絶対に植物は生えてこない。
今回調査するハヤシ・ジツについては、種子をアヴァリス自身が用意している気配はないことから、アヴァリスの故郷であるオクダスカヤーノフ/キーウ産の植物種については考えないこととする。もし外部からの持ち込み種子があったとしても、せいぜいスゴイタカイビルを乗っ取った主力のひと株がオクダスカヤーノフ産かもしれない程度で、都市広域を覆ったのはやはり地元の種子だろう。
よって当記事では、ネオサイタマ/東京都および埼玉県の土中に運ばれてきた、あるいは混入していた種子が、ジツにより異常成長したと推定する。
この推測は、アヴァリスがつる植物を多用していることからも補強できる。つる植物は熱帯多雨林の象徴としても有名なとおり、基本的には高温多湿であればあるほど種類が多い。
暖かく多湿な地域の森林は複層になりやすいため、つる植物からすれば絡みつくところが多い。枝の混雑した複層林ほど下層の日当たりが悪く、日照争いが熾烈なので、熱帯多雨林のつる植物はちょっと倒木が発生した近くを狙って高木のY軸アドバンテージを乗っ取り、頂点を目指すタイプの戦略をとりがちである。この性質はビル群の侵略にもよく適している。
オクダスカヤーノフのような冷温帯の森林は単層、またはシンプルめな複層くらいになりやすく、つる植物はネオサイタマほど猛威を振るえないはずだ。もちろんつる植物が全然いないわけではないが、イチゴやツタやブドウなどの、しかもこぢんまりとした種類が大多数だろう。持ち込み種子を使ってビルをモコモコにするのはかなり難しいといえよう。
参考文献1:日本生態学会誌69巻2号 特集『のびる、つかまる、つながる-つる植物の多様な生態と多様な研究』
なおネオサイタマは東京湾が埋め立てられて形成された都市なので、おそらく都心の地盤は浚渫土砂が材料になっている。港湾では船が海底に引っかからないようにこまめな浚渫が要求され、それはネオサイタマだろうと決して例外ではないと思われる。むしろあれだけ巨大な埋立地を造成するなら、埋立ての材料取りのために浚渫をしまくっている可能性が高い。
ネオサイタマの河口にはいくらでもヘドロが堆積しているだろうから、この条件だけ見れば都心に流れ着いた種子(=浚渫土砂内の種子:重金属汚染ヘドロおよび海水に浸潤)の生存率は絶望的だ。ただし、ネオサイタマは陸地とべったり繋がっており人の往来も多くある。河口近くに元々生えている植物の種子は人や車にくっついて、比較的元気な状態で侵入できているだろう。
参考文献2:国土交通省関東地方整備局東京港湾事務所 東京港の歴史『埋立の変遷』
ちなみにネオサイタマには、治安のいい地区には街路樹があると明言されている。これはハヤシ・ジツを使う側の観点からすると、盤面が一変するレベルでとてつもないアドバンテージである。
上記リンクは第3部『ハウス・オブ・サファリング』の一幕だ。木があることも重要だが、それよりはるかに土があることのほうが大きい。街路樹植栽のタイミングで間違いなく土壌改良がなされているからだ。
周囲の地盤はアスファルトやコンクリート路面と、その基盤になる砕石、およびその下の土砂等でできている。しかし街路樹植栽帯だけは、無害で肥沃な土に肥料を混ぜてわざわざ作った土壌が、道に沿って帯状に張り巡らされている。
ハヤシ・ジツで都市を乗っ取りたい側の視点に立つと、植栽基盤の存在は極めて心強い。周囲のアスファルトの隙間からなんとか発芽させるのとは完全に世界観が違う。
参考文献3:国土交通省関東地方整備局東京国道事務所『街路樹管理マニュアル』10 新規植栽(更新時)の留意事項
また、土壌中の種子を考えるうえでも街路樹からの影響はとても大きいことから、自生している種類だけでなく、人の手で植栽されがちな植物種も今回の推定には含める。
よって今回は、現実世界の東京都および埼玉県の海岸近辺に自生している、または植栽されている種の中から推定を行う。
1-②:気温・降水量
ネオサイタマの気候は現実の東京都・埼玉県とは異なり、実際よりも雨が多く年中降水があることと、気温が低いことが明記されている。『オハカ・エピタフ』のN-FILESによれば、ニューヨーク程度の気温が想定されているとのこと。
ニューヨークはケッペンの気候区分でいうと温暖湿潤気候(Cfa)で、東京と同じ枠になる。ただしケッペンの気候区分は大枠の比較には便利だが、湿潤どころではないくらい多雨の日本を他国と比べる際にはややざっくりしすぎている。上記の通り気温はニューヨークの方が寒めなほか、ニューヨークの年降水量は900mmほど、東京は1600mmほどである。
今回は土壌種子が東京・埼玉湾岸基準のため、その中からニューヨーク程度の寒さでも大丈夫な種類を選び出す必要がある。そこで、日本国内でニューヨーク程度の気温推移かつ東京程度の降水量推移の都市を探すため、気象比較サイトでの検討を行った。すると、長野県長野市が条件に比較的当てはまるとわかった。
上記のサイトでは1980年から2016年の平年値を比較できる。長野は東京よりやや降水量が少ないが、大元の植物種選定は東京・埼玉湾岸基準なのでご容赦いただきたい。両方の環境に適応できる植物種を選べば、NY相当の寒さに耐性があるといえる寸法だ。
1-③:土壌の化学性
土壌の化学性は、土壌分類のほかにも土壌の厚み、特定の成分の多寡などが複合的に絡み合っている。先に述べた街路樹の植栽基盤は例外だが、路面の下にある土壌には有機物の供給がないのでかなり弱っていると思われる。さらに埋立地部分についていえばおそらくヘドロと塩分が混じっていて、とても良質とは言いがたい。基本的に頑丈な植物種ばかりであろうことはたやすく想像できる。
また、浚渫土砂や海風には多くの塩分が含まれているため、植物種の絞り込みの段階で塩害耐性も考慮しておきたい。ネオサイタマ内陸部なら特に塩害耐性がなくても大丈夫だろうが、一部地域では必須の能力だ。
さらにネオサイタマについていえば、重金属酸性雨が降りしきっていることと、表層がアスファルトやコンクリート等の人工物で固められていることがそれ以上に大きな特徴となる。
しかし酸性雨は、元々日本の土壌が弱酸性なことや降水量自体が多いこともあってか、樹勢衰退等の被害報告は国内では少なく、参考となる情報が乏しい。
参考文献5:『令和4年度版 環境・循環型社会・生物多様性白書』第2部第4章第7節
ヨーロッパの森林は激しく酸性雨被害を受けたことがあるようだが、ヨーロッパは降水量が日本よりはるかに少ないため雨に含まれる水素イオンとの陽イオン交換が進んでおらず、元々の土壌は塩基性である。欧州の植物からすると塩基性土壌がいきなり酸性になってミネラルを奪われたらびっくりするのも道理だが、日本の樹木は初めから酸性でミネラル不足にも多少は慣れているほか、土壌自体の緩衝能もある。もしかすると枯れるほどの被害は起きにくいのかもしれない。
ついでに今回の調査対象であるネオサイタマは人工物が多く、アスファルトやコンクリートから溶け出す水酸化カルシウムが多少は酸性雨を中和してくれている可能性が高い。酸性雨が降るからといって極端な酸性土壌とは考えにくいのが実情だ。そのため今回は、酸性雨の影響についてはあまり考えず、特に酸性土壌を好む種類を紹介するときに特記するのみにとどめる。
参考文献6:2015年度日本地理学会春季学術大会『都市化により拡大する道路舗装下土壌の特徴付け』(抄録)
次に重金属酸性雨の「重金属」部分についてだが、重金属耐性のある植物についても情報が少ないため選別の基準にしづらい。さらに言えば、さっき述べた水酸化カルシウムが重金属イオンとも結合できてしまう。中和反応のついでに重金属の影響も減らしてくれている可能性がある。
図2には重金属の例としてとりあえず鉛イオン(Pb²+)と銅イオン(Cu²+)を載せたほか、酸性雨なので硝酸イオン(NO₃-)も記載した。この条件だとおそらく水酸化鉛(Pb(OH)₂)の沈殿、水酸化銅(Cu(OH)₂)の沈殿などができてイオンとしての重金属は除去されそうに見えるほか、硝酸カルシウム(Ca(NO₃)₂)に至っては肥料になる。
また酸性雨が二酸化硫黄(SO₂)を含んでいたとしても亜硫酸カルシウム(CaSO₃)ができる。亜硫酸カルシウムは浄水器に内蔵されて塩素抜きなどに活用されており、これまた一気に無害な印象になる。(※筆者は高校化学をかなり忘れている。間違いがあればコメント頂きたい)
ちなみに路面は酸性雨で脆くなる。国土交通省不在とおぼしきネオサイタマでの路面維持が非常に気になったが、今回は植物のことしか考えておらず、脆いと割りやすくて都合がいいとしか感じていないので土木工事事情については触れない。誰か興味のある道路工事ヘッズは、老朽化対策頻度などについて自由研究してみてほしい。
以上のことから、重金属酸性雨と水酸化カルシウムの均衡がもし保たれた場合には、かなり植物がのびのび育てるかもしれないと判明した。分析しなければ気づいていなかったが、魔のメガロシティのイメージとは裏腹にいい具合の条件である。
ただ、しいて言うなら鉱床の周囲によくみられる鉱床指標植物は重金属耐性が特に強いので、当てはまる植物種については植物種紹介の項目で特記する。
1-④:土壌の物理性
1-①で述べたとおり、土壌を覆っている路面は物理的に植物の生育を阻害する。ただし、元の土壌が路面の下には確かにある。車道路面は強固すぎて打ち崩しづらいかもしれないが、比較的薄い歩道路面などからはなんとか土壌にアクセスできるだろう。最初はひびなどの隙間から植物が生じ、そのうち根の強い植物に割られたりアスファルト上に薄い土壌が出来たりして、そのあと割れた部分から色々な種が繁茂するはずだ。
また、それらとは無関係に、街路樹の植栽基盤だけは最初から土が仕上がっている。何も憚らずのびのびと植物が育つだろう。
アスファルトのひびからの発芽は現実世界でも見られるような光景な上、タフさが求められるので種類を絞り込みやすい。また、路面崩壊後や街路樹周辺に生える植物は、もはや路面の影響を受けないので何が生えてもおかしくない。ただし路面崩壊進行途中にいるはずの、土壌が薄い状態に強い植物だけは個別に考える必要がある。
また、ただでさえネオサイタマの土壌は決して豊かとは言いにくいことから、薄い土壌への耐性はあるに越したことはない。土壌が薄く、なるべく東京近郊に近い森林の植生を参考にしたいところだ。
そこで、土壌が薄い森林として、ニンジャ本文中にも「樹海めいた」という描写があることから、今回は青木ヶ原樹海をはじめとする富士山麓溶岩流上の森林を選定する。代表的な青木ヶ原溶岩流について紹介すると、貞観の噴火(864〜866年)で元あった土壌が溶岩流に被覆されてできた地形。噴火以来かなり土壌が薄く、この1100年で溶岩流上に形成された新土壌は20cmもない程度である。都会のアスファルトと戦っていく植生を考える上で一定の参考になると思われる。
参考文献7:植生学会誌25 巻 2 号『富士北麓青木ヶ原溶岩流上における針葉樹林の構造と動態』
また、『ニンジャスレイヤー』でフジサンといえば始祖カツ・ワンソーとニンジャ六騎士たちの一大決戦の舞台でもあり、あえて本文で「樹海めいた」の比喩があったのも示唆的だったため、積極的に樹海の植生情報は取り入れたい。
本論1まとめ
これまでに挙げた条件をまとめると下記のとおりだった。
①土壌中の種子等
・オクダスカヤーノフからの持ち込み種子はほぼない
(緑化範囲が広域すぎる、北には少ないつる植物多用)
・山から流れ着いた種子はタマ・リバーで死滅か
→東京都、埼玉県の海岸沿いに自生または植栽されている植物
②気温・降水量
・ネオサイタマはニューヨークの気温に近い
・降水量は東京以上
・NYの気温・東京の降水量に近い日本の都市を参考とする
→長野県長野市近郊にもみられる植物
③土壌の化学性
・海浜、東京湾浚渫土砂による埋立地のため塩害の懸念
・重金属酸性雨の影響は意外とコンクリート類がかなり中和
(ゼロではない)
→塩害に強く、できれば酸性土壌・重金属にも強い植物
④土壌の物理性
・基本的に劣悪(街路樹の周り以外)
・薄い土壌にも耐えられる集団がいるはず
→できれば富士山麓溶岩流上の樹海にもみられる植物
上記条件に全て当てはまる植物種の中から、本文中の描写に近そうな種を選定していく。ちなみに植物がちょっと分かる方ならお気づきの通り、ここまでの段階では思ったより絞り込めていない。重金属酸性雨の影響が予想以上に少なそうなのが非常に響いたが、本論2ではしっかりと絞り込みを行っていきたい。
本論2:本編からの情報
『ニンジャスレイヤー』本編で、アヴァリスがハヤシ・ジツを発動させていたエピソードは下記の4話のみである。
2-①『デストラクティヴ・コード』
2-②『アシッド・シグナル・トランザクション』
2-③『テンペスト・オブ・メイヘム』
2-④『ビースト・オブ・マッポーカリプス 前編・後編』
植物の描写自体はそこそこあったが、植物種が推測できそうな描写はほとんど全て『アシッド・シグナル・トランザクション』に偏っており、それ以外のエピソードではほとんど「緑」「蔦」といったシンプルな表記しか登場していない。
しかも『テンペスト・オブ・メイヘム』に至っては「緑」「蔦」の繰り返ししかなく、実質の情報量はゼロだった。そのため今回の調査では、繰り返し表現を除くすべての植物描写を抜き出して、それぞれについて分析を行っていく。
なお、ここで推定する植物種は絞り込みを強めにかけている。紹介する種類はあくまで一例であり、ほぼ確実にもっと多彩な種がいたと思われることは念頭に置いていただきたい。いそうな植物種を全種紹介するのは書く側としてもきつすぎるほか、読者諸氏にとっても何十種と植物を紹介されるとややこしいだろう。アヴァリスとの縁の深さや特徴の強さなど、総じてキャラが濃い植物種を抜き出すことにしている。
ちなみに本論2も意外に長くなってしまった。これまた「本論2まとめ」まで飛ばしても一応読めるように整備したので、適宜対応願いたい。
2-①『デストラクティヴ・コード』より
◆このツイートは現実ではなくアヴァリスの心象だが、この後すぐこれを外部化したような光景が広がり始めるので推測の大きなヒントになる。「冷たい森」「フジサンの樹海めいた無限の森」とあることから、富士山麓の溶岩流上に見られるような、根の浅い冷涼な森が自然と想像できる。
アヴァリスの思い出している森は元を辿ればオクダスカヤーノフの森林だろうから、現実の樹海にも生育しているアカマツやブナおよびトウヒは、ネオサイタマとオクダスカヤーノフを繋ぐ重要な樹種になるだろう。ウクライナの森林において優占的な樹種といえば、ヨーロッパアカマツやヨーロッパブナ、ヨーロッパトウヒが挙げられる。
こうして羅列してみると、富士の樹海とウクライナの間には、樹種の共通点がなかなか多く見受けられる。もちろん地理的に離れているので全く同じ種ではないものの、樹海の樹種がやや郷愁を誘うラインナップなのは確かだ。
参考文献8:『海外の森林と林業』2018年102巻『世界のブナ林(5)ウクライナ カルパチア山脈のブナ林』
◆このツイートからは特に植物種の推定はできないが、パイオニアの生育速度が尋常でなく速いことが推測できる。成長速度だけは常識に囚われずに考察してもよさそうだ。
2-②『アシッド・シグナル・トランザクション』より
◆ここで「地衣類じみた緑」の描写が登場。この直後には普通に「地衣類」と表現され始めるので、「じみた」はあまり気にせずシンプルに地衣類として取り扱う。
ちなみに地衣類は真菌の一部門であり、植物ではない。ただし緑藻やシアノバクテリアと共生しており光合成の恩恵にあずかっているため、今回だけは特例措置として「植物種の紹介」にも入れることにする。
地衣類はだいたいが硫黄酸化物(酸性雨に含まれるSO2など)に弱いという、ネオサイタマ的には致命的な特徴がある。逆に考えれば、大まかな分類の絞り込みは簡単である。酸性雨耐性があって、なおかつ樹木ではなく人工物にも生えることができるとなると、ダイダイゴケの仲間かレプラゴケの仲間が最も可能性が高い。
さらに本文中には「緑」と色の描写まであることから、オレンジ色のダイダイゴケは除外できる。つまり本編のこの地衣類はレプラゴケの仲間だろう。
参考文献9:『環境科学会誌』1993年6巻1号『都市部における着生蘚苔・地衣類の大気汚染に対する指標性』
なおこの時の描写から、アヴァリスが繁茂させた植物や地衣類たちは、黄金立方体の光で光合成しているらしいことが読み取れる。逆に言うとずっと黄金立方体が見え続けているので、ネオサイタマが植物に覆われている間に新規の降雨はなかったものと思われる。これはつる植物の伸長時やコケシダ類にとっては手痛いが、元から降水量が多いネオサイタマなので、地下水等を使ってうまく頑張っていたのだろう。
◆ここの描写では巨木が登場。この巨木たちは後から発芽したつる植物などと比べても存在がイレギュラーらしく、一瞬で枯れたのち一瞬で消え去っている。ここではアスファルト上に枯死体さえ溜まらなかったことから、巨木由来の土壌は全く形成されなかったと思われる。
アヴァリスの心象風景にあった前述のウクライナの森林、および前述したトリロジー時代のネオサイタマの街路樹が「松」だったこと、ならびにこの巨木が最初に発生しているところからして、一瞬で消えたこの巨木たちはアカマツが最も怪しい。流石に巨木がアスファルトの隙間から生えるのは厳しすぎるため、おそらく街路樹の植栽基盤から一斉に生えてきている。しっかり高木になれるポテンシャルがあり、日当たりを好み、貧栄養の酸性土壌にも強い、パイオニアど真ん中の樹種がマツ類だ。
むろんクロマツにも同じような適性があるし塩害にはクロマツの方が強いので、アカマツだけでなくクロマツも少しはいると考えられる。しかしアカマツの方が寒さ耐性が強いほか、アヴァリスの記憶にあるヨーロッパアカマツ林の面影が特に強いのもアカマツの方だ。ちなみに、青木ヶ原溶岩流の近くにある剣丸尾溶岩流にはアカマツの純林があるので樹海要素もばっちりだ。
なお、ブナとトウヒは確かに樹海にも長野にも生育しており、ウクライナにも近縁種がいるが、正直街路樹としてはあまり見かけない。確かに樹海の薄い土壌には適合できるものの、ある程度土壌成分が落ち着いた森林で静かに暮らす部類の樹種たちであるため、庭園などでひっそり可愛がられていたのがちょっと活気付く程度ならかろうじてありえるか。アカに比べればごく僅かな個体数だろうが、せっかくアヴァリス自身と縁が深いのだから紹介しておくことにする。
参考文献10:植生学会誌2003年20巻1号『富士北麓剣丸尾溶岩流上のアカマツ林の起源』
◆ここではシダ植物と蔦が登場。シダ植物の方はまさしくネオサイタマのような薄暗い多湿さを好む植物群だ。あまりにも該当範囲が広く、まともに該当植物を検討すると多少絞ってもなおとんでもないことになる。そのためこの記事では鉱床指標植物でもあるヘビノネゴザについてのみ取り上げることにする。ヘビノネゴザはやや寒冷地に強く、シダ植物の習いとして多湿な環境を好み、そして重金属を吸収できると言う極めて特異な性質を持っている。ネオサイタマではアヴァリスの干渉なしでもモコモコに繁茂している可能性がある。
参考文献11:『環境技術』2005年34巻4号『シダ植物中の重金属について』
「蔦」という漢字はブドウ科ツタ属の植物だけを指す漢字のはずだが、ニンジャスレイヤーではどうも「つる植物」という意味で「蔦」の字が当てられている気配がある。より正確に言えば「葛(つる植物全般)」と混ざっているような気がする。よって以降の「蔦」は全て「つる植物」に読み替えていく。
「蔦」を「葛」と読み替えないのには理由がある。「葛」のもう一つの読み仮名である「葛」、マメ科クズ属クズがいるからだ。しかもクズはネオサイタマ緑化の主犯として大本命である。
筆者は初め、何の前情報もない状態で本編を読んだときにまず「クズかな?」と思ったほどだ。クズの屈強さはとにかくとんでもないので詳細は後述する。
他にもつる植物としては先述したツタなどがよく繁茂する。クズは壁面を登れないがツタは登れるのを考えると、ツタ繁茂(壁面)→クズ繁茂(ツタに巻きつき)→ツタ繁茂……という順でどんどん上昇していった可能性もある。他にもつる植物はかなり多岐にわたるが、筆者が実際に海岸林でよく見るのがもっぱらクズとツタであるので、今回はこの2種のみに焦点を当てる。
◆ここでは奇妙なつる植物の実について詳細な紹介がされている。正直、前提条件を厳密に守って実の描写を突き詰めると「こんなんいるか?」に帰結してしまうため、この項目だけだいぶ判定が緩い。ご了承頂きたい。
まず、ゴーヤめいた実の植物と書かれるとどうしても普通にゴーヤが真っ先に思い浮かぶのでラインナップに入れる。寒い時期だと不可能だが、夏ならばネオサイタマの気候でも育てられるはずだ。家庭菜園くらいはあるだろう。
色とりどりの花はクズをはじめ多くのつる植物が当てはまるほか、実の特徴についてはこの書きぶりだとアケビあたりも思い当たる。なお一般的にゴーヤやアケビはしっかり味があってそれぞれに美味しいが、個体差の範囲として無味なこともあるだろう。いかにも大味に育ちそうなジツ産の巨大化植物ならなおのことと思われる。
◆ここでさりげなく苔が初登場。漢字で「苔」と書いてしまうとコケ植物なのか地衣類なのかはっきりしないが、地衣類はそうとしっかり明記してあったため、こちらは消去法でコケ植物だろうと判断する。都心にあるようなコケ植物としてはギンゴケ、ホソウリゴケあたりが最も怪しい。
◆極めて意外なことに、川沿いが安全地帯(植物が繁茂できない地帯)になっている。普通、河川敷といえば洪水時の川幅を確保するための空間だ。もっぱら水没していいような緩衝地帯として公園のような空間になっていることが多いが、ネオサイタマではそうではないらしい。
また、降水量が現実の東京都を優に上回るレベルで多いにも拘わらず、これまでネオサイタマでは一度も洪水の描写がない。ネオサイタマの治水担当部局が川を宥めることに凄まじい執念を燃やしている可能性は否定できない。土手に土がないということは、よほどガチガチに護岸工がなされているのだと思われる。
◆ここで初めて「葛」という漢字が登場する。カズラなのかクズなのかは不明だが、これまでの流れからすれば本文中に特定の植物種は出てこないと思われるため、読みはカズラだろう。
2-④『ビースト・オブ・マッポーカリプス』より
◆ここは完全におまけになるが、全てを収穫した後のアヴァリスが本命にしたスゴイタカイビルの一個体を見るためだけに引用。「蔦」がやはりどうも「つる」と誤用されている様子なのはさておき、ネオサイタマの緑を集めきった後、最後の一個体に賭けてやるこの様子を見ると、やはりこの個体だけは故郷の種であってほしい気がしてならない。
本論2まとめ
本文から読み取れる情報を、本論1で判明した前提条件とすり合わせた結果、該当する植物種のうち特筆すべきものは下記のとおりだった。
「巨木」
アカマツ・クロマツ・ブナ・トウヒ
「地衣類」
レプラゴケの仲間
「蔦(葛と読み替え)」
クズ・ツタ・ゴーヤ・アケビ
「シダ植物」
ヘビノネゴザ
「苔」
ギンゴケ・ホソウリゴケ
また、アヴァリス自身の記憶等から最も確度が高いのは「巨木」カテゴリのアカマツ。本文描写から最も確度が高いのは「葛」カテゴリのクズ、ツタ。ネオサイタマの環境から最も確度が高いのは「シダ植物」カテゴリのヘビノネゴザである。本論3では、上記の植物についてそれぞれ具体的に記載していく。
本論3:該当植物種の紹介
アカマツ(Pinus densiflora)
種子存在率:極大
土壌適性:大
気象適性:大
アヴァリスとの関連:大
アカマツはマツ属の一種であり、日本の在来種。マツ属は北半球に広く生息しており、針のような葉(針葉)と松ぼっくり、明るい痩せ地を好むのが特徴。マツの針葉はひとつの付け根から2本生える種類、5本生える種類などがあり、それぞれ二葉松、五葉松などと呼び習わされる。
日本(本州以南)の二葉松はアカマツとクロマツが大御所であり、生息地も外見もだいぶ似ている。風害耐性も塩害耐性もあり、土壌が貧弱でも元気にやっていけることから、マツは海岸林の象徴となっている。この特性がネオサイタマの土地柄に完全にマッチしている。
また、アヴァリスの記憶にある故郷の森林、オクダスカヤーノフ/キーウの湖畔の森はほぼ確実にヨーロッパアカマツの森林なので、そこも特筆すべき所。遺伝的にそこまでアカと近いわけではないものの、クロかアカかで言えばアカの方が故郷の森に近い面影を持っているはずだ。
アカとクロはよく似ているが、アカの方が樹皮が赤っぽく、枝振りや樹形もやさしげなのが特徴。しっかり見分けたい場合は、手のひらで葉先を触って痛くなければアカ、痛かったらクロという区別が最もわかりやすい。
ちなみに松ぼっくりは種子の入れ物にあたる部分であり、あの中に翼のついた種子が入っている。風で種子が運搬されるため、拡散能力としても申し分ない。
なお今回の調査では、アカとクロだけ種子存在率を「極大」としている。これは海沿いの痩せ地という条件が完全にマツ向きなだけでなく、トリロジー時代に「街路樹の松」が明確に登場したからである。本文から読み取れるあらゆる条件がアカマツを指し示しているといっても過言ではなく、今回調査において特に外せない一種。
クロマツ(Pinus thunbergii)
種子存在率:極大
土壌適性:大
気象適性:大
アヴァリスとの関連:中
クロマツはアカマツと同じくマツ属の一種であり、日本の在来種。特徴についても先ほど書いたとおりほとんどアカマツに準じる。葉先を手に刺すと痛い方。
アヴァリス自身がヨーロッパアカマツとの縁を持っているため、ヨロアカにより似ているアカマツと比べればクロマツの影が薄い感もある。ただ、マツという木は古来より神聖視されてきており、聖性のニュアンスとしてはクロマツの方がメインストリームである。
アヴァリスは始祖の影、多重神格のひとかけらとして世に降ろされた存在だった。「マツ」という名前の語源には諸説あるが、そのうちの一つに神が降りてくるのを「待つ」木という説がある。能舞台に必ず描かれているマツは影向の松といい、奈良の春日大社にあったクロマツの一個体。「影向」は神仏が仮の姿をとって現世に現れることをさす単語であり、始祖の影であるアヴァリスのありようと重ねるとなんとも示唆的だ。
ちなみに筆者は仕事でも趣味でもクロマツをかわいがっておりクロマツには個人的な執着がある。恐怖の伝染病であるマツ材線虫病も最近は落ち着いて来たが、どうしても毎年夏に枯れる個体がでるので、アヴァリスは自前のかわいいマツ達がちゃんとヤニを分泌できているかこまめに気にしてやって欲しい。
ブナ(Fagus crenata)・トウヒ(Picea jezoensis var. hondoensis)
種子存在率:小
土壌適性:中
気象適性:中
アヴァリスとの関連:大
ブナはブナ科ブナ属の落葉高木で、いかにも涼しげな葉が非常に魅力的な日本温帯林の代表種である。関東以南あたりでは、ある程度標高がある(1000m程度の)地域に見られるが、ネオサイタマは冷涼なため低地でも問題なく生育できると判断した。また保水力が大きいことから、ネオサイタマの多雨にもある程度すりあわせが効くと思われる。青木ヶ原溶岩流の上に形成された薄い土壌の上でも、ブナはよく生育している。
またトウヒはマツ科トウヒ属の常緑針葉樹。寿命が長いため樹高40mを超える個体もちょくちょく出るような、威容を誇る大木である。ちなみにエゾマツととても近縁であり、エゾマツの変種として分類されている。こちらも冷涼な山林を好み、樹海で見かけることができる。
なお本来ブナは豪雪に対応しており、日本海側のブナ林の方が太平洋側より上手く純林を形成している。またブナもトウヒも巨大になりがちなほか、特に厳しい環境に強い方でもないため、ネオサイタマのような都市部ではよほどの好事家が庭でかわいがっていた場合しか種子はみられないだろう。
しかし今回ここで紹介したのは、アカマツと同じく、アヴァリスの思い出す森林にヨーロッパブナとヨーロッパトウヒがいたはずだからである。首都のキーウからは逸れるが、ウクライナ南西部のカルパチア山脈には世界遺産のヨーロッパブナ林がある。白神山地のブナ林といい、ぜひ今後も守られていってほしい。
レプラゴケの仲間(Lepraria spp.)
存在率:大
土壌適性:大
気象適性:大
アヴァリスとの関連:小
レプラゴケの仲間は地衣類の一属で、都市部のコンクリートによく生えている。地衣類全般は同定が難しすぎることから属単位でぼかして書いた。
地衣類は元々硫黄酸化物に弱いことから、酸性雨に含まれがちな二酸化硫黄(SO₂)が天敵である。酸性雨の大気汚染は樹木には影響がないと先ほど書いたが、地衣類だけに絞って言えば思い切り影響がある。酸性雨の指標に地衣類の種数が使われるほどである。
そんな中レプラゴケは、SO₂をものともしない部類の丈夫な地衣類だ。先述したとおりダイダイゴケの仲間も耐性があるが、本文に「緑」と明言されてしまったがためにダイダイゴケはあえなく選外となった。
クズ(Pueraria lobata subsp. lobata)
種子存在率:大
土壌適性:大
気象適性:大
アヴァリスとの関連:中
クズはマメ科クズ属のつる植物。日本の在来種。斜面固定のためにアメリカに持ち込まれた結果、世界の侵略的外来種ワースト100に選ばれてしまった不名誉な侵略者。とにかく強い。
これまで他の植物たちを考えるときは、なるべくいい住処を選んでやりたいと頭を悩ませながら気を配っていたが、こいつだけは放って置いても大丈夫という確信がある。ネオサイタマのビル群を覆い尽くすような勢いのあるつる植物は、8割方クズが担っているだろうと思われる。
クズはマメ科の植物で鞘入りの豆を付けるほか、赤く複雑な花も重力に逆らう藤めいて美しい。葛根湯の原料にもくず餅の原料にもなり、文化的な有用性も高い。しかしそれ以上に強い。ちょっとした断片からすぐ増える。くず餅にもなるデンプンの豊富な根がどんどんつるに栄養を回し、切っても切っても復活する。梅雨の終盤になるとひと雨ごとにメートル単位で伸びる。しかし思い返すにつけアヴァリスが梅雨前に爆発四散したのがあまりにも惜しすぎる。仮にも植物屋で梅雨を待たずに死ぬやつがあるか。もう少し粘ればお前の天下だったんやぞ。何故そんな若くで……
ともかく、アヴァリスの緑化がとんでもなく厄介であることを考えると、クズの頑丈すぎるしたたかさは絶対に外せない要素といえよう。
参考文献13:『長野県林業総合センター ミニ技術情報』2000年11月 No.29『クズが広がる危険性があります』
参考文献14:『現代農業WEB』2022年7月号『〈厄介な雑草とのたたかい方〉クズ大問題 まるでグリーンモンスター』
ツタ(Parthenocissus tricuspidata)
種子存在率:大
土壌適性:大
気象適性:大
アヴァリスとの関連:中
ツタは、ブドウ科ツタ属のつる植物。他の物体につるを巻き付けるクズとは違い、こちらは巻きひげの先端に粘り気のある丸い吸盤があり、それを他の物体にくっつけてよじ登る。そのため、とっかかりのない壁面を這い上がれるのはツタの方だけである。(なおツタにクズが巻き付けば両者どこまででも登れる。)
クズほどの耐久力はないものの、ツタも十分厄介。アヴァリスのやっていた緑化がかなりつる植物率の高いものだったのを思えば、こちらも十分主力だろう。吸盤がなかなか剥がしづらいのを踏まえると、アヴァリスが回収してしまった後もしばらくはネオサイタマの壁面が吸盤まみれだったと思われる。ツタは秋には紅葉し、冬には葉を落としてしまうことから、「ツタがある」という推測さえ合っていればネオサイタマは本編時系列でも春から夏だった可能性が高い。
なおブドウ科なだけあって、ブドウに似ている黒い実をつける。実は甘いがアクが強く、シュウ酸カルシウムのジガジガした触りが喉に残るらしい。また樹液を煮詰めると、甘葛というシロップめいた甘味が採れる。アヴァリスなら何も気にせず実を食べそうではある。
参考文献15:奈良女子大学「文化史総合演習」チーム『幻の甘味料あまづら(甘葛)の再現実験』
ゴーヤ(Momordica charantia var. pavel)・アケビ(Akebia quinata)
種子存在率:低
土壌適性:中
気象適性:中
アヴァリスとの関連:小
ゴーヤ(ニガウリ/ツルレイシ)はウリ科ツルレイシ属の一年草。これまでに登場したつる植物2種とはまた違い、つるの所々から巻きひげを出して棒などに巻きついて成長する。
よく料理に使われる緑色のゴーヤは熟していない状態。熟すると実が黄色く、種が赤くなり、縦に裂け、甘味が生じる。この状態が本編描写に限りなく近いことから、「ゴーヤめいた」と書かれているにもかかわらずゴーヤそのものを取り上げることになった。なおゴーヤはそもそも夏の生き物であり、寒さには耐えられない。この時のネオサイタマが春〜夏だった説に、またもや根拠が増えた形。
またアケビはアケビ科アケビ属のつる性低木。こちらも実が裂開するつる植物なので選定されたが、ゴーヤともどもあまり厳しい環境に適応できる印象はない。外見最優先で選定した。皮は生薬にもなり、紫の実に詰まった食用部位も甘く美味しい有用な種なので、ネオサイタマのどこかでこっそり育てられていた可能性はあるか。
ヘビノネゴザ(Athyrium yokoscense)
種子存在率:大
土壌適性:極大
気象適性:大
アヴァリスとの関連:小
ヘビノネゴザは、イワデンダ科メシダ属のシダ植物。湿っていて薄暗ければだいたいの場所で生育できる。しかしこのシダ最大の特徴は、前述したとおり鉛やカドミウムなどの重金属への耐性が目に見えて強いことにある。
ヘビノネゴザは金山草、金山シダ等と呼ばれることもある。本種が生育している場所に鉱床がよく見られるのでついた呼び名である。そのためヘビノネゴザは、金属鉱床の指標植物というほとんど他にないであろう特異な立ち位置を獲得している。
本種が重金属に強いのは単に耐性があるからではなく、自身の植物体内で重金属を高濃度で蓄積できるからである。特に重金属を必要としているわけではないが、体内に取り入れても耐えられるような手段を持つことにより、他の種が生き残れない環境にも進出できるのだ。この特性を利用して、ヘビノネゴザを汚染土壌に植えて重金属回収を行わせる技術なども検討がなされている。
先述したようにネオサイタマの重金属酸性雨はおそらくアスファルト、コンクリートの水酸化カルシウムにかなり中和されている。植物にさほど害はない状態になっている可能性も十分にある。しかしヘビノネゴザは湿っていて薄暗い環境がそもそも得意なほか、もし中和のバランスが崩れても重金属耐性を有していることから、アヴァリスが成長促進する以前からネオサイタマシダ植物界隈の覇者だったことだろう。アカマツとは別ベクトルであらゆる状況証拠がヘビノネゴザを指し示しており、今回調査に特に欠かせない一種。
ギンゴケ(Bryum argenteum)・ホソウリゴケ(Brachymenium exile)
存在率:中
土壌適性:中
気象適性:中
アヴァリスとの関連:小
ギンゴケはハリガネゴケ科ハリガネゴケ属のコケ植物。またホソウリゴケはハリガネゴケ科ウリゴケ属のコケ植物。両者とも都会でもよく見られ、コンクリート上にも生えていることで馴染み深い。特にギンゴケは乾燥すると銀に輝き、都会では最も観察が容易である。
ただコケ植物たちは残念なことに、都会に適応する≒乾燥に適応すると言い換えられるような生態のものが多く、多湿かつ厳しい土壌環境のネオサイタマでの動向を推測しづらい。筆者の専門外すぎることもあり、ここでは一般的な都会のコケ植物である上記2種を紹介するにとどめておく。
参考文献16:『植物研究雑誌』1978年53巻7号『東京都心地域のコケ植物』
おまけ:最後のひと株について
最初に述べたように、アヴァリスがハヤシ・ジツに使用した植物種子は、基本的にネオサイタマのものである可能性が高い。ネオサイタマの広大さからして種子を蒔いている場合ではないこと、アヴァリスの故郷であるオクダスカヤーノフには強いつる植物の心あたりがないことが主な理由だ。
しかし、アヴァリスはハヤシ・ジツで繁茂させた全てを最後には回収した。自分自身の力として、そしてマルノウチ・スゴイタカイビルを乗っ取ったつる植物の一個体に与える力としてだ。ネオサイタマを覆った植物の手札は多かったが、あの一個体だけは完全にアヴァリスの切り札だった。
やはりあれだけは、環境に適しているわけでもない種を思い入れとえこひいきだけで育て上げたものであってほしい。今まで一応理詰めで推定してきたが、あの一本ぐらいはそれくらい無茶苦茶でわがまま放題な育て方をしていてほしい。筆者はアヴァリスの無茶苦茶でわがまま放題なあの在り方が好きだ。要するに故郷産の植物種であってほしい。全く推定ではないが、個人的な願望として。
となると、あれの種類はなんだったのか。最大のヒントはクロヤギ・ニンジャ/ヴァインの名前だろう。”vine”はご存知の方も多いとおり、つる植物を指す単語ではある。しかし、日本の「葛」がカズラ(つる植物全体)とクズ(特定の種でありつる植物の代表格)両方の意味を持つように、vineはつる植物のほかにブドウの意味も持つ。
ウクライナはワインの名産国である。ブドウ栽培の歴史も非常に長い。アヴァリスは最初からずっと飢えて、味の良いものに目がなかった。これらを統合すると、最後に空を衝いたあのつる植物はヨーロッパブドウ(Vitis vinifera)であるというのが個人的な見解だ。
後書き
心残りを一旦ガツンと片付けられてホッとしたが、字数が自由研究よりどっちかというと卒論とかに近くなってしまった。流石に反省した。筆者は単に文字起こししていないだけで普段こんなことをよく考えながら本編を読んでいる。アヴァリスが植物植物したジツを使い始めたときには本当に嬉しかった。性格と立ち居振る舞いからとても好きになったアヴァリスに、急に生業との縁まで生じた時の嬉しさが、少しでも伝わっていたら何よりだと思う。