【印刷立会いレポ】井上猛様 さどの島銀河芸術祭パンフレット
2024年7月27日、日本海最大の離島にして、かつて金銀が採掘されていたことで有名な新潟県の「佐渡島の金山」がユネスコ世界文化遺産に登録されました。
そんな注目の集まる佐渡島では8月11日〜11月10日にかけて「さどの島銀河芸術祭」が開催されます。その広報物の印刷立会いにデジタル・アド・サービスの井上猛様が来社されました。
今回の印刷仕様はCMYK4色と銀印刷を絡めた特殊な5版設計。
弊社オリジナルの出力サンプル「SILVER PRINT」をご覧になってこんな印刷をやってみたい、と興味を持って頂けたのがきっかけです。
大まかな流れとしては
①銀のみを先刷りして印刷機から取り出し
②もう一度印刷機にいれて銀の上に4色を印刷する、というもの。
文字にすると「先に銀を印刷してその上に通常の4色印刷するだけか」「やり方さえ分かれば単純そうじゃないか」と感じるところもあるかもしれません。
ある意味その通りで、銀の上に4色を載せるだけなら誰でも、どんな会社でもできると思います。しかしそれと、銀の上に4色を載せたときに印刷物としてちゃんと美しく見えるかとは別問題です。
今回は以下の3点をケアしながら設計しました。
その1:デザインに応じた印刷機の選択
入稿されたデザインに応じて適切な印刷機を選択する必要があります。
特に多色印刷を想定している場合、これは通常の4色機で問題ないか、5色以上の多色機を用いないと印刷できない絵柄なのかをデザインデータを見た時点で判断できることが大切です。
今回の懸念は見当性でした。
印刷における見当合わせとは印刷機上で5版を同じ位置に合わせる作業のことを指します。見当合わせに扱う数値は0.01mm単位。少しでもズレると絵柄がブレたように見えたり紙の白地が出てしまいます。
2回に分けての印刷になるため紙伸びなどの問題で見当性がシビアでしたが、デザインを拝見した時にこれなら大丈夫そうだ、と判断できたので4色機で設計しました。
その2:AMスクリーンとFMスクリーンのハイブリット
少し専門性の高い内容になりますが、印刷には「網点角度」の問題があるため、銀版と4色版は網点の作り方を変えてあります。
仮に5版目となる銀版も一般的なAMスクリーンにした場合、網点同士の干渉が生じる可能性があります。意図せぬ干渉が生じると、印刷中にモアレの発生や制御不能の色ブレに振り回されることになります。AM/FMの2種類の網点方式を採用したハイブリット設計にすることで、それらのリスクを事前に解消しています。
その3:仕上がりを見越した銀調子版
そもそも銀の上にCMYKを印刷するということ自体がイレギュラーなので、例えばネット印刷の会社では基本的に受け付けてくれません。
さらにYPPならではの調整として銀版はベタではなく、諧調をともなった調子版で作成しています。絵柄としての矛盾が無く、それでいて印刷物としての魅力を高めることができる版。そんな版を作るための技術とノウハウが必要です。
銀インキは光が反射するため角度によって違った見え方になります。この色調ニュアンスは口頭や写真では共有不可能なので実際に立ち会って見ていただけた方がPDとしても安心できます。
CMYK各色と銀のバランスを調整しつつOKのサインを頂きました。
今回のメインビジュアルにおいて、まず目を引くのは能楽で使われる般若と小面(こおもて)の面。
しかも吸盤のついた腕が一体となっていて、物質とも生き物とも判断できない強い印象を残します。
デザインデータが入稿された時点で内容には目を通していたのですが、佐渡島の伝統芸能や文化資源をもとにした作品やプログラムが多い中で、メインビジュアルだけは異なる空気感を感じていました。
何かこういう立体作品があるのですか?と井上さんに尋ねたところ、「これはAI画像生成によって生み出されたグラフィックを複数コラージュすることによって制作したんです」と教えてくださいました。
他にも裏話として、能面の画像が欲しくて「mask」と入れても画像生成ソフト自体が欧米圏をベースとして作られた技術のためか、西洋系の顔つきで生成されてしまったり、能面っぽいものにはなったけど口元がそれらしくならず一筋縄ではいかなかった、というようなエピソードも聞けて面白かったです。
吸盤付きの腕っぽいものは実はイカ。
佐渡島近海ではイカがたくさん水揚げされます。
能面の周囲には泡が漂っていますが、水の中にいるようなイメージも込められているとのこと。
その話を聞いた私の後付けですが、今回の銀を取り入れた印刷が光を反射して角度によって見えたり見えなかったりする様子が、ちょうど水中にいるみたいに見えていいなと思いました。
さどの島銀河芸術祭のサブタイトルは「過去と未来の帰港地」。
最新技術と伝統文化、コンピューターと人間の創造力が融合することによって結実したこのグラフィックは芸術祭のテーマにもピッタリです。映像作家・現代美術家・デザイナーなど多岐にわたって活動されている宇川直宏さんに依頼して制作されたそうです。
ん?何故だろう?
何故か最近すごく聞いたことのある、この音の響き・・・・
話を聞いて「宇川さんって、もしかしてこの宇川さんですか?」と資料室内のカタログ展受賞ピックアップコーナーに走る私。
「そうですそうです!」と井上さん。「へー!この展示実際に見に行っていたんです。何ならこの図録も購入していました。まさか山田さんで印刷した図録だったとは驚きです」と思わぬご縁があったことに気づいて一同大盛り上がり。
どんな印刷物でも人が関わり合わない限り作ることはできません。
そんな日々を過ごしていくうちに、ある日、全く別の仕事や人が急に線で繋がって美しい円環を閉じることがあります。そんな瞬間に出会えることは間違いなくこの仕事の魅力であり、醍醐味です。
「スケジュールの問題もあって細かい打ち合わせは出来ませんでしたが、次は入稿段階から打ち合わせを密にして面白い印刷物を作りたいですね」と嬉しいお言葉も頂けました。
今回のように銀インキを有効に取り入れた印刷物は、もはやすっかり身近になってしまったディスプレイ表現では持ち得ない、唯一無二の印象と質感を獲得します。
私はこのような「印刷ならでは」の表現が大好きです。
そんな印刷物をまた井上さんと一緒に作ってみたいです。
この度は印刷立会いにお越しくださりありがとうございました。
PD:田中友野