ブルースタジオ 大島芳彦さんに訊いた「エリア価値を向上させるグランドデザインの力」
関係性の”リデザイン”
丸山 御社の建築デザインを起点としたまちづくりやブランディングには、以前から注目しておりました。
大島 光栄です。弊社ブルースタジオは建物を設計するだけでなく、物件を構成する要素「モノ・コト・時間」の総合的な提案を得意としているのですが、御社と通じるところがあるのではないでしょうか。
丸山 そうですね。我々山下PMCが手掛ける施設も、その施設を中心としたエリアの活性化を常に見据えてマネジメントしています。今日は、独自の視点でエリアの価値向上に努めてこられた大島さんに、いろいろ学びたいと思っています。
大島 私たちは2022年に25期目を迎えたのですが……。
丸山 あ、一緒ですね。
大島 恐れ多い(笑)。その間リノベーションというテーマで仕事をしてきて23期になるんです。既存の不動産、遊休資源の活用をメインにやってきたのですが、だいぶ前から「関係性のリデザイン」がポイントになるという気がしていました。
丸山 "リデザイン"ですね?
大島 はい。建築を点と面の関係で捉えたときに、関係性を失っていると気付いたんです。点(建物)だけ見ていても答えは見いだせないので、面(エリア)を俯瞰する。
そのエリアと社会との関係性をリデザインする必要があるのではないか。そんなことを考えていたら、"境界線"という見方が生まれました。
丸山 大島さんは、コミュニケーションを生まれやすくする仕掛けを「境界線をぼかす」と表現されていますよね。
大島 境界線というのは、物理的な線引きだけではありません。たとえば私たちは建築の仕事をしているけれど、建物だけで答えは出せませんよね。そこには不動産があり金融があり、さまざまなマネジメントがあります。本質的な答えを見いだすためには、そういった関係性を横断的に見直していくことが大事だと思っています。
丸山 私が建築業界で働き始めた頃は、建築家のコンセプトやキーワードに「結界」という言葉をよく聞きました。結界を設けて建物の独自性を、みたいなことを世界中の建築家が言っていた記憶があります。でも今は、建物がどうあるべきか、ではなく、人を中心に見ていく時代ですから、視点の転換が大切です。
大島 結界や境界線には、向こうとこちら、というように白黒はっきりさせるところがありますよね。私はむしろその境界線をぼかすことを意識しています。曖昧にすると言ってもいい。こちらでも向こうでもなく、面となった境界の部分にはカルチャーが生まれる。まさに新たなイノベーションが生ま
れるんです。
境界線は隔てるものから関係性を生み出す存在に
大島 実はとても単純な話なんですよ。例えば外と内を隔てるアパートのブロック塀を生垣に替えると、住人は窓辺に樹木が見えるし、街の人は景観がブロック塀から樹木になる。そこに花が咲いたり実がなったりすれば、「きれいな花ですね」といったコミュニケーションのきっかけが生まれるんです。
ちょっとした境界線のリデザインで場と街の関係が良くなる。場の価値が飛躍的に向上し、何より街の人たちに喜ばれるんです。
丸山 私の家は軽井沢にあるのですが、この地域には塀を設けないという条例があるので、基本的に隣家との間に壁がないんです。だから、自宅の庭先に入ってきた人と「こんにちは」なんてあいさつすることもよくあります。物理的に隔てるものがなくなれば、心理的な距離感も近くなるというのは、よく分かります。
大島 おそらく日本のカルチャーは、もともと境界線が曖昧だったのではないでしょうか。建物も例外ではありません。縁側や土間のコミュニケーション、引き戸もそうですし、障子や襖といった紙での境界づくりもそうです。
予定調和ではなく、自然発生するコミュニケーションとハプニングを生み出す仕組みがあります。その時生まれるハプニング自体が、カルチャーを変化させていく大きな役割を果たしているのではないでしょうか。
丸山 クライアントにとっても、建物はつくること自体が目的ではなくて、何かやろうとしている「コト」の手段に過ぎないんですよね。何かを仕掛けたり、そこで起きうるシーンを誘発したり、それらをきちんと成立させるための建築が、現代における建築デザインなのだとあらためて思いました。
生活者の力を引き出すグランドデザイン
大島 近年は長期保有を前提とする企業の比較的大規模な不動産資産の有効活用にあたり、単体の不動産ではなく地域との関係性を重視。その企業ならではのCSV主体のグランドデザインから関わる仕事が非常に増えました。
丸山 私たちも以前、中央線の高架化に際してコンセプトから関わり、高架下の通路をデザインしたことがあります。現在も、線路の南北に住む方々が表現をするスペースとして利用されています。
大島 素晴らしい試みでしたよね。私たちもインスパイアされました。団地の中の路線バス終着停留所に隣接するhocco(ホッコ)の物件が似た例です。駅から離れた場所にある住宅地は、すでに高齢化の問題が忍び寄っていて、これから団塊の世代が後期高齢者になるので、先々も課題が多くなる地域です。近くの分譲マンションの住人も共働きで子育て世代なので地域社会にコミットする余裕はない。世代は違えど、皆さん孤立しているという問題があるんです。そこで、バス会社だからこそ果たせる役割があるんじゃないかと考えて、かつての生活商店街のように、そこに暮らす人々が商いを営む店舗併用住宅「なりわい長屋」を提案したんです。13世帯ですが、募集すると、このコンセプトに150組程の問い合わせがありました。
曖昧な境界デザインが暮らす人々の生き方のシェアに
丸山 大反響ですね。どんな方々が応募されたのですか?
大島 子育てが一段落し、定年前にセカンドキャリアにチャレンジする方が多かったですね。出版の編集をされている方が軒先で自分の好きな本だけを並べた古本店をされたり、ガーデンデザイナーのご夫婦が好きな観葉植物の店をされていったり。ベーカリーやヨガ教室をされている方もいます。地
域のご高齢者は、街に拠り所ができたと喜んでいらっしゃいます。まさに住人たちの生き方のシェアなんです。
丸山 生き方がシェアできるなんて、素晴らしい!
大島 どちらもグランドデザインから関わった公営住宅、大阪府大東市の「morineki」や福島県双葉町の「えきにし住宅」も「なりわい居住」がコンセプトでして、曖昧な境界デザインが暮らす人々の生き方のシェアに繋がっています。
高齢者といえども自分らしい生き方を内に閉じ込めずシェアすることによって誇りを持って暮らせるのです。「消費者の町を当事者の町にする」というのが地方創生のテーマですが、当事者になりうるのは商業者ではなく、そこに根を張って住んでいる人たち。生活者のポテンシャルこそが、地方創生
のカギなんです。生活者を当事者にし、ポテンシャルをいかに引き出すか。それができれば、エリアの可能性はさらに広がります。
morineki(大阪府大東市/市営住宅建替プロジェクト)
全国初のPPP(公民連携)事業手法によるプロジェクト。74世帯の市営住宅、都市計画公園に隣接した店舗、オフィス棟から成る。それぞれの境界、
街との境界、隣戸間の境界は徹底的にぼかされており、多様なコミュニケーションが生まれている。
建築の新たな役割ウェルビーイング
大島 最近強く感じているテーマは「健康」です。中でも肉体的、精神的な健康ではなくWHOが定義する3つ目の健康の指標「社会的健康」です。日本でのこの取り組みは、世界に比べて非常に遅れています。今日お話ししてきた流れから言えば、境界線のリデザインは、社会的健康を育むものと言えます。
丸山 私たちも「健康」というキーワードは重視しています。人間は人生の半分を家で過ごします。建築はホルムアルデヒドなど人間の健康に害を与えるものは排除してきましたが〝健康のベースアップ〟にどう寄与できるかということについては、あまり語られてきませんでした。実は最近、住宅で健康をどのように促進できるかという医学研究をして、住宅における健康の認証制度を創案しました。
大島 それは大変興味深い。
丸山 住宅が健康に貢献する30のチェック項目をつくったんですが、共同住宅内や住宅と地域とのコミュニティ形成がどう実現されるか、自然や四季の移ろいをどう感じられるのかなど、建物が人の健康にどんな影響を与えるかというエビデンスもきちんと揃えた上で、住環境の1つのものさしをつくりました。
大島 まさにウェルビーイングを測る指標ですね。後でじっくり見せてください。
丸山 もちろんです。今日はいろいろ勉強になりました。ありがとうございました。
エリア価値を向上させるグランドデザインの力とは?
境界線に潜む可能性を引き出す
境界線を曖昧にすることで、「隔てるもの」から「関係性を生み出す」場所に。生活者のポテンシャルを引き出す
住人が当事者の自覚を持つようなグランドデザインが必須。生き方のシェアはコミュニケーションを生み、誇りある暮らしを育む。住宅にもウェルビーイングという価値を
住人の健康に与える影響を考慮した建物の普及を目指す。
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