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第六章 勝山橋/大清水空間 福井県/勝山市
概要
勝山橋(1995~2000年)大清水空間 (2003~2009年)
発注者 福井県/勝山市
勝山橋は、えちぜん鉄道(旧京福電鉄)の勝山駅と勝山市街地を結ぶ軸線上にかかっており、勝山市へのゲートとなる橋である。橋上から眺める九頭竜川の流れ、その上流に望む奥越の山々が印象的であり、力強い空間骨格を持つ川と山に負けず、かつ調和する橋梁デザインが求められた。 この仕事は篠原が橋の専門家抜きで、デザイナーの南雲と組んで監修・設計をした。南雲は高欄、親柱、照明柱をデザインし、ヨシモトポールが製作を担当した。 大清水(おおしょうず)(2005~2008年)は篠原が小野寺・南雲と組み、機織(はたお)り広場「ゆめおーれ広場」(2003~2009年)は篠原が小野寺と組んだ勝山市の仕事である。 共に地方の、ややもすると閉鎖的な状況のなかでの仕事で、東京の常識が通用しない困難な仕事でもあった。
開催日 2012年2月5日(火)
ファシリテーター 篠原 修
参加者 小野寺康 小野寺康都市設計事務所 南雲勝志 ナグモデザイン事務所 浅山茂樹 伊藤鉄工
三石傑 ヨシモトポール
森田実 ヨシモトポール
北村仁司 ヨシモトポール
仕事のきっかけ
篠原 勝山では、大きく分けて二つの事業を行いました。まず、福井県からの仕事だった勝山橋の整備をして、しばらく間をおいて、勝山市の大清水(おおしょうず)という湧水の広場の整備や、大清水の流れていく水路の整備を行いました。それと同時に、下流に行ったところの空地を広場にしたり、機織り(*1)の工場も整備することになり、小野寺さんにお願いして、一緒にやることになったわけです。大清水整備は勝山橋事業が終わったあと、勝山市長と知り合いになったことがきっかけで、勝山橋を介して勝山駅があるので、昔の京福電気鉄道(*2)周辺の整備をしましょうということになった。一応マスタープランをつくって、最初に大清水、それから本町通りをやろうということになり、小野寺さんが中心になって整備を始めました。
小野寺 勝山橋事業には、私は関わっていなかったですが、篠原先生と南雲さんでデザインしていたんですよね。大清水では私も入ってデザインしました。
篠原 まずは勝山橋事業から始めたいと思います。勝山橋事業は、何かの関わりで、福井県の景観アドバイザーをすることになったことがきっかけでした。福井県の人に向けて言ったのは、アドバイスじゃなくて、橋かなにかやらせてよって言ったんです。それで、勝山橋のデザインをすることになったんです。勝山橋をデザインする前に、いくつかの橋で、橋の専門家と一緒にやっていたんですが、一番初めの松田の橋は、本州四国連絡橋公団(*3)の設計をしていた先輩と一緒にやったし、辰巳新橋は東京工業大学の橋梁の先生と、その前の大杉橋では大野美代子さん(*4)とも設計をしました。でも、勝山橋は南雲さんと二人だけでやろうと思った。
*1 機織り(はたおり) 織り機を用いて、経糸を固定し、緯糸をそこに通して織物(布)を織ること。
*2 京福電気鉄道 現在のえちぜん鉄道勝山永平寺線。福井市内の福井駅から勝山駅を結んでいる。
*3 本州四国連絡橋公団 本州と四国の連絡橋の道路と鉄道の建設・管理などを目的として1970年に設立された特殊法人。神戸淡路鳴門自動車道、瀬戸中央自動車道、西瀬戸自動車道などの路線を、建設・管理している。
*4 大野美代子 橋梁デザインを中心に、道路やその付属施設の景観デザインなどを手がける。横浜ベイブリッジ、鮎の瀬大橋などで知られる。
南雲 大山崎橋を、この前にやりましたね。
篠原 大山崎橋というのは、名神高速度道路で京都を過ぎたところの、山崎トンネルの入口にかかっているアーチ橋(*5)です。そのアーチ橋の色の塗り替えをしました。
南雲 その頃から篠原先生は、色彩に関しても専門家を使うのは嫌だって言っていましたよね。
篠原 鉄に塗る色と紙や繊維に塗る色とでは違うんだよね。色彩の専門家は、カラーハーモニーとか言っているけど。(笑)
南雲 そんなに簡単じゃないんですよね。
篠原 橋の場合は、それぞれの要素が離れていて、空もあるし周りは木だから、カラーハーモニーの理論なんて当てはまらない。
照明柱は照明の専門家に任せておけば大丈夫だと思っていたら、出来上がったら酷い出来で残念だった。橋本体がきれいに出来ても、高欄が酷かったりすることは多いんです。初期の頃は、そこまで頭が回ってなかったから。やはり照明は南雲さんに頼むしかないと思った。
勝山橋の設計は東京コンサルタントに決まっていたんだよね?
南雲 東京コンサルタントが、当時最先端だったCGを使って、篠原先生を説得しようとするんだけど、篠原先生は「CGなんて俺は見ない」と言われて、模型か現場で見るかのどちらかだと言っていました。
*5 アーチ橋(橋の種類)
橋の構造様式は桁橋、アーチ橋、トラス橋、斜張橋、吊り橋などに大きく分類される。アーチ橋は上向きに湾曲した構造体を用いて荷重を圧縮応力だけで支える構造でつくられた橋のこと。
篠原 コンサルタントの担当者はすごく緊張していて、東京の先生と一緒にやるんだからって、一生懸命CGをつくってさ。でも僕はそんなの全然見ない、意味ないから。
南雲 言葉も入れるんだけど、そんな言葉は無意味だって言っていました。
篠原 昔は今みたいでなくて、ストレートだったからさ。(笑)
南雲 色の検討は、たたみ一畳分くらいに色を塗って、現場にぶら下げてみることにしました。
小野寺 アーチの形を決めたのは、CGですか?
篠原 持って来た案に、そういうのもあって「これだよね」って言ったんだ。アーチライズ(*6)比は普通は6.5分の1なんですよ。だから、もう少し高さがあるよね。僕は周りが山だから低く抑えた方がいいと思って、アーチライズ比を、8分の1にしたと思う。
水が流れているところにだけにアーチをかけて、水が流れていない高水敷は桁でつくることにした。四万十川の沈下橋(*7)は、水が流れているところだけに橋をかけて、その橋までは高水敷を降りていくでしょう。洪水のときは渡れないけど、これが橋の原点だよ。それと同じように、勝山橋は川が流れているところにだけにアーチをかけて、あとは脇役にしたんですよ。
僕が全体の形を検討するから、南雲さんには高欄と照明と親柱(*8)を頼んだんだよね。
小野寺 橋梁本体には南雲さんは関わらなかったの?
南雲 色を決めるときに、少し関わったくらいで、形については特に関わっていない。
*6 アーチライズ比
アーチ橋における、アーチ支間の距離と支点から頂点までの高さの比率のこと。通常、6.5分の1比率が最も経済的とされている。
*7 沈下橋
低水路などの普段水が流れているところだけに架橋され、増水時には水面下に沈んでしまう橋のこと。
*8 親柱
橋の高欄や階段の手摺りなどの、端や曲がり角に立つ太い柱のこと。
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通常のアーチ橋のアーチライズ比は1/6.5程度だが、勝山橋ではアーチライズ比を八分の一と、低く抑えている。のびやかなアーチと、アーモンドグリーンが周囲の山並みに調和している。
親柱とゲート照明のデザイン
南雲 親柱は2㎞くらい先からでも勝山橋ということがわかるように、シンボリックなゲート照明を3本設置しました。
篠原 勝山駅は京福電気鉄道の終点なんですけど、勝山橋は、勝山駅から市街地に入る玄関なんです。勝山橋に至るまでの2~3㎞は、人家がないような所をずっと上ってくるから、街の玄関にふさわしいゲートをイメージしていたんだよね。
いやでも、この照明は大きいよね。でも、出来てみたら橋のスケールと合っていたんだよね。
親柱のゲート照明は駅側に三本建っていて、町側はそれほどスペースがないから、一本にしたんだ。外径がΦ600㎜くらいだったね。
森田 灯具メーカーも、この灯具はなかなかつくれなかったんですよね。要するにポリカーボネートのパイプですね。
南雲 灯具メーカーの工場で、水をかけて防水性をチェックしたよね。
小野寺 この光源は何が入っているの?
南雲 HIDランプ(*9)が入っています。
*9 HIDランプ
金属蒸気中の放電によって発光するメタルハライドランプや高圧ナトリウムランプなどの総称で、高輝度放電ランプとも呼ばれている。
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照明柱のデザイン
篠原 桁部の照明柱は、ステンレスだっけ?
南雲 ステンレスのビーズショット仕上げ(*10)です。
篠原 これはヨシモトポールでつくったの? シンプルで、すごくきれいだよね。
小野寺 灯具とのジョイントが異常に細いですよね。折れそうでしょう。
篠原 だから引き締まって見えるんだよな。
小野寺 爪楊枝が刺さっているみたいです。
篠原 これはなにかアイディアがあったの?
南雲 さっきのゲート照明は、とにかく大きい光をつくるべきだと思っていたんですけど、橋上の照明柱は支柱が建っているだけの、さりげないものがいいと思っていました。そのために灯具を極力小さくしたんです。今はLEDだから小さな灯具に出来るけど、当時はHIDランプだったから難しかったんです。
篠原 今までの南雲さんの照明柱のなかで、一番シンプルなスタイルじゃない?
三石 私の思い出なんですけど、灯具の下にリブがあるんですよ。「もっと薄くていいんじゃないの?」って聞いたら「絶対厚くなくちゃダメだ」と言われました。このリブの厚みの部分は鏡面仕上げをしているんです。夜に照明を点灯したときに、キラッとリブが反射して光るんですよ。これでデザインの意味がわかりましたね。
篠原 そうだそうだ。十字になっているんだったね。
三石 エッジが効いていて、ものすごくきれいなんです。
*10 ビーズショット仕上げ
素材の表面にガラスビーズを強く吹き付けることによって、表面を滑らかにする処理のこと。
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上部は細径の鋼管の周りに十字のリブが入っており、シャープな印象。厚みの部分は鏡面仕上げになっていて、光を反射して光る。全体はステンレスのビーズショットで仕上げられており、鈍い光沢を放っている
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高欄のデザイン
篠原 高欄はひどかったよね。勝山土木事務所からの発注なんだけど、地元の木材を使ってほしいという要望で、しかも木材の処理は、地元の防腐処理を使うようにと言ってきた。
小野寺 プラスチックでコーティングしているんですよね?
三石 空気と水を抜いて、プラスチックを含浸させているんです。
小野寺 ひどいもんでさ、くるっとサランラップを巻いたみたいで、全然含浸出来てないんです。
南雲 サランラップより厚かったよ。亀裂が入って、そこから水が入って大変でしたよね。
篠原 僕は木材はやめてくれって言った覚えがあるんだけどね。
南雲 絶対大丈夫って言っていたのに、全然大丈夫じゃなかったんです。
三石 木材の乾燥がちゃんと出来てなかったんだよね。
南雲 ほんとは含水率を15%まで落とす必要があるところを、20~25%とかで加工してしまったんです。勝山は寒さが厳しいから、夜凍って朝溶けて、また凍って溶けてを繰り返している間にダメになってしまいましたね。
篠原 雪は降るし、急流で風も吹くから寒いんだ。高欄にも雪庇(*11)が出来ていたよね。
南雲 三石さんは初めから「インチキだ、インチキだ」って言っていましたよね。
三石 100%大丈夫だとか120%大丈夫だとか言って、うさん臭くてしょうがない。
南雲 一目見たときから「あいつダメだ」って言っていたもんね。(笑)
*11 雪庇(せっぴ)
雪が積もるときに、風が一方方向に吹き、風下方向に出来る雪の塊のこと。
三石 絶対腐らないとか言うけど、理由は語らないし、そんなことはあり得ないから。
南雲 当時は、木材のことはあまりわからなかったんだ。まだスギダラ(*12)も始める前で、使えって言われるがままに使ったんです。
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*12 スギダラ
日本全国スギダラケ倶楽部。会員数約1400名。杉をもっと積極的に使って日本全国を杉だらけにしていこう!という活動のこと。
篠原 僕は使うのやめろって言ったんだけどね。
北村 トップビームはダメになりましたが、手摺りの丸い木材は意外ともっているんです。丸い木材は得意だったのかもしれませんよ。
三石 丸い木材は径が小さかったから、水分が完全に抜けていたんだよ。
北村 それは交換していませんからね。
篠原 トップビームの交換のときに、県の方から「これでいいですか」って代替案を出してきたけど「ダメ」って言った。デザインを担当している南雲さんに、ちゃんと見てもらえって。
南雲 それで結局、アルミ鋳物のトップビームに交換しました。これでほっとしたよね。本格的に交換するまでは、所々木材を交換したりしたんです。
北村 トップビームの付け替えには全然予算がなくて、通常の半分の値段だったんです。だから伊藤鉄工さんにお願い出来なくて、中国でつくったんです。
小野寺 勝山は、絶対そうなるんですね。(笑)
篠原 橋桁のコンクリートもひび割れだらけだったよ。それで訴訟問題になりかかったんだ。
アーチで吊っている橋は、施工管理がすごく大変なんだよ。普通はアーチをかけている会社に、工事を一括発注するんだけど、勝山橋は分離発注していて、地元の業者が生コンを打っていたから、クラックがいっぱい入ってしまっていた。
勝山橋は、これまで携わってきた橋のなかで、愛している橋の一つなんですけど、塗装も良くなくて、はげたとこだけ塗り直してて、パッチワークみたいになってしまって、かわいそうなんだ。
小野寺 僕は、勝山橋が土木学会デザイン賞を受賞したときの選考委員にいたんです。審査には、二人の選考委員が現地に行かなきゃいけないんですが、一人は天気のいい日に行ったんですよ、もう一人は雨の日に行ったんです。晴れの日に行った人は、まだらだらけの橋をみて「かわいそうな橋だね、これに賞あげるの?」って言っていたんだけど、雨の日に行った人は、雨の降りしきるなかに、このアーモンドグリーンが映えている写真を撮ってきた。選考委員長がその写真を見て「これが土木だよ」って言ったんです。
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三石 あのアーモンドグリーンは山並みと合うんですよね。
南雲 遠目で見る分には抜群にいいんだけど、近くでみたら塗装がツギハギで本当にかわいそうだよ。
篠原 竣工式は3月31日だったと思うけど、朝から雪が降って来て、それがすごいきれいでさ。照明の周りに雪がふわーっと舞って。
南雲 開通式の日もすごかったですね。9時に開会で、その日も吹雪だったんですが、開会の10分前に、吹雪がパッとやんで、青空が見えてきて、開通式の30分間だけ青空になって日が射して来たの。それで子供たちの鼓笛隊が出てきたんですよね。終わったらまた吹雪に戻った。
小野寺 勝山橋は川の下流の方から見ると、山並みの手前にアーチがかかって、両側に照明柱が三本と一本建っていて、バランスがいいんだよね。
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大清水空間整備事業のきっかけ
篠原 勝山橋が出来上がって、しばらく時間が空いてから、勝山橋で知り合った勝山市の市長から、大清水空間整備事業(以下、大清水事業)の仕事が入ってきたんだ。
小野寺 勝山市長が内藤廣さんにも話をもっていき、初めのうちは内藤さんも参加していました。最初に「板甚」という宿で内藤さんと中井祐さん(*13)と僕と3人で泊まったことを覚えています。篠原先生もいらっしゃったんですが、篠原先生は別の部屋に泊まっていました。
篠原 勝山市から仕事を請けて、まず、どこから整備を始めるかを議論していた。大清水と本町通り同時だっけ?
小野寺 いや、大清水から整備を始めました。最初に篠原先生と相談しているときに、町にインパクトを与えるには水辺からだということになったんですよね。
篠原 水辺の整備が一番効果があるんですよね。
小野寺 湧水が出ている大清水の源泉部も小さな広場になって、そこからせせらぎが流れているのですが、ただのU字溝だったところは、玉石を積みましょうと。その先の駐車場にしか使われていなかった、空き地のような土地も広場にしました。その辺りがスタートでした。
それで南雲さんには最初から入ってもらって、照明柱だけでなく、せせらぎ沿いのフットライト、防護柵もデザインしました。
篠原 勝山市という場所は、元々は城下町なんです。九頭竜川を遡って行ったところにあって、越前大野が隣接しています。
*13 中井祐
東京大学大学院工学系研究科社会基盤学専攻助教授(当時)。
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小野寺 勝山市は越前大野に市町村合併を断られたようですね。
今までうちの事務所が関わったなかで、最も厳しいプロジェクトでしたね。まず何が厳しかったかというと、勝山市に予算がないんですよ。マスタープランがあって、こういうことをやりたいっていう計画があるんだけど、設計料や整備費が全部現地値段に設定されていて、それは大体、東京の5分の1から10分の1くらいの金額で考えている。
篠原 設計料という考えがないんだろうね。
小野寺 せせらぎの水路が90mくらいあって、当時は単断面でしか考えていないから、図面を一枚描いて終わりにしていた。設計料30万円とかね。整備費もそのくらいにしか考えていないから、全然予算がつかないんですよ。
篠原 それにしてはよく整備したね。そういう話は、当時はあまり知らされていなかったから、後になって聞いたんだ。
小野寺 当初、これくらいの路線を整備したいという要望があったけど、整備するところを絞ったんです。大清水事業では、まちづくり総合支援事業制度(*14)で補助金をもらっているから、いったん計画を立てて中止にすることが出来なくて、勝山市の内部でいろいろと調整しようとしていました。
結局、設計料も整備費もないので、どうやって整備しようかと考えていて、最初から、ヨシモトポールに協力してもらうしかないと考えていた。大清水事業の照明柱は、南雲さんがデザインした照明柱のなかで、最も価格の安い照明柱になるのではないでしょうか。フットライトの予算にもいろいろと問題がありました。
*14 まちづくり総合支援事業制度
地域の自由な発想にたって、地域だけでは解決困難なまちづくりの課題に対して、地域と国が協力して積極的に問題の解決に取り組む制度。
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「勝山価格」
篠原 とにかく設計料がなくて、整備費もない、一番苦しかった仕事か。
小野寺 整備費をどこから出したんだっけ? と思っているくらいです。
北村 普通、製品は代理店販売するんですが、流通マージンを取られないように、落札した土建屋さんに、一軒一軒直接取引しました。
小野寺 とにかくマージンを減らす方法にしたわけだ。
北村 そうしたら、その土建屋さんたちと市議会議員がくっついていて「なんでそんなに高いんだ?」という話になっちゃったんです。
小野寺 彼らともめたのは、そういう理由があったのか。
彼らからすると、東京の連中がやってきて、ものをつくって、高い金をふんだくったという流れに感じたんだね。でもこっちからすると全然高くないですよ。南雲さんがデザインした照明柱が、一本70万円くらいだったと思うけど、灯具まで特注していて、その値段は、普通に考えるとあり得ないほど安いんです。でも、彼らにしてみれば一本15万円とか20万円のいわゆる、スズラン灯しか見たことがないんで「何倍もするじゃないか!」って言われたんです。
篠原 全然世のなかの標準価格を知らないっていう話ね。
小野寺 驚かされましたね。でも、ただお金がないからと言って、この程度しか出来ませんというわけにはいきませんし、市長は市長で「いい街をつくってくれ」って直接言うわけです。言うけど予算は採ってくれない。
今でも覚えているのは、設計料がないんだよっていう話を、勝山市の課長さんが言ってきて「悪い、設計料がないんだ。だから今日は飲んでくれ」って…。むちゃくちゃなんですよね(笑)結局、仕事のレベルは落とせないけど、値段は安くといっても限界がある、中間マージンを抜いてつくるしかない、東京もんだけでつくって地元にお金が落ちなくて、地元にメリットがないという話になった。
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小野寺 モノに関しての価値観も全然違った。たとえばベンチは「ドゥッシー(*15)」という木材を使ったんですが「なんで地元の杉じゃダメなんだ!」って。「それは腐るからですよ」っていう話をするんですが、途中から聞いていないのがわかるんです。次のこと考えているんです。それで「照明柱はなんでこんない高いんだ?」って。「いや、高いって言っても、東京の半分以下、3分の1くらいの金額なんですよ」って言っていても、途中から聞いていないんです。とにかく彼らは詫びを入れろっていう話しかしないんです。
篠原 まるでやくざだね。(笑)
*15 ドゥッシー
西アフリカ原産の明るい赤褐色の木材。肌触りはやわらかいが、硬く、引張強度・耐久性が高い。屋外で使用される機会が多い。
小野寺 杉は腐るから使えないという話をしても、価値観が違うので、全然通じないんですよね。
篠原 後味の悪い仕事だったんだ。
小野寺 いいことがなかった辛い仕事でしたね。
篠原 「板甚」だけは良かったでしょう。(笑)
蔵の中を改装していて、特に朝食がすごいんだよ。大名料理で、朝から刺身なんて出ちゃう。あそこの女将さんは良い人だったね。
小野寺 板甚の女将さんは、家の周りがきれいになったって喜んでいましたね。
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防護柵について
北村 本町通りの防護柵は、手摺りも支柱も鋳鉄でつくったんですが、納品した年の冬に、雪で折れたんです。雪が積もって溶けるときに、防護柵が引張られたんです。
浅山 あのときは、いい勉強になりましたね。積雪荷重って上に載るだけじゃないんだって。
篠原 横に引張られるんだよな。
小野寺 実は、ここは雪囲いをしていたんです。雪囲いしたものを、防護柵に突っ張って安定させていたから、その荷重が全部、防護柵にかかってしまったんです。
北村 最初の大雪のときでしたから、まだ一年経っていなかったんですよ。
浅山 その年が、すごい大雪の年だったんですよね。吹き溜まりのところは、3m位積もっていたんですよ。
北村 防護柵は、その他にもいろいろと問題がありましたね。
浅山 納入して、すぐに手摺りの端面が錆び始めました。
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北村 手摺りを鋳鉄でつくるのが初めてだったんですが、いろいろな長さの手摺りがあるので、それを伊藤鉄工は、木型代を抑えるために、鋳鉄としては一種類にして、それを切断して対応した。切断してから亜鉛溶射をすれば良かったのに、亜鉛溶射をしてから切断したから、端面が真っ赤に錆びてしまって。
南雲 端面だけじゃなくて、そこらじゅう錆びだらけだったよ!
篠原 あと、機織り広場の方も同じ防護柵で整備していたよね。
小野寺 機織り広場も整備しましたけど、費用は相変わらず無かった。整備費がなかったから、元々あった建物の瓦を捨てないで、それを敷いたりとか、玉石を拾って、せせらぎに埋めて使ったりとか、再生利用ですよ。
篠原 我々からしたら、良く出来たと思ったんだけど、地元は、なんかピンと来ていないんだろうね。
北村 工事が始まる前に「なんでこんなに高いんだって?」言われたから、また謝りに行きました。
森田 うちの若い営業マンが「この製品はうちでしか出来ませんよ」みたいな、強気な営業をしちゃったんです。
北村 彼がけっこう力んじゃったんです。東京の先生方が関わっている仕事だからって、先生の名前も出しちゃったんです。
篠原 あったね、そういう事件。
北村 それでいざ納品したら、防護柵などでいろいろと問題があって、現場がいつになってもオープンしないじゃないかって、文句を言われていましたよね。手摺りを直したりしていて、ずっと現場が工事中になっていた。
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小野寺 もともと勝山市は、財政基盤があまり強くないところなので、彼らにしてみれば、むやみに高いものを入れたという感じがあった。僕らからみると全然そんなことはなかったけれど、そのギャップは最後まで埋まらなかったんです。
こっちは、つくらなくてはいけない最低限のレベルはどうしてもあるので、彼らの要求しているコストに見合わないんですよ。だから戦わざるを得なくて、どう転んでもすんなりいくわけがないプロジェクトでした。
篠原 でも、勝山はまた行ってみたい気がするね。
小野寺 そろそろ行ってもいいですね。
篠原 どうなっているかな。人とは合わなかったけど、場所はいいところなんだよね。
勝山橋のデザインをしたときに、そんな気全然ないのに「さすが篠原先生、恐竜みたいですね!」って言われたんです。勝山橋は恐竜博物館に行く途中にかかっているんです。
南雲 いろいろ反省があった現場でしたね。
篠原 今だったらもっと仕事の環境を整えてから取りかかるよね。あの頃は、設計料のこととかは全然気にしてなかったからさ。
南雲 最初の頃、篠原先生は「僕はデザインの素人ですからね」とか言っていましたよね。
篠原 今だってそうだよ。(笑)
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