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No.6 『PILOT』 思わず話したくなる物語
アナリストが好む言葉のひとつに『独自のエクイティーストーリー』がある。「市場自体は成熟しているが、その企業固有のポジティブ要因で中期的な成長が見込める」といった物語は、みずからの強気な投資判断をファンドマネージャーに納得させる強力な説得材料になるからだ。アナリストにとって企業を分析する力はもちろん大事だが、その分析を踏まえていかにユニークなストーリーを紡ぎ出せるか、すなわちストーリーテラーとしての才覚も分析力に負けず劣らず重要だと個人的には思っている。
しかし、プロダクトそのものに強烈なストーリー性が内在している場合には、語り部としての才覚は必ずしも必要とされない。物語の構成などはとりあえず置いておいて、思わず話したくなるような製品に出会うことがたまにあるものだ。アナリスト時代のわたしにとっては、PILOTの『フリクションボール』がそれだった。
ご存知かもしれないが、『フリクションボール』は2006年の発売以来、世界100カ国以上で販売され、2017年に累計販売本数20億本を突破したお化け商品である。「ボールペンなのに消せる」という、従来の常識を覆して「役に立つ」を究極に実現したことが大ヒットの理由だろう。
「消せる」と表現したが、実際には「消える」が正しい。フリクションボールに使われている特殊なインク(メタモカラー)は、ペン後端部のラバーで65℃以上の摩擦熱が与えられると消える仕組みになっている。物理的に消したわけではなく、あくまで化学的に消えているだけなので、実はマイナス20℃以下の環境を作れば文字の復元が可能だ。そんな環境は滅多にないだろうが、文字が再び浮き上がっては不都合が生じるような公文書の作成にはフリクションボールを使うことはできない。物理的ではなく化学的というところが技術的には実に筋が良いではないか。
セーラー万年筆や三菱鉛筆と比べて、PILOTは抜きん出て開発意欲が強い。そして、自分たちが作る文具への愛着と矜持も半端ない。PILOTという会社の物語を全ての従業員が共有し、新たな歴史をみずからが作り出すことに気概を感じている。消えるインクの開発もそんな文脈の中から生まれてきたのだろう。
「温度変化でインクの色を変える」技術の歴史は意外に古く、1970年代に基礎技術の開発が始まり、おそらく初めて実用化されたのは1992年に発売開始の『メルちゃん』ではないかと思う。お風呂に入ると髪の色が茶色からピンク色に変わるこの愛育ドールは、フリクションボールに先立つPILOTのロングセラー製品だ。文具メーカーの同社がなぜ玩具?という素朴な疑問はさておき、『メルちゃん』の発売以来、インキの変色速度や無色変化への改良を重ねる努力がフリクションボールへ見事に結実した。できることなら『プロジェクトX』で取り上げて欲しいと切望するほどにストーリー性がある。
成熟市場でも個社要因で成長できる。フリクションボールで文字を消す時に思い出していただきたい。
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