メモリアルワールドーヨゾラ編(1)ー
死んだ。
ただそれだけが情報として存在している。
気づいた時にはここにいた、だがここに来るまで何をしていたのかが曖昧で思い出せない。ただひとつ死んだということだけは分かっていた。
さらに、驚くことに今の私には肉体が存在していないようであった。
死んで、さらに肉体すらも存在しない私が何故思考できているのか、そしてここはどこなのか。
様々な疑問が出てくるが、結局解決はせずに、疑問を抱えたままこの不思議な空間を彷徨い始めた。
一体どれほどの時間がたったのか。
いつの間にか「私」は闇の中を彷徨っていた。
肉体がないはずなのに疲弊しきった私は、しかし何かに導かれるようにこの闇の中を彷徨い続けていた。
自分の存在も曖昧になってきた頃、ふと前を見ると見えないはずの闇の中にひとつの看板が見えた。
【ようこそ、メモリアルワールドへ】
その看板にはそう書かれていた。
メモリアルワールドとは何なのか、なぜ闇の中看板が見えるのかなど、久しぶりに思考するがいくら考えたところで答えは出てこなかった。
そして、その看板にまるで誘われているような感覚に陥った私は抵抗することもせず、看板に向けて動き出した。
瞬間目の前が真っ白になり、気づいた時には私は見知らぬ場所にいた。
いきなり変わった目の前の光景に瞠目している私の頬をそよ風が気持ちよく撫でた。
「っ!」
随分と長い間感じなかった触覚に驚き、そして自身に肉体が付いていることに気づいた。
生き返ったのだろうか?
「お嬢さん、迷子かね?」
後ろからの声に驚き反射的に振り向く。
そこには紳士的な装いをした老人がひとりこちらを見ていた。
「…………」
「あぁ、まだ声は出せないよ。ごめんね」
確かに声が出ない。だが、長い間肉体もなかったからか、あまり不便には感じなかった。
「自己紹介は省こうか。……君がたどり着いたここはメモリアルワールド。どこにも行けない彷徨える魂がたどり着く場所であるよ」
「…………」
魂、あぁそうか先ほどまで私は魂だけの存在だったのか。
メモリアルワールドはあの世ということだろうか?
「さて、君は彼方に行くといい。街を過ぎて森を越えると城が見えてくるはずだ、そこに行きなさい」
そう言って老人は指をさした。
城には何があるのだろうか。……閻魔様に裁判でも受けさせられるのだろうか。
何にしても私は彼方へ行く以外に道はなさそうだ。
私は老人に背を向け歩き出した。
「――――あぁ、そうだ決して後ろを振り向かないように」
そう後ろから聞こえ、その瞬間老人の気配が消えた。
「…………」
すこし怖気がした私はそのまま振り向かず、足早にそこから去っていった。
少し歩くと、不思議な光景が見えてきた。
本来四本足で歩く動物たちが、二足歩行をしていて、まるで人間のように服を着ていたのだ。
普通の人間もいるが、その動物たちを見ても無反応で、どうやらこれが普通らしかった。
他にも、随分と小型で子供に与えるような姿をした人形もいる。
そして、そこそこ人がいるはずのこの道で誰とも目が合わなかった。
話しかけようにも声が出ず、すこし不気味な気分になってきた私は、さっさとこの場から立ち去ることにしたのだった。
それからすこし歩くと、今度は森が見えてくる。
おそらくこの森を通ればあの老人が言っていた城へと着くであろう。
すこし整備された道から森に入る。
「っ!?」
足を踏み入れた途端、大量の気配にビクつく。
周りを見渡すと、そこには人が考える化物という化物が闊歩していた。
「…………」
自身の気配を全力で殺す。
幸いどの化物も、まだこちらに気づいていないようだ。
周囲の怪物が気づかないように祈りながら進み、森を抜けると、そこには巨大な城がそびえたっていた。
私はゆっくり大きな扉の前まで近づく。
「クスクス……アナタもココにキタのね。」
「っ!?」
すると耳元で囁かれたように声が聞こえた。
その声は一言で言うと異様。人が触れてはいけないモノのような声。
「フリカエらないデ」
必要のないはずの息が、つまる。
「もどルナらいまノウちヨ? ……ダイジョウぶよ、アナタは――」
声が途切れる。
「……毎度毎度ご苦労なこった」
「っ」
だが、先ほどとは違う声が代わりに聞こえ、さらにひとりでに扉が開いていく。
「歓迎しよう、ここから先は楽園であり天国。そして――――」
ドンっ
背中を押され――――!?
「――――地獄だ」
中に入ると同時に扉が閉まってしまい、私はその言葉を聞き逃してしまったのだった。
何者かに背中を押され、強制的に入らされた私は、目の前に広がる光景に瞠目していた。
どうやらエントランスホールのようだが、過剰なほどに修飾されたその空間は、ずっと見ていると目が痛くなりそうなほどだった。
「ようこそメモリアル城へ」
すっと、飛び出す気配。
燕尾服を身につけ、片眼鏡をした小さなネズミが右から出てくると、軽くながらも綺麗なお辞儀をしながらそう言った。
どうやらこの執事のようなネズミは私のことを認識できる様だ。
「…………」
「……声を出せるようになるためにも、女王様に謁見いたしましょう。こちらへ」
私は拒否する必要も感じず、こちらに背を向け歩き出す執事風のネズミについていくのだった。
「女王様、連れてまいりました」
ついていった先にあったのは、謁見の間だった。
目の前には王座に座る女性が見える。おそらくこの女性が女王だろう。部屋の側面に沿うように護衛たちもいる。
執事風のネズミはすでに片膝をつき頭を垂れている。
「ようこそ、お待ちしてましたわ。……先ずはこちらをお飲みなさい」
女王がそう言うと、まるでマジックのように紅色の液体の入ったグラスが空中に現れ、そのまま空間に固定されたように浮いていた。
「さあ、お飲みなって?」
私は何とも言えぬ圧を感じ、浮いているグラスを手に取り、一息に飲み干した。
うっ、まずい。
「うっ、まずい……あっ」
……なるほど、この液体を飲むと声が出せるようになるのか。
「なっ! なんて失礼なっ!」
護衛らも刃をこちらに向けて一気に威嚇をしている。
「……スワリー、そこまで私は狭量ではありませんよ」
「っ……!」
その一瞬、空気が凍りついたかのような錯覚を覚えた。これまで笑顔だった女王は冷酷な表情でスワリーと呼ばれた執事風のネズミを睨んだのだ。
執事風のネズミはその睨みに逆らえず、頭を下げ続けていた。
護衛たちも刃を収めていたが、すこし刃先が震えているようであった。
「さて、これで声が出るようになりましたね?」
女王が王座から立ち、こちらに近づく。
私はすこし震える声で質問をした。
「……女王様、質問があります」
「なんでしょうか?」
「私はもう死んでいるのでしょうか?」
「ええ、死んでいるわ」
「…………」
なんの不思議もないように答える女王。
「ここは天国じゃない、地獄でもない。どこにへも行けない彷徨える魂がたどり着く場所」
ただ淡々と、優しい顔に冷えた目を据えて。
「貴方は此処で暮らしていく。どこへも行けずに、このまま」
その抑揚のない声色にすこし憐れみを含ませて、そう言った。
そして女王は私の左肩に目を一瞬向け、一方的にこう告げた。
「貴方はヨゾラと名乗りなさい」
そう言うと女王は踵を返し、王座へと戻っていった。
その後、スワリーに連れられ一晩この城で寝るようにと言われた。
スワリーに客室へ案内して貰う途中、スワリーはまるで独り言のように喋りだした。
「ヨゾラ様、決して生きている頃を思い出さないように」
「え?」
「命を惜しむ気持ちがあるのならば、決して思い出さないことです」
「それは、どういう……」
「こちらでお泊りください」
スワリーがひとつの部屋の前で止まり、部屋を開けると、ただまもなく消灯のお時間ですとだけ伝えて去っていった。
【世界観共有型企画 メモリアルワールド】
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