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星くず拾いは丘の上(2話)

 2・丘の上に星くずを買いに来た男の話

 こっくりとした落ち葉の香りの秋風が吹き過ぎて、だんだんと透き通った冬の空気になりはじめた頃のことです。

 コニスは相変わらず、《星くず拾い》としてせっせと星くずの加工をしていました。形を整えて、みがきをかけて、特別な技をほどこして……。そうすれば、星や星くずは、誰の手でも扱えるものになるのです。

 自分の手の中で、星くずがどんどん美しくなっていくことが、コニスは大好きでした。この加工の作業は、コニスのお師匠さんが特にていねいに教えてくれたことなので、コニスも特にていねいにするようにしていました。

おかげで、コニスはお師匠さんと同じくらい加工が上手になり、お師匠さんも安心して旅に出てしまったほどです。お師匠さんは星の研究者なので、世界中の星を調べて回っているのです。

 コニスはみがき布を持って、最後の仕上げにひとみがき、と星くずを手に取りました。青色の星くずをみがけば、誰も見たことがないくらい深い海に沈んだような静かな光を宿します。黒い星くずをみがけば、ちろちろと銀色の光の粒が閉じ込められた銀河のように輝きます。赤色の星くずをみがけば、真冬の暖炉の火のあたたかさが指先に伝わって来るようです。

 この星くずたちはどんな人のところへ行くのでしょう。どんな風に扱われて、どんな輝きを残すのでしょう……。コニスはそんなことを考えながら、大きく息を吐きました。

「そろそろ休憩しようかな」

 そうつぶやいて、コニスはいそいそと台所へ向かいました。まだ星くず茶用の星くずのかけらが残っているはずです。

今朝くみあげておいた井戸の水が入ったやかんをコンロにかけて、小さな火を灯します。コニスはこのお湯が沸くまでの時間が大好きでした。水がだんだん熱くなるように、待っているコニスの心もだんだん温かくなっていく……そんな気がするからです。

 その時です。

 ――ギンゴーン……。

 ドアチャイムの音が鳴ったので、コニスの肩がビクッと跳ねました。コニスの家のドアチャイムは滅多に鳴りません。ドアチャイムを丁寧に鳴らすお客さんなんて来たことがないし、たまに旅から帰ってくるお師匠さんはいつも突然扉を開けるし……。そのせいでドアチャイムはすっかり錆びてしまっていたのです。

 ですが……。

 ――ギンッ、ゴーン……

 またチャイムが鳴りました。聞き間違いじゃありません。コニスはコンロの火を消すのも忘れて、大慌てで玄関へ走りました。

「はい、はい、はーい!」

 ガチャ、とドアを開けると、そこには背が低くて目が鋭い男の人と、その後ろに細い体のおじいさん、そしてがっしりした体格の抜け目なさそうな男たちが何人も立っていました。

 お客さんに縁がないコニスでも、このお客さんが相当変わっていることは一目でわかりました。

「貴様が《星くず拾い》か」

 じろり、とにらむように、背が低い男の人がコニスを見上げました。

「は、はあ。どちら様ですか……?」

 男の人は、ぽかんとするコニスをじっと見つめると、くるり、とコニスに背を向けました。そして、後ろに立っているおじいさんを、やはりにらむように見ながら言いました。

「お前はここで待て」

「ですが……」

「私はひとりで選びたいのだ! 勝手についてきたのはそっちだろう!」

 男の人の怒鳴り声に、おじいさんが眉をさげました。体格のいい男たちも、前に出しかけた足を止めます。

男の人は、それでいい、というようにプイッと顔をそむけて、ぼうぜんとしているコニスの脇を通って家に入ってきました。

 バタン、と扉が大きな音を立てます。

「なんだ。ずいぶん、貧相な部屋だな」

 入ってくるなり、男の人がそう言ったので、コニスはさすがにムッとしました。お客さんというのはこんなに失礼なものなのでしょうか!

「あなた、どなたなんですか。ぼくになんの御用ですか」

 コニスのことばが聞こえていないのか、男の人はフン、と鼻を鳴らしながら、勝手にずかずかと家の奥へと進みます。そしてコニスの作業机に近寄りました。

「これが星くずか。確かに星に比べたら見劣りがするな」

「あっ、あっ、あっ! 触らないでください!」

 コニスはまたもや大慌てで、作業机に走って、男の人の手を掴みました。今度は男の人がムッとした顔をします。

「何をする! 無礼だぞ!」

「いやいやいや! 加工中の星くずは繊細なんです! 勝手に触られたら壊れてしまいます!」

 あんまりコニスが必死なせいか、男の人は何か怒鳴ろうとした代わりに、不機嫌そうに息をはきました。コニスはホッ、として、男の人から手を離しました。すると、男の人はこんなことを言い出したのです。

「今、この家には、その『加工中』とやらしかないのか? 私は、星くずを買いに来たのだ」

「……へ?」

「実はな、プロポーズで相手に贈るための星を探しているのだ。相手は星に詳しい人で、ありふれた星じゃ相手にしてもらえない。でも私はどうしても彼女に星を贈りたいのだ。

だが、《星拾い》たちが売っている星は、どれもこれもどこかで見たことがあるようなものばかり。そこで、《星くず拾い》の所になら珍しいものがあるかもしれん、と聞いて、わざわざこんな町はずれの丘の上まで来てやったのだ」

 ああ、なるほど、とコニスはうなずきました。めったにあることではありませんが、星くずを求めてこの家を訪ねる人がいないわけではありません。この人もそういうお客さんなのでしょう。

「そうですか! いえ、もうすぐ加工が終わるものがいくつかありますよ。ちゃんと装飾用の加工です。そちらでしたらお売りできます」

「ふむ。見せてもらおうか」

 コニスは早速、作業机の上に並べた星くずの中から、青い星くずを手に取りました。

「こちらはいかがですか」

「うむ、美しいな」

「はい。少し小さいものですが、この青の透明感と静けさは、星にも引けを取りません。じっと眺めていると、まるで深い深い海の底をただよっているような、そんな気分になりますよ」

 男の人はううん、とうなりました。

「たしかに美しい。しかし、その程度なら他の《星拾い》にも見せてもらった。もっと違うものはないのか?」

 コニスは大きくうなずいて、次の星くずを手にしました。

「ではこれはどうでしょう。この赤色は、まるで暖炉で燃えさかるあたたかな炎そのもの! どんな人の心も溶かす、やさしいぬくもりの星くずです」

 コニスが赤い星くずを差し出すと、男の人は、ちょっと目を輝かせました。でも、すぐに首を横に振って、言いました。

「ああ、違う。違う! もっと特別なものが欲しいんだ」

「そ、それでは、こちらの黒の星くず……」

 今度は男の人は星くずを見ようともせず、首をぶんぶんぶんぶん、風が起こるくらい振りました。

「だめだ、だめだ、だめだ! やっぱり、良い星がなかったから、星くずを探そうなんて私が間違っていた! しょせん、星くずは星以上にはなれん代物なんだからな!」

「なっ……!」

 コニスの堪忍袋の緒が切れそうになった、その時です。

 窓の外がふ、と暗くなりました。分厚い雲がお日さまを隠したのです。電気をつけていなかった部屋の中も、まるで夜が来たように闇に包まれました。

 いえ、闇ではありません。コニスも、男の人も、ぽかんと口を開けて部屋の中を見つめました。そこはもう部屋ではありませんでした。

 いつの間にか、ふたりはぽっかりと暗い空間に浮かんでいました。あちこちにまばゆく輝く星々、それにいくつもの丸い天体、大きく渦を巻く光の群……まるで、星空にいるようです。

「こ、これは……」

 男の人が絞り出すように言った時、窓の外が明るくなって、部屋が元に戻りました。

 コニスはハッ、と目が覚めたような気がしました。もしや、と思って、作業机の上を見ると、黒い星くずがさっきよりもきらきらと輝いています。星くずには、たまにふしぎなことをしでかすものもあるのです。今のも、きっとこの星くずが起こしたふしぎなのでしょう。黒い星くずは星空を内側に閉じ込めたような、銀河の模様をしていましたから。

「やっぱり!」

 コニスの声に、男の人も目を見開いて振り返りました。

「い、い、今のは、その星くずのせいなのか?」

「はい。星くずにはふしぎなものがありまして……」

「これだ! これこそ、彼女にふさわしい!」

 コニスが説明し終わるよりも先に、男の人が興奮しながら叫びました。

「《星くず拾い》! この星くずを売ってくれ!」

「ええっ!」

「星空を映す星くず! これなら彼女も気に入ってくれるだろう!」

「は、はあ、売るのは構いません。でも、」

「でも、なんだ?」

 もどかしい、といった様子の男の人に揺さぶられながら、コニスはそっと、黒い星くずを手に取りました。

「たしかに、星くずの中にはふしぎなものがあります。でも、そのふしぎは常に起こるわけではないのです。むしろ、いつ今みたいなことが起こるかわからない、不良品のようなもの。それでも、よろしいですか?」

 コニスの説明に、男の人はぎゅっと眉を寄せました。窓の外ではまた、雲がお日さまを隠しました。でも、黒い星くずはうんともすんともふしぎを起こす様子はありません。

「なんだ、やっぱり大したものじゃないんだな」

 吐き捨てるような男の人のことばに、コニスは胸が痛くなりました。

(ああ、また、しかめっ面だ)

 どうしよう、どうしよう。

その時、ぽこぽこぽこぽこ、とかすかに空気が弾ける音がしました。コニスは「あっ!」と声をあげました。そうです、お湯を沸かしていたのです!

 星くずを持ったまま大慌てでコンロの火を止めると、コニスはひらめいた、と言う風に男の人を振り返りました。

「お客さん、星くずのお茶はいかがですか」

「星くずの……お茶だと?」

「はい。星は乾燥させて、お湯でもどすと、お茶になるものもあるんです。高価なのでなかなか出回りませんがね。でも、ぼくは《星くず拾い》ですから、売れ残りの星くずをこうやってお茶にして飲むんですよ。ぼくの井戸でくんだ星の水で、星くず茶を淹れると最高なんです」

 男の人は、ほう、と感心したように声をもらしました。

「星くずも食べられるんだな! この場合は飲めるって言った方が良いのか」

「はい、とっても美味しいんですよ!」

 どうやら男の人の機嫌がよくなったようです。コニスは黒い星くずをテーブルに置くと、星くずのかけらをティーポットに入れました。男の人は興味津々といった様子でダイニングテーブルのいすに腰をかけ、コニスの手元の星くずのかけらを見ました。

「なんだ。星も星くずも大して変わらないではないか」

「そんなことはありません」コニスはティーポットにお湯を注ぎながら言いました。「星と星くずは大きく違いますよ」

「形や輝きの違いくらいだろう?」

「いいえ、もっと重要なところが違うのです。……お客さま、星が何でできているか知っていますか?」

 コニスは男の人にそっとたずねました。男の人は目をぱちくりさせて、また眉をしかめてから、首を横に振りました。

「知らん。空で光っているものが落ちてきているのではないのか?」

「それが違うのです。星降りヶ原に降る星は、ただの星ではないんです。これは内緒の話ですよ」そこでコニスは声をひそめました。「星はね、人の夢や願いなんです」

「人の夢や、願い……?」

 男の人はぽかん、と口を開けました。

「流れ星に願いをかけたことはありませんか?」

 男の人のカップに、星くず茶を注ぎながらコニスが言いました。甘い香りがふわっ、とカップから立ち上ります。男の人はうんうん、とうなずきました。

「あるぞ、あるぞ。流れ星! いろんな願いごとをした。『テストでいい点とれますように』とか、『お祭りに行けますように』とか、『外で自由に遊べますように』とか。今でも、見かけるとつい願ってしまう……」

 そこまで言って、男の人は、ハッと頬を赤くして黙りました。今度はコニスがうんうん、と首を振りながら言いました。

「そうやって星にかけられた夢や願いが叶うと、星降りヶ原に降るような、立派な星になるんです。あの輝きや美しさは、夢の美しさなんですよ」

 なるほど、と男の人が声をあげました。

「ん? ならば、叶わなかった夢や願いは……」

 コニスは星くず茶を一口すすって、うなずきました。

「この星くず茶は、少し、さみしい味がするでしょう?」

 そう言われて、男の人もお茶をすすりました。たしかに、甘くて、爽やかな味がするのに、どこか、胸が締め付けられるような……まるでひとりぼっちで夕焼け空を眺めているような、そんな気持ちになる味でした。

 男の人は、この味をよく知っていると思いました。そしてテーブルの上に置いてある、あの銀河を固めたような星くずを見て、つぶやきました。

「私が選んだこの星くずも、誰かの叶わなかった夢なのか……」

 男の人のことばに、コニスはにっこり、微笑みました。

「……なーんてね。今のは《星拾い》に伝わるおとぎ話です。びっくりしました?」

 コニスのことばに男の人はキョトンとした表情で言いました。

「なんだ、嘘なのか?」

「はい。ああ、でも、ぼくはあながち間違っていないと思いますよ。

叶った夢はそりゃあ、大きくて眩しくて、きれいなものです。でも、叶わなくても夢は夢。星くずだって、やっぱり美しいでしょう。その星くずも、誰かの、星空への夢がこもっているのかもしれません。きっと素晴らしい贈り物になると思いますよ」

 男の人は、星空の星くずを指先でなでました。爪の先が、まるで星明りが宿ったようにチロチロと輝いたような気がします。

「……なんだか、私もそのおとぎ話を信じたいな。叶わなかった願いも、届かなかった夢も、こんなに美しくなると思うと、ホッとする。……やっぱり、彼女にはこの星くずを贈りたい。私はね、」男の人はことばを切って、ひとつ息をつきました。「星空を研究する人になりたかったんだ」

そう言って、男の人は黙り込みました。やわらかな夕暮れの日差しが窓から差し込む中、お茶をすする音だけが響きました。



 少し変わったお客さんが星くずを買ってから、何日か過ぎました。冬はどんどん空をぬりかえて、お日さまが沈む時間がだんだん早くなってきた頃、コニスは相変わらず家にこもって星くずの加工をしていました。すると……。

――ギンゴーン……。

「えっ」

 滅多に鳴らないドアチャイムが、また鳴ったのです。コニスは驚いて玄関へ向かいました。まさかこないだのお客さんが返品にでも来たのでしょうか?

 おそるおそる扉を開けると、そこにいたのは例のお客さんではなく、コニスがよく知っている顔でした。

「よう、コズミキ・コニス!」

「オドさん! どうしたんですか、珍しい!」

「いやあ、おれのところに来たミーティアの手紙の中に、お前さん宛てのものが混ざっていてな。届けに来たんだ」

 ミーティアとはコニスのお師匠さんの名前です。オドさんはミーティア師匠の友だちで、《星拾い》仲間から馬鹿にされるコニスのことを、いつもこっそり気にかけてくれるのです。

「師匠ってば、またオドさんに迷惑かけて……」

 コニスがそう言うと、オドさんはわっはっは、と明るく笑いました。

「ミーティアは自由なやつだもんなあ。こんなうっかりはいつものことだ。今は北の方を旅してまわっているみたいだな。今度帰ってくるのはいつになることやら……。

 おっと、配達の途中だったんだ。手紙はちゃんと渡したからな。次の星降りには遅刻するなよ!」

 オドさんはもう一度大きな声で笑うと、手を振りながら行ってしまいました。

ひゅう、と冷たい風が吹きます。コニスはぶるり、と身を震わせて、家の中に入りました。

 いすに座って、手紙の封を開けると、ふわ、となにやら甘い香りがしました。封筒の中に小さな白い花が押し花のようにして入っています。

 何の花だろう、と思いながらコニスは手紙を読みました。


 やあ、コズミキ・コニス。元気かい?

 私は今、北の大国に来ているよ。この国にも星が降ると聞いてね、調べに来たんだ。

ここはとても寒い国だよ。そして美しい国だ。石造りの家はどこも大きな暖炉に火を絶やさずに、あたたかなシチューを煮込んで食べるんだ。野菜も肉もとろけるようでね、君にも食べさせてあげたいよ。

 そうそう! 今日(と言っても、君に手紙が着く頃には過ぎてしまっているけれど)君の国の王子さまが、この国のお姫さまにプロポーズをしたんだ! 新聞で読んだんだけど、王子は黒い星のペンダントを贈ってね、その星がまるで銀河を閉じ込めたようにキラキラ輝くものだから、お姫さまも大喜びでプロポーズを受けたんだそうだ。

 コズミキ・コニス、星はふしぎだね。空でまたたいているだけかと思うと、気まぐれに地上に降り注ぎ、誰かと誰かの心をつないだりする。本当に、星は夢や願いそのものなのかもしれないね。

 寒くて空気が澄んでいるからかな。ここの星はみんなしろがね色に光るんだ。君に見せたいと思ったけど、この国では星を送るのは禁じられていてね。かわりに、花を送ることにするよ。いい香りだろう? この花は《ささやき花》と呼ばれているんだ。まれにささやく花だから、《ささやき花》。ふしぎだろう。

 それじゃあ、私はそろそろ寝ることにするよ。こっちで嫌な噂を聞いたから、充分気を付けておくように。

愛をこめて。

 ミーティア・バーン


 読み終わったコニスは、ほう、と息をつきました。

 色々ひっかかる手紙でした。星降りヶ原以外に星が降る場所があるなんて聞いた事がありませんでしたし、花がささやくとは一体どういうことでしょう。それに、最後の「嫌なうわさ」……。

 それでも、コニスの胸の中はあたたかな……それは大きな暖炉で作ったシチューよりもあたたかな喜びでいっぱいでした。なるほど、星が降る国のお姫さまなら、たしかに星に詳しいこともあるでしょう。

 コニスは立ち上がって、窓を開けました。清々しい冬の空気が部屋の中に入ってきます。お日さまはまぶしく、丘の草はさやさやと風にそよいでいました。

「お幸せに」

 コニスの声は、北へ向かう風に乗って、遠く、遠くまで運ばれていきました。

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