見出し画像

ボクは大人になっても泣き虫で弱虫でおチビだ

幼稚園時代、泣き虫で弱虫でおチビだった。

周りの子供達と同じように元気よくバーっと走れないし、虫も苦手で木登りも苦手だった。折り紙やあやとりも苦手。ヒエラルキー上位の男の子が女の子にスカートめくりして、キャッキャしてるのを見ているだけだった。

引っ込み思案で恥ずかしがりでいじめられっ子まっしぐら。

ある日、親に買ってもらったばっかりのサッカーのボードゲームを太っちょでデカっちょのA君が踏んづけて、壊してしまった。親に頼み込んでようやく手に入れたおもちゃを瞬殺されたのだ。

A君は謝ってくれなかった。
ボクは、A君にナメられてた。
悔しかった。
静かな涙が無気力に出てきた。

卒園前、進路の話を聞くようになった。私立の幼稚園ということもあり、お受験には力を入れていた。うちの親は、興味がなかったらしく、ボクは受験しなかった。

受験後、合格した人としてない人のグループがはっきり分かれたのを子供ながらに察知した。帰りのバスの中でA君が「僕は〜、某有名私立小学校に行くんだ〜」なんて話をしていた。それを聞いた私は「え、ボク、受験してない。。。え、ボク、小学校進めるのかな?出来が悪いから小学校進めへんのかな?」と一人バスで絶望した。

なんとか無事、公立の小学校に入学した。しかし、相変わらず自信のない私は、積極的に話しかけられない。恥ずかしくて、授業中に手をあげられない。周りに友達グループができる中、ボクは波に乗れず、独りぼっちだった。

転機は鉄棒の逆上がり。

逆上がりができないボクに教えてくれたのが、ヒエラルキー上位のT君。どこの小学校にも1人いるサッカーの上手い男の子だった。優しく教えてくれて、練習に練習をして出来るようになった。一緒に喜んだ。嬉しかった。

このことがきっかけにT君と仲良くなり、放課後はみんなで毎日サッカーをするようになった。小3のとき、T君に誘われ、クラブチームに入り、ボクのサッカー人生がスタートした。攻撃的なT君は、FWフォワードで点をとり、ボクはパスで得点をアシストするのが好きな選手になった。小学校ではサッカーといえば、T君と僕という立ち位置になった。

小4から練習試合をするようになった。地域が同じだったこともあり、幼稚園時代の仲間がいる某私立小学校のチームともよく対戦することになった。何度も対戦したが、最後まで負けたことなかった。

対戦相手には、かつてサッカーのボードゲームを潰したA君がいた。相変わらず太っちょで大きかった。しかし、彼はベンチだった。結局、ほとんどピッチで対戦することはなかった。

小学校に入っても、ボクは相変わらず、泣き虫で弱虫でおチビだった。けど、周りのおかげで少しだけ自信がついた。

今でもベースは変わらない。相変わらず泣き虫で弱虫でおチビのまま大人になっている。けど、今でも周りのおかげでなんとか楽しく過ごせてる。


・こぼれ話

T君は中学になると不良になった。そして、いつしか距離ができ、最終的に彼からいじめられてしまう。危険を感じたのでクラブチームを辞めて、中学校の部活動でサッカーを続けた。これもまた転機だった。中学のチームで現在のサッカー観(チームや組織の考え方)のベースができた。今でも付き合いのある仲間とたくさん思い出ができた。正直、今となってはT君が嫌いだ。けど、私の人生において、なくてはならない存在ではある。嫌いだけど感謝もしている。

最後までお読みいただき、ありがとうございます!サポートしていただいたお金はビールかスーパーカップかおむつ代に使わせていただきます。 これからもゆるく頑張らせていただきます。今後ともよろしくお願いいたします。